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アイロニー?

作者: ジツリョクドリ

 地球温暖化の影響かはたまた今後の焦りからか、いつもより少し暑い部屋でその男は汗水を垂らす暇もなくペンを走らせている。カラスが夕暮れ時を知らせる準備をしていたが男は上にばかり突き出てサイヤ人にでもなったかのような寝ぐせもそのままに自分の記憶を余すことなく書き留めておこうと懸命に右手を動かしている。しばらくするとカラスが夕暮れ時を伝えていたが、あまりに大きな鳴き声に男は反射的に部屋に一つしかついていないきらりと光る小さな窓を見た。

 少し時間をさかのぼるがこの話の明朝、男はいつものようにバイトを終えコーヒーを片手に公園の遊具の上に座り今日の自分の頑張りをほめていた、いや頑張っていないのは自分でもわかっているがそれでも何とか自分の自己肯定感を高めないととてもじゃないがやっていけなかったのだ。公園には朝から元気に野球をやっている子供たちと、少しかすれた声で何かぼそぼそつぶやきながらまるで異世界にいるみたいに現実から目を背けひたすら瞑想をしているホームレスがいた。そして、男は真下を向きながらいつも何も言わずに愚痴を受け入れてくれる最高の聞き上手相手に今日も愚痴をこぼしていた。

「結局さ、フィクションで書こうとしても想像力が並の俺にはやっていけないのかなぁ。」

相手は表情もなにもかも一切動かさずに黙って男の話を聞いている。

「俺の書いた小説ではさ、みんなが幸せになってほしいんだよ。でもな・・・アイデアがなぁ」

そんなことない、なんて言葉が返ってくるのを男は小さじいっぱいにも満たないくらいに期待したが当然なにもかえってくることはなかった。代わりに公園の横の一戸建てに住む女性が割れた窓を開けて

「コラー!!バット使っちゃだめでしょ!」

という怒鳴り声で返事をした。子供たちが禁止されているバットを使って割ってしまったようだ。男はその流れを見ていたが窓の割れていない部分にまだ元気な太陽の光が反射し男は瞬きを余儀なくさせられた。

 愚痴も吐いたし、ましなアイデアも出ないので男は家に帰ってひと眠りしようかと思い話し相手に別れを告げようとしたときとても奇妙なことが起こった。公園の端で瞑想していたホームレスが空中に浮いたのだ。夢じゃあるまいし寝不足か、と思いながらも周りを見渡すと先ほどまで野球をやっていた少年たちも口をあんぐりと開けている。

「これだ!!!」

男はこう叫び今自分の視界の中で起こったことを一文字も漏らさすまいと家へ走りかえった。そして、今に至る。




「いやほんとにさ、嘘かいてるんだろってたまに言われるんだけどまっじで腹立つんだよね。全部ほんとだっつの。」

数か月後、高層マンションの上層階で男はいつものように目の前を向いて聞き上手な彼女に愚痴をこぼしていた。

「もちろん、私は信じてるわよ。でもよくそんな不思議な現象と出会えるよね。」

彼女は本棚に飾ってある男が書いた著書をちらりと見ながらそう相槌を打った。男は少しうれしそうな表情で

「まあね、いろんな人に良く言われるよ。あのホームレスの人の取材もこの前テレビでやってたしな」

といった。どうやらあの時の出来事を書いて一躍時の人となったようだ。

「よかったじゃない、人助けにもなって」

彼女もにんまりと笑ってそういった。




数か月後、男は一人アパートの一室でぼーっとテレビを見ていた。ニュースでは教養のよの字までしかなさそうなタレントがカメラ目線だけを意識して語っていた。

「いやぁ僕は最初から怪しいと思ってましたけどね!そんな何回も異常現象に出会えるわけないですもん。何ならあの人が空中に浮くってのも嘘なんじゃないですか?」

「んなわけあるかよ。最初はほんとだよ。」

男はそう言いリモコンの電源ボタンを押した。玄関の郵便ポストにはいやがらせで投函された雑誌が何冊か入っており、見出しには「今話題のノンフィクション小説家 東坂新一郎の注目の二作目 捏造か?」とあった。灰色に染まった雲の中をカラスも悲しく飛んでいて周りに聞こえる声とすればカラスのなく声と

「今度は遊園地行きたい!」

とせがむ子供に父親が少しかすれた声でタクシーの支払いをすましながら今度の週末にでも行こうかと話している会話くらいだ。

                                             完

男は今日もバイト終わりに愚痴を無口な聞き相手にこぼしている。

「やっぱりフィクションじゃ食っていけないのかなぁ」

                                             完

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