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68 涙色大嵐

 なるほどな……


 おれはキレジィが死に際に放った言葉を思い出していた。


「あの子は悪い子じゃないの……ただ少し、真面目すぎるだけなの……あの子は……自分がやらなきゃって思ってることを……がんばってるだけなの……どうしていいか、わからないだけで……本当に、本当に、いい子なの……」


 そーゆーことか。たしかにこいつは真面目でいいヤツだ。


 決して私利私欲で戦っているわけじゃねえ。

 たぶん殺してえと思ってひとを殺すわけでもねえ。


 魔王を助けるため——その一念で必死にがんばっている。

 しかも本当は姉さんの助けにもなりてえ。

 ただ方向性が真逆だから、片方しかできねえだけで、きっとみんなを助けてやりてえと思ってる。


 キレジィとおんなしだ。

 だれかのために、みんなのために。

 そーゆーやろうだ。


 あいつは最期、涙ながらにこう言った。


「だからお願い……あの子を助けて……」


 ……やっと意味がわかったぜ。

 こいつも苦しんでいたんだな。

 最強の力を持ちながら、振り子のようにこころを揺らし、葛藤の中をさまよい歩いていたんだな。


「……どうして胸が痛いかって?」


 おれは物憂げに言った。


「嘘をついてるからさ」


「嘘だと!?」


 ゲーリィは眉間に歯を噛み砕くようなしわを作り、言った。


「おれがいつだれに嘘をついたというんだ!」


「てめえ自身にだよ」


「なに!?」


「おめえは本当は姉さんについて行きたかったんだ。それなのに、仕方がねえっつって魔王の味方をした。何年も、何十年もな」


「……言うな!」


「なあ、正直になっちまえよ。胸が痛えのは姉さんを殺したからじゃねえ。嘘に向かって突き進んでっからだろうよ」


「言うなァ!」


 ゲーリィは気持ちをかなぐり捨てるように叫び、おれに突っ込んできた。


「おれだってわかっている!」


 ヤツは連撃とともに言った。


「おれだって本当は姉さんの助けになりたかった! 魔王様を放り捨ててでも姉さんといっしょに行きたかった! 母さんが死んだとき、それがはっきりわかった!」


「……!」


 おれは必死に防御しながら言った。


「そういやおめえらの母さんは……」


「そうだ! 自ら死を選んだ!」


 ゲーリィの剣がガツンと重くなった。


「おれは魔王様を助ければ母さんもよろこぶと思っていた! 母さんがよろこべば姉さんもよろこぶと思っていた! いや、そう思いたかっただけかもしれない! だが! 母さんは悲しんでいた!」


 こいつ……なんて哀しい顔で戦いやがる!


「本当はわかっていたんだ! 両方に寄ることなどできないと! だからおれは自分をだましたんだ! きっとみんなよろこんでいると! 自分が悩まなくて済むように、自分が苦しまなくていいように!」


「……だったらいまからでも思った通りにすりゃあいーじゃねえか」


「それができればどれだけ楽か!」


 ゲーリィは渾身のパワーを込めて剣を振った。


「ぐっ!」


 おれはガキンとふっ飛ばされた。

 あまりの威力に体が横を向いたが、片手で地面を擦り、なんとか倒れずザザッと滑る。


 そこに——


「うああああああ!」


 ヤツの大振りが迫った!


「おおおおおおッ!」


 ——ブピーーッ! ブリブリブリブリュリュリュリュリュッピーーッ!


 おれはダブル・バーストを発動させ、真っ向から受け止めた。

 それでもはじき押されたくれえだから、シングル・パワーじゃやばかっただろう。


 ……しかしいまのでクソをぜんぶひり出しちまった。

 ここでひとまず休憩ってことにしてくんねえかな?


 なーんて思ったが、当然そうはならねえよなあ。


「ベンデル! おれはおまえを倒すしかないんだ!」


 ゲーリィは早い連撃をやめ、感情を込めるように力強く剣を振るった。


「姉さんも母さんもいないいま、おれが救うべき相手はただひとり! そうだろう!」


「違えよ……」


「おれは魔王様の部下として生まれた! なら魔王様のために戦うのがおれの使命だ! そうだろう!」


「違え!」


「いいや、違くない!」


「違えっつってんだろ!」


 ガキン! と刃が交わった。

 ヤツの渾身の一撃と、おれの渾身の一撃が斜め十字にかち合い、ふたつの視線が睨み合った。


 ヤツは血涙の流れるようなまなざしをしていた。


 おれは、腹の底、そのまた奥の底の底から魂を吐き出すように見つめた。


 そして、言ってやった。


「てめえは大バカやろうだ!」


「……ッ!」


「なにが使命だ! 人間ってのはただ生まれてくるんだ! だれにどうしろこうしろって言われて生まれるんじゃねえ! てめえの生き方はてめえで決めるんだ!」


「だがおれは魔族だ!」


「おなじだよ! キレジィも、てめえも、おれたちとおなじ、人間のこころを持ってるじゃねえか!」


「……違う!」


「てめえは甘ッタレだ! てめえは自分じゃどうすりゃいいか決めらんねえから、使命だ生まれだ言い訳つけて、他人にこころをゆだねてやがんだ!」


「違う!」


「いくらでも道はあった! だけどてめえはつれえのがいやで逃げたんだ!」


「違う! 違う! 違う!!!」


 ゲーリィは全身から覇気を噴き出し、ガツンとおれを押し出した。

 そして、もはや無敵状態でさえ視認しきれないほどの猛攻を繰り出した。


「ぐっ……!」


「これがおれの使命なんだ! こうするしかないんだ!」


 やべえ! ヤツの剣がクソ重い! どんどん押される!

 受けるだけでエネルギーが吹っ飛び、パンツの中のクソがすさまじい速度で蒸発していく!


「違うというならおれを倒してみろ! 想いの強さが力になることを教えてくれたのはおまえだろう! なら見せてみろ! おれの間違いを正してみせろ!」


 このやろう……感情がはち切れてやがる……! まずい、もうクソが……!


「うおおおおおおおッ!」


 ゲーリィの剣先が地面に潜り、青い閃光となって飛び出した。それを受けた瞬間!


 ——バキィン!


 おれの剣がぶち割れた。


 スキルが切れた瞬間だった。


「ぐおおおおーーッ!」


 おれは虹色の輝きを失い、派手にぶっ飛ばされた。

 さいわい斬撃は食らわなかったものの、肉体は生身となり、ただひとつの武器も失ってしまった。


「う……痛てて…………」


 全身が痛んだ。

 勢いよく草の上を転がった体は打ち身だらけだった。


「………………まいったなこりゃ」


 おれはふてぶてしくつぶやき、起き上がろうとした。

 うまく力が入らねえが、なんとか手のひらを大地に押し込み、ひじとひざを突き立てて、ガクガクしながらゆっくり身を起こす。


 そうしてやっと上半身だけ持ち上げて、(にげ)え視界を見渡した。


「……くそっ」


 いやな光景だった。


 ナーガス軍は埋まっていた。


 膨大な数の魔物が分厚い壁を作り、人間の姿はどこにも見えなかった。


 その、魔物の最後尾でさえ、かなり遠い。


 どうやら苛烈な攻撃に押し下げられたらしい。

 戦闘の声は聞こえるが、いまからクソのチャージには向かえそうもねえ。


 反対側に視線を向けた。


 ゲーリィはゆっくりと、剣をぶら下げるように構え、歩いていた。


「……終わりだな」


 ヤツはため息のような声で言った。


「少し……残念だ」


 それは、皮肉でも嘘でもなかった。


 そんな顔をしていた。


 勝利を手にしたのに、どこか寂しげで、落ち込んだような顔。


 それが、おれの一歩手前で止まった。


 剣先がおれを向いた。


「まだだ……」


 おれは弱々しくも立ち上がり、言った。


「まだ終わってねえよ……」


「……もう終わりだろう」


「いいや、まだ拳が残ってる」


 おれは貧弱なファイティングポーズを見せた。

 もちろん敵うはずがねえ。

 スキルと剣があっても勝てなかった相手に、こんなことしてどうにかなるわけがねえ。


 でも、体が勝手にそうした。


 意地が残っていた。


 おれはへろへろの口をニヤリと笑わせ、眼光鋭く言ってやった。


「かかってこいよ……おれはまだ、生きてるぜ」

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