71 突撃!
「危ないでごわすーー!」
キンギーが魔物に斧を突き立て、ぶっ飛ばした。ミギニオを守ってのことだった。
「大丈夫でごわすか!?」
「ええ!」
ミギニオはオーティに肩を貸していたせいでひどく疲れていた。
元々体力もあまりねえ。
カレーノが周囲に炎を撒き散らしているおかげで袋叩きにあわねえが、それでも討ち漏らしたヤツが襲い掛かってきていた。
「はあっ、はあっ、このままじゃあたしたちも……」
「やばいでごわす!」
「おいらもヘトヘトでやんすよーー!」
みんなボロボロだった。カレーノも舌が限界らしく、これ以上とうがらしを食えそうになかった。
「ああっ、もうだめ! スキルが切れちゃう! わたし、もう……!」
炎が消えた。特別な力がリミットを迎えた。
途端、
「うおお! いっぱい来るでごわすよ!」
「ああっ!」
「ひえーでやんすーー!」
大量の魔物が四人を襲った。幾重もの牙が飛び込んできた。
「た、助けてベンデル!」
カレーノが身を縮め、叫んだ。
そこに!
「おらあああああーーッ!」
虹色の光が渦を巻き、空気を切り裂いた。
おれはみんなの周囲の魔物を蹴散らし、灰に変えてやった。
「ベンデル!」
「ただいま、カレーノ! そしてみんな!」
おー、危ねえ。間一発じゃねえか。あとちっと感傷に浸ってたらやばかったぜ。
なにはともあれ、みんな無事だ。
「戻ってきたってことは……やったのね!」
「ああ! あとは魔王だけだ!」
それを聞いたあいつらは歓声を上げ、よろこんだ。
「これで世界が救えるわね!」
「おいどん感激でごわす!」
「おいら最初っから信じてたでやんすよ!」
へっ、みんな褒めてくれるけど、おれひとりじゃ勝てなかったさ。
おめえらが助けてくれたから、こころを重ねてくれたから、あれだけの力が出せたんだぜ。
「ベンデル、オーティも笑ってるわ」
座り込むミギニオが言った。
彼女の手は、いまは亡きオーティの背中を支えていた。
「こう言ってるわ。よくやった、クソ漏らし、ってね」
「……ああ、聞こえるぜ」
おれはじわりと言った。
実際には聞こえねえが、たしかにそう言っている。
「ありがとよ、オーティ……」
思えばこいつがいなけりゃ人類は滅んでいた。
こいつがクソ漏らしのおれを三年も預かってくれていたおかげで、トリガー・スキル”無敵うんこ漏らし”に目覚めることができた。
こいつが馬車でうずくまるカレーノに声をかけなかったら、おれはトリガーを失っていた。
こいつが助けてくれなかったら、きっとおれたちは絶望して、止まっていた。
「おめえの名は、永遠に刻むぜ」
おれは深く頭を下げた。言葉では伝え切れなかった。
「あいさつは済んだ?」
「ああ……」
「じゃあもう行って。いつまでも感傷に浸ってる場合じゃないわよ。スキルが切れないうちに魔王を倒しに行かなきゃ」
およ、ミギニオのヤツ、なんとなくオーティに似てドライになったな。
妙にリアリストっつーか、女らしくねえっつーか。
「さ、次の魔物が来るわ! カレーノ、もうとうがらしは無理そう? じゃああなたも槍を構えて! 本隊まで戻るわよ!」
「おいおい、そんな焦らなくてもいいじゃねえか。おれがみんなを守るぜ」
「バカ! なに言ってるのよ! あなたは早く魔王城に向かって! 魔王が逃げたらどうするの!」
「へ?」
「敵は最大戦力を失ったんでしょ!? 下手したらとっくに逃げ出してるわ! もたもたしてないで早く!」
あ、そっかー! たしかにありえるっすね!
……でも、
「みんなを置いていけねえよ!」
「はあ!?」
「本隊に戻るって、あの魔物の壁を突っ切るんだろ!? まず無理だぜ! それよりおれが道を作って……」
「そんなことしてる暇があったら早く行って! あたしたちのいのちなんて捨てるのよ!」
「で、できねえよ!」
「なによこの貧弱ウンチ漏らし! タマタマついてんでしょ!」
うう……そりゃついてっけどよお……
おめえらを、カレーノを見殺しになんてできねえよ。
「ああもう! そうこうしてるうちに魔物が来るわ! あなたは手を出さないで! トリガーの消費を少しでも抑えて!」
そ、そんな! こんな大勢四人だけで防げるわけがねえ!
「そうよベンデル!」
……カレーノ!
「ここで取り逃したら、それこそオーティに申し訳ないわ! 大丈夫! わたしたちなら、きっと負けないから!」
ぐ、で、でも……
「おいどんも気張るでごわすよー!」
「ひー! 怖いけどがんばるでやんすー!」
う、う……おれ、どうしたら……!
「来るわ!」
そうこうしているうちに魔物が襲いかかってきた。
おれはみんなの背後でグッと拳を握り、必死に堪えて…………やっぱり我慢できねえ!
「やっぱ助けるぜーー!」
と突っ走ろうとした。
そのとき!
——みんな! ベンデルを助けろ!
どこからかゲーリィの声が響いた。
途端、魔物の動きが止まった。
「これは……!」
——おれは間違っていた! おれは愛する姉さんの助けになりたい! おれは本心のままに戦いたい! だからみんな、おれの代わりに姉さんの力になってくれ! 魔王を倒す一助となってくれ!
「ねえベンデル! この声って……」
カレーノが涙目で振り向いた。
「ああ……ゲーリィだ……」
おれは胸を押さえながら答えた。
あいつ……正直になりやがったな。
四人を襲おうとした魔物のうち、目つきの鋭いヤツらが顔を合わせてうなずいた。
そして地面に手や前脚を突っ込み、湿った土を自身の顔に塗りたくった。
これは……泥汚れ!
おそらくゲーリィ直属部隊の魔物だろう。
ヤツらはそうしなかった魔物どもに襲い掛かり、しかも進んで人間の盾となった。
これならいける! ゲーリィの部下は強力だから、魔物の壁を突破できる!
「よし、いけるわ! みんな、いまのうちに本隊に戻るわよ!」
ミギニオが叫び、全員がうなずいた。
そして駆け出そうとした。
しかし!
「あ! あれを見るでやんす!」
タイが突如目をおっ広げて指をさした。
その先には!
「で、でかいでごわす!」
なんと巨大な魔物が現れやがった。
いったいどこに隠れてやがったのか。
二階建ての家よりでけえ魔物が数十匹。
中には城くれえでけえのもいて、それが百メートルそこらの距離を迫ってくる。
「あんなのに襲われたら、どんなヤツもイチコロでやんすよーー!」
タイは完全にビビっていた。
ほかのみんなも真っ青になり、泥汚れたちからも動揺の気配が感じられた。
「や、やっぱりこっちを助けてほしいでやんす!」
「そうでごわすね! 魔王はそのあとでごわす!」
……だな。いくらなんでも放っておけねえ。
よーし、とにかく片っ端から……
「ダメよ!」
ミギニオ……!
「あなたはなんのためにここに来たの!? 魔王を倒すためでしょ!?」
「けど……」
「そうよ! わたしたち覚悟してるんだから!」
カレーノ……!
「もちろん死にたくないわ! わたし、あなたと生きて帰って、いっしょになりたい! 本当に好きだから! 愛してるから!」
「ならやっぱりおれが……」
「でももし魔王を逃したら平和なんて来ない!」
……!
「あなたとしあわせに暮らせない!」
「……カレーノ!」
カレーノは静かに前に歩き、おれと向かい合った。
そして、潤む瞳をあたたかく細めた。
「……大丈夫。きっと大丈夫よ。これまでなんども奇跡が起きたじゃない。なら、これからだって起こるわ。だって、こんなにたくさんの気持ちが、ひとつに向かって行ってるんだもの」
「……」
……かもしれねえ。
本当ならとっくに終わっていたおれたちの戦いは、信じられねえような奇跡に救われまくっている。
信じてえ……けど、そんな都合よく奇跡が起きるか? いくらなんでも起きすぎじゃねえか?
どうする……おれ……
……と逡巡しているときだった。
——どおおおっ!
「きゃあっ!」
突如、大地が割れた。
ミギニオの背後で、地割れから巨大なワームが飛び出した!
「おわあっ!」
おれは驚いて尻餅ついちまった! だって、びっくらこくじゃねえか! 無敵でもびっくり箱にゃあびっくりすんだ!
「……って、やべえ!」
やろう、ミギニオにのしかかろうとしてやがる!
くそっ、急いで起き上がらねえと!
間に合うか!?
ミギニオが影に覆われた!
ヤツの巨体が勢いよく降りてくる!
おれは慌てて起き上がり、ヤツに向かって——————
駆け出そうとしたとき、巨体が裂けた。
「へっ?」
塔のように立ち上がり、しなって降りるワームの体が豪快な音を立て、縦一文字にぶった斬れた。
大量の体液とともに、ふたつになったそいつは、おれたちを避けるように左右にズシンと転がった。
「こ、こいつは……」
おれはなにが起きたか理解できなかった。
みんなもポカンとしていた。
なぜ割れた? だれが斬った?
その答えがカレーノの足元で鳴いた。
「ワン!」
「あっ! クロ!」
そーか、おめえか! おめえが斬ってくれたのか!
そこにいたのはキレジィの愛犬、ブラック・ドッグのクロだった。
クロはカレーノの脚に胴体をこすりつけて舌をハッハッと鳴らし、尻尾をめちゃくちゃ振っていた。
「あなたが助けてくれたの!?」
「ワン!」
その前脚にはワームの体液がついていた。
そういやこいつ、すげえスピードが出せるんだったな。
特別な魔物たァ思ってたが、これほどのパワーの持ち主だとは知らなかった。
「ワン! ワン!」
クロはあごを上げるようにしておれに吠えた。
なにかを訴えている吠え方だ。
「おめえ……早く行けって言ってるのか?」
「ワン!」
犬の言葉がわかるわけじゃねえ。
けど、そう言ってる気がする。まなざしがそんな感じがする。
「ベンデル、行きましょう」
カレーノが言った。
「こっちは大丈夫。クロが来てくれたわ。わたしたちを信じて、早く行って」
「そうよ、急いで」
ミギニオが言った。
「もう何分も時間が経っちゃってる。もしこれで魔王を逃したら、オーティに申し訳ないじゃない。だからお願い、早く!」
「ごわす!」
「や、やんす〜!」
カレーノ……ミギニオ……みんな!
「……わかった! おれ、ちょっくら行ってくんぜ!」
「ええ! 待ってるから!」
おれはカレーノと瞳を合わせ、うなずいた。
そして、おおおと雄叫びを上げ、魔王城へと駆け出した。




