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72 絶望の王

 おれは魔王城に向けて走った。


 まだそこに魔王がいるとは限らねえ。

 もしかしたらもう城から出て北にでも逃げちまってるかもしれねえ。

 それに城の中にいたとしても、トリガーを消費し尽くすまでに見つけられるかわかんねえ。


 それでも行くしかねえんだ。

 この機会を逃したら、もうヤツを倒せなくなっちまう可能性が高え。


 おれは崩れ落ちた城下街を駆け抜けた。

 街は(へい)はおろか、すべての建物が崩れ、草花をまとうがれきの廃墟となっていた。


 本来なら数十分はかかる距離だろう。

 だがおれはスキルにより強化された肉体で、一分と経たずに城門前へとたどり着いた。


「とうとうここまで来たぜ、クソやろう!」


 だれに言うでもなく言った。

 城はどこか薄汚れて見え、無人のような静けさを持っていた。

 辺りに魔物の気配もない。


 もしやこりゃあ、逃しちまったか……?


 おれがそんなふうに青ざめていた、そのときだった。


「ふははははは! まさかゲーリィを倒すとはな!」


 ヤツの声が聞こえた。


 そう……ヤツだ。

 あの日オーンスイの街を襲撃し、ギルドもろとも受付けのあの子を殺したクソッタレだ。


 魔物を生み出し、姉さんを殺した。


 世界じゅうに悲劇を振り撒いた。


 女を(かどわ)かして人生を奪い、その娘、息子まで苦しみに沈めた。


 世界の敵、おれの敵、すべてのわざわいの源!


「魔王!」


「ふははははは!」


 ヤツは城の上空から現れた。


 土色の巨大なドラゴンの背に乗り、ばっさばっさと翼を鳴らして、ゆっくりと城門の上へと降り立った。


「いやはや、驚いたぞ! てっきりゲーリィに殺されるとばかり思っていた! たいした男だ!」


 ……ンだとこのやろう!


「てめえ! 息子が殺されたってのに、なに笑ってやがんだ!」


 おれは真っ先に怒りが湧いた。

 だって、そうじゃねえか。敵とか魔王とかそーゆう以前の問題だ。


 父親が! 息子が殺されて笑ってるだと!?


「クククク……なにを怒っている!」


「あたりめーだろ! あいつは……ゲーリィはてめえを助けるために自分のこころを殺して、ずっと苦しんでたんだぞ! それを……ざけんな!」


「まあまあ、いいじゃあないか! どちらにしろ死ぬ運命なんだ!」


「はあ!?」


「たとえここで死なずとも、人類滅亡のあかつきには、おれさまも、あいつらも、みんな死ぬことになっていたのさ!」


 な……なに言ってやがるこいつ! よくわかんねえぞ!


「理解できんか!」


「ああ! ぜんっぜんわかんねえ!」


「ククク……」


 魔王は空を見上げ、笑った。


 そして、言った。


「おれさまはな……人間という醜悪な生き物を滅ぼさねばならんと思っている」


「なに……?」


「百年前、おれさまは人間の醜さを見た」


 百年前? ……そうか、キレジィが言ってたあの話か。


 魔王は元々ほがらかな孤児だった。

 どーゆうわけか野良犬と仲よくなって、飢饉(ききん)の中を生き抜いていた。


 そんなとき、飢えに耐えかねた住民が最後の手段として野良犬たちを殺し、食おうと考えた。

 最悪なのは、それを、家族としてともに暮らす少年の目の前でやったことだった。


「おれさまは思ったよ。人間とはなんと醜く、恐ろしい生き物だとな」


「けどそりゃ生きるためで、そいつらだってしょうがなく……」


「ならきさまはあの女を殺されてもそう言えるか!」


 なにっ!?


「きさま、火を吐くブロンド女とずいぶん仲よくしていたな! よほどの関係だろう! もしきさまの目の前で、飢饉だからといってあの女を串刺しにされたら、それでもきさまは仕方ないと言えるか!」


「け、けど、人間と犬だぜ……」


「おれさまには家族だった!」


 ピシャリと雷のような声が言った。

 そこに先ほどまでの笑い顔はなかった。


「まだこころがなければ仕方ないと思えただろう! 食い、食われは自然のおきてだ! 道徳なき獣にやられたのであれば、理不尽とてやむなきこと! おれたち家族も、そうして生きてきたのだから!」


「……」


「だが人間ならわかるはずだ! あの犬たちを殺すことがどういうことか!」


 ……たしかに、犬たちが少年の家族ってことくれえ、わかってただろう。

 つまりはおなじ街の人間を殺すようなもんか。


「ああ! なんと人間は醜い! 知ったうえでヤツらはそうしたんだ! これを残酷と言わずしてなんと呼ぶ! これを邪悪と思わずしてなんと見る!」


 ……いやな話だ。

 ヤツの言い分もわからくはねえ。


「だからおれさまは滅ぼすことにしたのだ! 人間をひとり残らず……もちろん自分もなあ!」


「じ、自分もだって!?」


「あたりまえだろう! おれさまも邪悪で醜い人間だ! でなければどうして平和な街を襲い、人家を焼けるというのだ! ふははははは! ふはははははははは!」


 こ、このやろう……狂ってやがる!


 なんか理屈はそれっぽい。

 正しいこと言ってる気もするし、バカのおれにゃあ納得できる内容だと思っちまう。


 けど! やっぱおかしいぜ!


 言葉じゃうまく言えねえが、こいつはおかしい!

 復讐に狂っちまったせいで悪い考えがぐちゃぐちゃして、どうにもこうにもバーっとしちまってる!

 なんつーか……そんな感じだ!


「おい! クソバカやろう!」


 おれはヤツを指差し言った。


「てめえはクソバカだ! 世の中にゃいい人間もいっぱいいんだ! それを醜いだなんだ言って、ぜんぶてめえの決めつけじゃねえか!」


「それがどうした!」


「なんだと!?」


「間違いだろうがなんだろうが、おれさまは構わん! おれさまは大きらいな人類を滅ぼす! それだけだ!」


 こ、このやろう……聞く耳持たねえってか!


 おれはギリっと奥歯を噛んだ。

 そもそも話し合いでなにか解決しようってわけじゃねえ。

 けど、なんかすげえ悔しいぜ! やるせねえっつーか、歯痒いっつーかよお!


「ふははは! もういいだろう! まさか説得しにきたわけじゃあるまい! このおれさまを殺しにきたんだろう!」


「……ああ、そうだぜ!」


 おれは拳を握った。

 いろいろ言いてえことはあるが、話しても無駄じゃしょうがねえ。

 それに、この戦いはヤツを倒すことが目的だ。


 姉さんの(かたき)

 あの子の仇。

 数多(あまた)数えきれねえたくさんのひとたちの仇敵(きゅうてき)

 それをいま、ぶち殺す!


「うおおおおおおッ!」


 ——ブリブリブリブリブブーーーーッ!


 おれは最後のクソを漏らした。

 腹ン中に残ってたオーティたちのクソを、ひとかけらも残さずひり出した。


 虹色の炎が燃え上がった。


 おれを覆っていたスキルの輝きがぐんと増した。


 スキルはおれの精神を研ぎ澄まさせる。

 ケンカっ早い短気なおれを、冷静にさせてくれる。


 だが、それでも抑えきれないほどの衝動が、膨大なパワーを超えてあふれ出す!


「覚悟しやがれクソやろおーーーーツ!」


 おれはヤツに向かって走った。

 ヤツはちと高え位置にいたが、以前のパワーでも十分に届く距離だ。

 それに城門があるからそいつを足がかりにして方向転換もできる。


 これで終わりだ!


 そう思い、いままさにジャンプしようとした、そのとき——!


「ごおおおおおっ!」


 ヤツの乗っていた土色のドラゴンが吠えた。

 瞬間!


「うおっ!」


 体重が消えた!? 体がふわっとして、足元がスカスカで………………


 地面がねえ!


「おわああああーーーーっ!」


 おれは落下していた。

 何秒も何秒も、果てしなく落ちた。


 おそらく十秒くれえか? おれの肉体は地の底へと打ちつけられた。


「な、なにが起きやがった!」


 辺りを見回すと、穴だった。

 家一軒が収まるくれえのでけえ穴。

 おれはそこに落ちていた。


「ふははははは! 驚いたか!」


「っ!」


 ヤツの声が地上から聞こえ、おれは上を見上げた。


「この土竜(アースドラゴン)は大地を削る力を持っている! おれさまはきさまが来たときのために、あらかじめ深い深い落とし穴を作っていたのだ!」


 な、なんだと……!?


「そもそもおかしいと思わんのか! なぜおれさまがきさまと対峙する必要がある!」


 ……!


「こうするためだ! 完全無敵のきさまを無力化するために罠を貼っていたのだ!」


 ち、ちくしょう……! やられた!


「さあて、ここから出られるかな!?」


「このやろおーーーーッ!」


 おれは思いっきり踏ん張り、大ジャンプした。

 スキル全開、最大パワー出力だ。


 だが!


「くっ……!」


 ぜんぜん届かねえ! いままでより断然高く跳んでるってのに、半分そこらしか行かねえ!


「ふははははは! ふははははははは!」


 ヤツの笑いがこだました。

 おれは憎ったらしい声を浴びながら、なんどもなんどもジャンプした。


 しかしやはり届かない。

 行ってせいぜい三分の二程度。


 ちくしょう! このままじゃ……このままじゃ!


「きさまは終わりだ! いまここに人類の希望は(つい)え、滅亡を迎えるのだ! ふははははは! ふははははははははは!」

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