67 想い激しく
おれたちは熱風の中にいた。
それは実際には存在しない風だった。
だがおれの背後からは炎そのものが吹き抜けるような熱い風が吹いていた。
そしてゲーリィからも同様の、強烈な嵐が舞い込んでくる。
ふたつの風はぶつかり合っていた。
鍔迫り合う二本の刃のわずか上、人魔睨み合う稲妻の視線の境界で、爆発のような激しい衝突を起こしていた。
おれは静かに言った。
「しょぼくれてると思ったが、そうでもなさそうだな」
「いいや、ひどく落ち込んでいる」
ゲーリィは眉を曇らせ、細い眼差しで言った。
「あの日から胸の痛みが消えないんだ」
「そりゃあ、つらいな」
「ああ……つらい」
おれたちの視界がぐにゃりとぼやけた。
剣と剣の触れ合う部分が赤熱していた。
空気が熱でゆがんでいる。
人間離れしたふたりの腕力が接点に圧を加え、鋼を熱くしている。
もしスキルで強化されていなかったら、まず勝ち目はねえだろう。
”無敵うんこ漏らし”は無敵になるだけでなく、身体能力を著しく上昇させる。
それでいま、ヤツとトントンだ。
てことは生身だったら、触れた瞬間スッ飛ばされていたに違いねえ。
「……なら解放してやるよ」
おれはぐっと腕に力を込め、
「痛みのねえ世界にな!」
叫びとともに押し出した。
が、向こうも同様、「おおお!」と胆力を絞り、おれたちは弾き合った。
互いに一歩の距離を置く。
——そして!
「うおおおッ!」
「はあああッ!」
激闘がはじまった。
おれは尋常をはるかに超える破壊の連撃をぶち込んだ。
だが、ヤツもまた尋常じゃねえ。
そのすべてを受け止め、さらに反撃までしてきやがった。
すさまじいやろうだ。一秒のあいだに最低でも七回は剣を振りやがる。
しかもひと振りひと振りが必殺級だ。
スピードだけじゃなくパワーも抜かりねえ。
そして技術は圧倒的に上だ。
「ふんっ!」
ヤツは一瞬ぐるりと回転し、その勢いを剣に乗せ、ぶちかました。
おれはあまりのパワーに吹っ飛ばされ、危うく仰向けにぶっ倒れるところだった。
「っと、危ねえ!」
体勢を整え、剣を構える。
だが——
「はっ!」
ヤツがいねえ! 目の前にいたはずのゲーリィが姿を消し——
「上か!」
一瞬、陽の陰りを感じておれは上をガードした。
直後、
——ガキイイッ!
剣戟とは思えねえ轟音が鳴り響いた。
ヤツの本気の一撃だ。
あの日ノグンの巨大戦艦をぶった斬った、連撃では出すことのできない一本剣の剛力だ。
その威力たるや、おれの靴底を土草に十センチは沈めた。
剣が折れねえのはスキルのおかげに違いねえ。
しかし、おかげでクソの消費が早い。
おれのスキルはパンツの中に漏らしたクソをエネルギーとして使用し、蒸発させて持続する。
それがいまのでほとんど失われちまった。
「……ぐっ!」
おれはガニ股で踏ん張り、歯を食いしばった。
巨体を跳ね飛ばすほどのパワーを持っているはずなのに、まるで大人と子供の腕ずもうみてえに押さえつけられている。
クッソ重てえ!
ゲーリィが万力のような力でおれを押し込み、言った。
「どうだ、重いか!」
「ああ、重いな!」
「そうだろう! こんなに胸が痛いのに、重たくないはずがない!」
それは、おれがヤツに言った言葉だった。
「おれは苦しい! おれは悲しい! 愛する姉さんを殺してしまった重みが、大陸すべての山を背負うよりも、重く、重く、のしかかっている! その重みがこの剣だ!」
……そりゃあ重いな。
だが、おれだって軽かァねえんだよ!
「ダブル・バーストーーッ!」
——ブリブリーー! ブリュリュリュリュブババーーッ!
「なに!?」
「でええい!」
おれはクソを漏らし直し、ヤツの剣を跳ね返した。
さいわい体勢はガニ股。
クソ漏らしには最適だった。
ここ数時間の戦いで、おれはあることを発見していた。
——スキルは重ねがけできる。
いちどクソを漏らせばスキルは発動する。
その後まだパンツにクソが残っている状態で再び漏らせば、単発よりパワーが出る。
といってもごくわずかな時間だ。
ダブル・バースト発動からほんの数十秒でシングル・レベルに戻ってしまう。
おそらく先に出したクソが優先で消費され、蒸発してしまうのだろう。
ここぞというところでしか使えねえ。
それにパンツがいっぱいの状態でやると、たぶんズボンに漏れて無駄になっちまう。
だから使うなら、いまみてえな絶体絶命でだ。
「いまのパワー……スキルを重ねたのか!」
「そうだ!」
さすがは最強の戦士。
いまの一瞬でダブル・バーストを理解しやがった。
なんとか敗北はま逃れたものの、ヤツが恐ろしく強えという事実は変わらねえ。
体力、技術、そしてセンスもバツグンだ。
どうにかしなきゃならねえ。
早く倒さなきゃならねえ。
じゃねえと、みんなが持たねえ!
——ガオオオーーッ!
——うわああーーッ!
——ぐおおおーーッ!
おれの背後からは常に恐ろしい声が聞こえていた。
魔物の咆哮、人間の叫び。
スキルで鋭敏になった聴覚が戦いの様子を教えてくれる。
声だけでなく、足音や血肉を切り裂く音まで立体的に伝わってくる。
それが、あまりよろしくねえ。
ゲーリィ直属部隊の混じった魔物の軍勢は、これまでとは比べものにならねえ破壊力を持っていた。
明らかに人類の死傷率が上がっている!
(カレーノ……!)
まだ女の悲鳴は聞こえねえ。
だからカレーノも、ミギニオも、女王さんも死んじゃいねえ。
だが時間の問題だ! 早くこいつをぶっ倒して助けにいかねえと!
「おらああああーーッ!」
おれは疾った。全身全霊を込め、ヤツにぶち当たった。
しかし、
「軽い!」
ダブル・バーストのパワーはあっさり受け止められた。
おそらく腕力では勝っていた。
上からの剛腕を跳ね返したんだ。スピードだって上がっている。
だが、わざの練度が違え。
「そんな剣がおれに通じると思うのか!」
「知るか! やってみなきゃわかんねえだろうがよーーッ!」
おれはがむしゃらに攻め込んだ。
秒に十発はぶち込んだ。
しかし、届かない。
ちっとばかし腕っぷしを上げたくれえじゃヤツの戦闘センスを超えられねえ。
「どちくしょうがよおおーーッ!」
おれは上段から切りつけるふりをして足元の土を蹴り上げた。
正攻法じゃ敵わねえと思ってフェイントからの目潰しだ。
「うっ!」
よし! 直撃だ! 目をぎゅっとつぶって動きを止めた!
この隙を逃してなるものか!
「でええーーい!」
だが!
——ガキン!
またしても防がれた!
こいつ、目が見えねえってのに戦えるのか!?
「……さすがは人類の未来を背負う男。だが、おれも負けるわけにはいかないんだ!」
「……てめえ!」
「おれはなんとしてでも魔王様を救わなければならない! おまえを倒さなければならない! たとえそれが、本心でなくとも!」
ゲーリィの目がカッと開いた。
目潰しのせいだろう。ヤツの瞳が涙で濡れている。
その瞳が迫った。
直後、すさまじい反撃が繰り出された。
「ぐっ、おおおおッ!」
おれはひたすらガードに徹した。
ダブルはたったいま切れていた。
嵐のような猛攻だった。
視界が弱った分、わざは単調だったが、それを補って余りある気迫が剣先に乗っていた。
重てえなんてもんじゃねえ! ふっ飛ばされねえのがやっとだ!
そんな連撃の中、ゲーリィが吠えるように言った。
「わかるか! おまえにおれの気持ちが!」
「……なにがだよ!」
「おれだって、本当は姉さんの助けになりたかったんだ!」
「はあ!?」
「姉さんは平和を願っていた! 姉さんは笑顔を求めていた! おれは……そんな姉さんが好きだった!」
「だったら魔王なんかの味方しねえで、こっちにつきゃあよかったじゃねえかよ!」
「そんな簡単な話ではない!」
ゲーリィは力いっぱい剣を振り、おれの体がズザザッと押し出された。
ヤツは立ち止まり、叫んだ。
「たしかに姉さんの気持ちも大事だ! だが、魔王様の苦しみはどうする!」
「……なんだよ、それ」
「魔王様はいまだに苦しんでいる! 毎晩家族を殺されそうになった日の夢を見て、荒い息とともに目を覚ます! 汗だくになって、絶望に押し潰されそうになりながら!」
「なっ……」
「どちらも救いたい! どちらも力になりたい! しかし、それらは相反する想いだ! 片方しか支えることはできない! だからおれはあるじを選んだ! 騎士だから! 戦い勝つことがおれの道だから!」
「……」
「だがその結果、姉さんは死んでしまった! おれが殺した! たとえ間違いでも、おれが殺したんだ!」
「……」
「こうなればもう迷うことはない! 姉さんが死んでしまった以上、魔王様のために戦うしかない! だけど、胸が痛い! もう、こうするしかないとわかっているのに、とても胸が痛いんだ!」
ゲーリィの目じりから涙がこぼれた。
目潰しの土はもうないように見えた。
「なあ、ベンデル! どうしてなんだ! どうしておれはこんなに胸が痛いんだ!」




