8 花、一輪
おれたちは無事ゴブリンの巣を駆除し、街へと戻った。
ああ、おれ”たち”ってのは間違いかもな。
片方は無事じゃねえ。ひどく辛い思いをした。
「ごめんなさいね、驚いたでしょう」
うん、驚いた。
すんげーびっくらこいた。
とうがらしを食ったときも驚いたけど、叫んだときが一番驚いた。
「わたしも本当はやりたくないんだけどね」
だろうねえ。あんなの恥ずかしいもの。
「ううん、それもたしかにいやだけど、一番は辛いものを食べなくちゃいけないこと」
スキルを使うにはトリガーが必要になる。
トリガーはその人間がトラウマになるほどいやなことだという。
つまり、こいつは危機を脱するために毎回ヒーヒー言うわけだ。
「辛いものを食べるのもいやだし、それにお腹もゆるくなるのよ……」
カレーノはそう言ってため息を吐いた。
そういやあれは胃腸に悪いもんなあ。
おれも辛いもん食い過ぎたあとはいつも以上に腹を下すし、ケツから熱っつい屁がプースカ出て大変になっちまう。
「……あ、それであんた屁ぇこいたのか!」
「ちょっと! 言わないでよ恥ずかしい!」
こいつは顔を真っ赤にしておれを叩いてきたが、話してみるとやはりそうらしい。
ついでに言うと、だからソロで活動してるんだとさ。
「ひと前でおならをするのは恥ずかしいし、お嫁に行けなくなっちゃうかもしれないわ。だからずうっとひとりよ」
ふーん、女ってのは大変だねえ。
男は構わずブッこいちゃうけどな。
いまだってやろうと思えばいつでもいけるぜ。
いっちょ男の本気の屁を聞かせてやろうか。
——ブーッ!
「やだあ!」
「わははは! どーだい、男らしいだろ!」
「バッカじゃないの!」
そんなこと言って離れながらもカレーノはバカ笑いしてやがった。
口じゃいやだと言いながら、体は正直でございやすなあ!
女は建前が多くて大変だぜ。
その点おれはどこでもブッこいちゃうし、なんだって笑っちゃうもんね。
笑えねえのはクソ漏らしくれえだ。
うん、クソ漏らしだけはマジで笑えねえ。
みんなおれをクソ漏らしと言って笑いやがったけど、おれはもしだれかがクソを漏らしても絶対に笑えねえ。
それがどれだけつらいか知ってるんだ。
それを見られることがどれだけ悲しくて、恥ずかしくて、泣きたくなるくらいの絶望と、ひどいケツの感触に襲われるか、こころにヒビが入るくれえ味わってるんだ。
「はあ、あなたって想像以上に下品ね。同情して損したわ」
カレーノが笑いの残る声で言った。
「いまだから言うけどね、わたし、あなたのこと笑えないの」
「へ?」
どーゆうこったい?
「みんなあなたのこと、ひどいあだ名で呼んで笑ってたでしょ。お漏らししちゃうって。わたしも苦労したの。ソロになる前、仲間といるときおなら我慢するのも、お腹痛くなるのもつらくて、もちろん我慢はしたけど、あと一歩ってときも少なくなかったわ。だから、その……助けてあげたいって思ったの」
なるほど、同類の憐れみってわけね。
だからふだん会話もしない赤の他人に手を差し伸べて、バカ高い金も出してくれたのか。
「でもあなた、聞いてた話と違ったわね」
「なにが?」
「だって、戦闘中に、その……出しちゃうって言ってたじゃない。それに何回も草むらにしゃがみ込むって」
「ああ、そうだな」
オート・スキル”うんこ吸収”が発動してたらしいからな。
ま、あんたのおかげで治ったけど。
「たぶんあれだろ。美人といたから緊張がケツじゃなくて心臓に行ったんじゃねえか? おれァドキドキしちゃって大変だったぜ」
「ちょ、なに言ってるのよ!」
「わははは! 本気にしやがった!」
「は、はあ!?」
こいつおもしれえなあ。
美人って言うと顔真っ赤になってドギマギして、嘘ぴょんって言うともっと赤くなって怒って、からかいがいがあるねえ。
あーおもしれえ。
とりあえずこいつは学者ぶりてえのか、精神的な作用がどーのこーのと並べ立て、今後ももう少しいっしょにやってみましょう、ということになった。
おう、よろしく頼むぜ。
こんな心強い相棒はいねえ。なんせ口から火ィ吹くんだからな。
で、あとはギルドに報告に行くだけなんだが、カレーノのやつめんどくせえこと言うんだ。
「今朝の子に謝って」
おれが今朝、受付の姉ちゃんから仕事もらったろ。
その子がおれを怖がってるだろうし、いやな思いさせて悪いから謝れってんだ。
しかも手みやげまで持ってけと言いやがる。
別にんなことしなくたっていいじゃねーか。おれはふつうにしてただけなんだぜ。
でもあんまりうるせえから言う通りにしたよ。一応恩人だしな。
そんで、行く途中だれかの家の庭にいっぱい花が咲いててさ。
ほら、女は花が好きだっていうだろ。男のおれが見てもきれいな花だから、女が見りゃ感動しちまうだろう。
そう思って一本引っこ抜いたんだ。
そしたらこいつ、まーた怒ってやんの。
いいじゃねえか、いっぱい生えてるんだし。少しくらいわかりゃしねえよ。
それ言ったらもっと怒りやがった。
ヒステリーはいやだねえ。そんなんじゃ結婚できねえぞ。
てなわけで、おれはギルドに着くなり例の姉ちゃんを呼び出して、花を渡した。
最初はいやそうな顔してたよ。
たぶんきらわれてたんだろうな。
でも花を渡して悪かったって頭下げたら、なんかポカンとした顔して、みょ〜に赤くなりやがんの。
そんでふわっと笑顔になって、
「あ、ありがとう」
だってよ。
おいおい、もしかしておれに惚れちまった?
また来てくださいねとか言ってんぞ?
なんだかおれもウキウキしちゃって、出かけにそいつのデスクを遠目で見たんだ。
したらびっくり。花びんに一本きりの花を挿して、両手でほおづえついて、うれしそうに眺めてやがんの。
なんだい、そんなにうれしいのかい。
あんな花いくらでも持ってきてやるよ。まだいっぱい生えてるんだ。
「ね、謝ってよかったでしょ」
「まあな……」
おれはカレーノの問いかけに曖昧に応えた。
なんせこころがホカホカしててよ。頭ン中にあの姉ちゃんが残ってんだ。
「あれ〜、もしかして恋しちゃった?」
う、うるせえなあ〜もぉ〜。
そんなんじゃねえよお〜。
「あらー! ニヤニヤしちゃって! 顔真っ赤!」
だ、だまれよお〜。
そんなんだから結婚できねえんだろお〜。
からかっちゃいやだよ〜。
「やだ、おもしろーい。明日もまたギルドに行きましょうね。もちろん受付は、あ・の・子」
な、な、な、なに言ってんだよ〜。
そんなの知るかよ〜。
いるヤツに声かけりゃいいじゃねえかよお〜。
でも……あの子だったらいいなあ。
でへへ〜。