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66 城下にて待つ

「なぜおれ様の命令通りにならんのだ!」


 暗雲に掘られた魔王の顔が焦燥にゆがんだ。


「スキルの力は絶対のはずだ! それがなぜ!」


 ヤツにはキレジィの姿が見えていなかった。


 へっ、人殺しのことばっか考えてっからだ。

 たまたまクロに視線がいってなかっただけかもしれねえが、どうあれヤツはキレジィが見えなかった。

 てめえの娘がそこにいることに気づかなかった。


 そんなんだから言ってやったぜ。


「おう、魔王! おれたちにはわかるぜ!」


「なに!?」


「なぜ泥汚れたちがてめえの言う通りにならねえのか、こっちァみーんな知ってるぜ!」


「なんだと!? どうして効果が届かんのだ!」


「想いの力さ!」


「想いの力だと!?」


「ああそうさ! この力は、てめえみてえにぶっ殺すだなんだっつってるだけのクソ弱え想いの真逆! だれかを助けてえ! だれかのためになりてえ! そんな、なによりも強え想いがこの奇跡を起こしたんだ!」


「そ、そんな理屈……あってたまるか!」


 あるのさ! そして理屈じゃねえのさ!


 死んだ人間が現れるはずねえのに、そこにいる。

 起こるはずのねえ不思議な力が光り輝く。

 こんなことありえねえ。理屈で言えばめちゃくちゃさ。


 けど、あいつは常に祈っていた! だれかのために! みんなのために!


「よく聞きやがれクソッタレ! てめえは弱えんだ! 真の力は想いの力! 恨みよりも思いやり! 殺意よりも愛! 破滅を望む殺伐とした感情なんか、平和を願うこころの前にはカスみてえなもんなんだよ!」


「うぐ、うぐうう!」


 はー、言ってやったぜ。スッキリぴょんだ。

 やろう口をギーって噛んでイライラしてらあ。


 いや、別に勝ったわけじゃねえよ?

 まだ戦いは続いてる。数を考えればまだまだ敵のが有利だ。


 でも、おれたちはいま風上に立った。

 こころを圧倒し、精神が上を向いた。

 見ろよみんなのツラを。

 キレジィの奇跡とおれの挑発が相まって、追い風を浴びるような目の色になってらあ。


 それに比べて魔王のツラったらねえぜ。悔しそうにゆがんでよお。

 いまごろムカッ腹が過ぎて屁でもこいてんじゃねえのか?


 ……と思ったが、そうでもねえらしい。


「ふっ、好きに言えばいい!」


 ヤツは苦々しくも笑い、余裕ある声で言った。


「たしかにいま、奇跡が起きたことは認めよう! なぜかは知らんが、想いの力とやらがおれ様の力を止めたのは事実だ! だが! どちらにしろきさまらに勝ち目はない!」


 ほー、言うじゃねえか。ずいぶんと自信がありやがるぜ。


「おれ様にはまだ最強のしもべがいる!」


 ……!


「あいつがいる限り、きさまらが城にたどり着くことはありえん!」


 そうだ、まだあいつがいる。

 たったひとりで万人を葬る、不死身の戦士がひとり残っている。

 たった一枚の薄い壁だが、それがどんな鋼鉄よりも硬い。


「せいぜいいまをよろこぶがいい! ほんのいっときの幸運をな! ふははははははは!」


 そう言って魔王の雲は消えていった。

 それは決して負け惜しみのいいかげんなんかじゃなく、現実的な話だった。


 あのとき——キレジィが死んだとき、”あいつ”はパニックにおちいっていた。

 だからおれは優位に立てた。

 もしヤツが心身ともに力強く動けたなら、おれはどうなっていたかわからねえ。


 それが、この先に待っている。


「ベンデル……」


 カレーノが不安げにおれを見つめた。

 こいつもあの場でヤツの気迫を味わっていた。


「なに、大丈夫さ。おれは無敵だぜ?」


「……そうよね。きっと勝てるわよね」


「ああ、任せときな」


 そうだ、おれは負けねえ。

 つーか負けるわけにいかねえ。


 勝てるとか勝てねえとかじゃねえんだ。

 勝つんだ。

 じゃなきゃすべてが終わる。

 人類の未来がおれにかかっている。


「よし、行くぞ! キレジィも来てくれたことだし、この勢いで一気に突っ走るぜーー!」


 おれたちは進軍を再開した。

 おれは再びスキルで前を掃除しまくった。


 魔物は相変わらず無限に襲ってきやがる。

 魔王の息のかかった殺戮(さつりく)傀儡(くぐつ)の大群だ。

 おそらく大陸じゅうの魔物が集まっている。


 もしおれがいなければ、きっと一時間も経たずにナーガス軍は全滅していただろう。


(……とんだ奇跡があるもんだな)


 おれはふと、あの日のことを思い出した。


 あの日、おれはオーティ勇者団を追放された。

 毎日毎日戦闘中にクソを漏らすからだ。

 それが、まったく縁もゆかりもなかったカレーノと出会い、行くはずのねえ教会に行ってスキルを手にした。


 それからオンジーと出会った。


 キレジィと出会った。


 女王さんと出会った。


 そして多くの苦難の果てに、すべてがいまに繋がっている。


(すべてはクソ漏らしから……か)


 まったく、バカみてえな話だ。もう少しろくな能力にならなかったもんかね。

 きっと歴史家が困るぜ。

「かつて世界を滅ぼそうとした魔王は、うんこ漏らしによって倒されました」

 なーんて子供たちに教え伝えなきゃならねえんだからよ。


 ま、なんでもいいけどさ。

 とにかくいまは打倒魔王だ。どんなに汚ねえ能力だろうがか関係ねえ。

 やるか、やられるか、それだけだ。


 やがて、三十分も経っただろうか。


 とうとうたどり着いた。

 ボトンベン地方カーミギレ城——その城下町カーミギレ。


 そこは廃墟になっていた。

 家という家は崩れ、防壁も粉々(こなごな)、一面がれきが散乱し、おそらく街だったとしか言えない死んだ街だ。


 北を見れば魔王城は目前だ。

 およそ馬で十分、徒歩なら二、三十分。道はねえから直線でまっつぐ行ける。


 が、そこに最大の障壁がある。


 街の南端を塞ぐように、魔物の壁があった。


 無限ってわけじゃねえが、大量の魔物だ。

 そいつらは目の色が違う。


 傀儡じゃねえ。

 はっきりと意思がある。

 目の輝きに魂がある。

 泥汚れとおなじ”生きた目”だ。


 しかし、違う。


 重たい。


 おれたちや泥汚れと違い、一匹いっぴきの瞳に巨岩のような重みがある。


 全身から屈強なオーラが漂い、空気をゆがませている。


 そしてその先頭に、ひとりの男が()している。


 青い肌、黒いマント、背中に一本けさがけに、太い大剣を背負っている。


 それが、あぐらをかいて、目を閉じている。


 気づけば無限の魔物どもは足を止めていた。


 おれたちを取り囲みながら、しかしまるで見守るように、距離を置いた。


 おれたちも止まった。


 そいつの放つ強烈な気配を前に、息をのむように足を止めた。


 おれは、そいつとおよそ二十歩の距離を持って、向かい合った。


 そいつは言った。


「おれは、間違っているのだろうか」


 どうやらおれに言ってるらしい。

 おれは目をつぶったままのそいつに訊き返した。


「なにがだ」


「おれは、これでよかったのだろうか」


「なにがどう間違ってんだよ」


「おれは、騎士道に生きると決めた。あるじである魔王様の意志こそが絶対であり、主人の成功こそが騎士の目指すところとした。しかし、おれは……おれの本当のこころは、あるいは姉さんに……」


「じゃあ姉さんの意志を継いで打倒魔王に移りゃいいじゃねえかよ」


「それはできない。いちど主人を決めた以上、気安く変えることなどできない。それに……もう魔王様以外は、みな死んでしまった……」


 ……なるほど、キレジィが言ってた通りクソ真面目なやろうだ。

 腕はあるのに、相変わらずメンタルが弱え。


 悪いがチャンスだな。

 キレジィは最期にこいつを助けてと言っていたが、そうもいかねえよ。

 なんせこいつひとりいりゃ、ナーガス軍全員ぶっ殺せるってレベルの強敵なんだ。


 しかもこいつはおれと戦える。

 魔の力を込めた刃は、おれのスキルを受け止められる。

 もしかしたらおれも斬られれば死ぬかもしれねえ。


 本当なら、男なら決めたことに突っ走れとか、うだうだ言ってねえでシャッキリしろとか言うとこだが、なにせ人類の未来がかかってんだ。

 悪いが行かせてもらうぜ。


「バースト!」


 ——ブリブリッ! ブババブビーー!


 おれはいまいちどクソを漏らし、ズボンをパンパンに膨らませた。

 そして、


「チャージ!」


 ——ドウンドウン!


 近くにいたヤツから適当にクソを吸収した。

 数人分のクソが詰め込まれ、腹がパンパンになった。


 準備は整った。

 あとは、ヤツを斬るだけ!


 ——ダッ!


 おれは跳んだ。

 大地を蹴り、矢のように一直線にヤツへと向かった。

 右手では剣を振りかぶっていた。


 そして一秒もたたずしてヤツにそれを叩き込む!


 だがしかし!


 ガキン! と音が鳴った。

 ゲーリィは”時間”とも呼べないほどのわずかな時間で立ち上がり、おれの剣を受け止めていた。


 おれとゲーリィの目が合った。


 山さえも動かすほどの大力(たいりき)がぶつかりあい、交差する剣と剣を挟んで、間近でおれたちは睨み合った。


 そして!


「ガオオオオオーーッ!」


 おれたちの横を魔物どもが駆け抜けた。

 激しく大地を揺らし、ゲーリィ直属部隊がナーガス軍へと突き進んでいった。


 だが、おれたちは見ない。


 おれたちの視線は、おれたちだけにある。


 いま一瞬でも気を抜けば、間違いなくそいつが斬られる。


 それが、無言でぶつかるおれたちの、絶対の共通言語だった。

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