64 いのち、そして魂
戦いは激しさを増していった。
おれたちは背後の増援につつかれねえよう、前にも増して前進速度を上げた。
おれの攻め方も狭くなっている。
とにかく前を開けるために、蛇行範囲を狭めている。
そこに、細くなった陣がガンガン突っ込む。
だからその分体力を使う。
いのちも散らす。
陣は”矢じり”というより”槍の穂先”に近くなっていた。
左右をがっつり挟まれ、しかも前進を意識しながらの戦いだ。
死者の増加率が上がっている。
うしろを振り返れば地獄が見える。
「くそっ……みんな死んでいく! どんどんやられちまう!」
「悲しんでる暇はねえ! さっさと行くんだよ!」
最前線に加わったオーティが叫んだ。
さすがはオーンスイでも名うての勇者団。
キンギー、ミギニオ、タイの三人と見事な連携を組み、危なげなく魔物を蹴散らしている。
だが、息が荒い。
カレーノも槍で応戦するも、二時間以上戦いっぱなしの体は悲鳴を上げていた。
「ベンデル急いで! もう背後が取られそう!」
カレーノの声は涙交じりだった。
突如南から現れた黒顔の魔物どもは、発見から一時間走り続けたナーガス軍に追いつき、もう間近に迫っていた。
「うおおー! これまででごわすか!?」
斧使いキンギーが叫んだ。
こいつは図体だけでなく根性も太い。
それがこんなことを言うほど、おれたちは絶体絶命だった。
「バカ言うんじゃないわよ!」
双剣使いミギニオが汗を飛ばして剣を振るい、叫んだ。
「魔王城まであと少しじゃない! 弱気になってどうするのよ!」
そう、魔王城まで確実に近づいていた。
最初はかすんで見えた城の姿が、いまや確実な存在として瞳に映る。
まだかなり遠い、まだかなり小さいが、夢まぼろしじゃねえ! あと少しなんだ!
「で、でも! あいつら来たでやんすーー!」
タイが上空を見上げ、叫んだ。
顔を黒く塗った大量のワイバーンが空を埋め、大地を影で染めた。
絶望だ! とうとう追いつかれちまった!
こうなりゃおれも防衛に……
「ひよるな! てめえは前だけ見てろ!」
「オーティ! でも!」
「留まればそれこそ終わりだ! 大将潰しゃあ勝ちなんだから、ここにいる全員死ぬ覚悟でやれ!」
……ぐっ! だけどこのままじゃみんなが!
「そうよベンデル!」
カレーノが魔物と応戦しながら叫んだ。
「わたし、あなたが魔王を倒してくれるって信じてる! だからわたしたちも信じて! 絶対こんなヤツらに負けないって信じて!」
「カレーノ!」
こいつ……こんな汗だくになって、全身土埃で汚れて、それが汗で泥みてえになってべっとり染まって……
なのに、なんてきれいな瞳で叫ぶんだ。
ところどころ切られて軽鎧は傷だらけ。
服も破け、血が滲んでるところもある。
肩で息して、槍を重そうに持って、もうボロボロだ。
だけど目が生きている!
まなざしが生命の光を放っている!
おれを信じているからか!?
希望が死んでいないからなのか!?
「勝ちましょう! わたしたち、勝つのよ!」
「……ああ!」
おれは涙を目に溜めて応えた。
もうどう考えても負け戦なのに、あいつの希望がおれにまで伝わって、熱く輝いた。
「よし、行くぜえ!」
おれはクソを漏らし、前を向いた。
道を切り開くために駆け出した。
そのとき!
「きゃあっ!」
「カレーノ!?」
おれは全身を貫く寒気とともに振り返った。
——あいつの悲鳴!
そこには、絶望があった。
カレーノは魔物に槍を弾かれ、仰向けに倒れていた。
「カレーノーーーー!」
おれは走った。
きびすを返し、全速力で助けに行こうとした。
だが、遠い!
カレーノの目の前で獣タイプの魔物が吠えた。
そしてそいつは上半身をもたげ、鋭い爪をいままさに振り下ろしていた。
「やめろおおおおおーーーーッ!」
叫んだ。
走った。
神に祈った。
——だが、届かない。そいつはただひとりおれの愛するひとへと覆いかぶさって行く。
だがしかし!
「クエーー!」
「なっ!?」
おれは信じられねえもんを見た。
なんと、獣の頭にワイバーンが喰らいついた!
「ど、どーゆーことだ!?」
おれはカレーノの傍に滑り込み、言った。
「大丈夫か、カレーノ!」
「え、ええ! でも、どうして……」
カレーノは立ち上がり、槍を手にした。
そしておれたちは立ちすくみ、なおも続く異常な現象をまのあたりにした。
「クエーー!」
「クエーーーー!」
上空にいた黒い顔のワイバーンどもが一斉に急降下し、正面の魔物どもに攻撃をはじめた。
カレーノを襲っていた獣もなぶり殺しにしている。
なぜかはわからねえ。ヤツらは同士討ちをしていた。
「こりゃどういうことだ!?」
オーティたちが集まってきた。
ワイバーンのおかげでナーガス軍はいっときの休息を得られていた。
「なんでこのワイバーンどもは魔物と戦ってるんだ!?」
「おれにもさっぱりだ」
不思議だった。
敵である魔物がどうして人間の味方をしているのか。
さっきの攻撃はあきらかにカレーノを助けていた。
なんで守ったんだ? なんで同士討ちしてるんだ?
「……そういやうしろは!?」
おれはふと思い立ち、ジャンプして後方を眺めた。
したらやっぱりそうだった。
顔の黒い魔物どもが魔物と戦っていた。
それも北上しながら、人間をかばうようにあいだに入って。
……むむむ? わけわかんねえ。
いや、クソありがてえことなんだが、マジでどうして?
そんな疑問に首をかしげるおれの前に、一匹のワイバーンが降り立った。
その背中に、茶色く顔を染めたひと型の魔物、ゴブリンが乗っていた。
そいつはおれを指差し、
「ギー!」
と鳴いた。
「……おれ?」
こいつ、なにが言いてえんだ?
「ギー、ギー!」
そいつは謎のジェスチャーをはじめた。
ワイバーンから降りておれを指差し、大地を指差した。
そして草の隙間から土をすくい、てめえのツラに浴びせて、またおれを指差した。
ううむ、まったくわからん。
「ギー!」
そいつはさらにジェスチャーを続けた。
こんどは周り全体をぐるっと指差し、仰向けに倒れた。
そして舌を出してハーハー息をし、両手を持ち上げて指を広げ、ゆっくり下ろしながらピロピロ揺らして見せた。
そして立ち上がり、
「ギー!」
と鳴いた。
「……カレーノ、わかるか?」
「なにか伝えたいのはわかるんだけど……」
いやあ、さっぱりだ。
味方になってくれるのはありがてえし、マジで助かったんだけど、ホントにわけがわかんねえ。
「まあいいや。とりあえず助かったっつーことで——」
と、おれが言いかけたところで、
「あーーーーッ!」
うわっ! びっくりした! カレーノのヤツ、突然なにでけえ声出してんだ!
「あ、あなたたち、もしかして……」
およ? 知り合いですか? 魔物のご友人がいらっしゃったとは驚きですなあ。
「あ、あ……」
言いながらカレーノは震え、目に涙を溜めた。
「ベンデル……気づかない? これ、あなたのまねよ!」
「おれの? なにが?」
「顔よ! あなた、あのとき顔を土で汚して真っ黒だったじゃない!」
「はあ〜?」
おいおい、なんだよそれ。いつそんなことしたんだよ。つーかなんで顔を土で汚す必要が……
「ほら! ヴィチグンが攻めてきたときよ!」
「……あっ!」
そうだ! そういえばあのときおれは顔が土まみれだった!
あの日、魔族ヴィチグンは三万の魔物を率いてナーガスを攻めた。
それはおれという脅威を消し去るための侵略で、おれはだれだかわからねえように顔を土まみれにしていた。
「あなた、体を張って魔物たちを守ったじゃない! 本当ならぜんぶやっつけなきゃいけないのに、無抵抗の相手を殺すなんていけないって!」
そうだった。
おれは魔物どもが苦しんでるのを知って殺したくねえってわがまま言ったんだった。
そんで結局雨が降って、脱水症状の魔物どもは復活し、決してひとを襲うことなくみーんな去っていった。
「……だからか!?」
おれは驚きに震え、ゴブリンに言った。
「おめえら、まさか恩返しでもしようってのか!?」
「ギー!」
「あのときおれが殺すなって言ったからか!?」
「ギー!」
「おれが……おれが顔を土で汚していたから、仲間だと伝えるためにそうしているのか!?」
「ギー!」
ゴブリンは拳を高らかに上げ、うれしそうに笑った。
そしてワイバーンどもが一斉に「クエー!」と鳴いた。
その瞬間、おれは魂の鼓動を感じた。
言葉なんか通じねえ。
おれが言ったことを理解してるなんて思えねえ。
けど、わかる! おれたちは伝わっている! 通じ合っている!
「カレーノ! キレジィは言ってたな! 魔物にもこころがある! 魔物にも魂があると!」
「ええ!」
「その通りだった! こいつら、侵略の道具なんかじゃねえ! 熱っつい血が流れてやがる!」
「ええ!」
「おれにはわかる! こいつらのいのちが燃えている! 魂が燃え上がっている! おれたちは、ひとつになれる!」
「ええ!」
カレーノは泣いていた。
おれも泣いていた。
熱い熱い涙だった。
「行こう! きっと行ける! きっとたどり着ける! すべての元凶へ! すべてのはじまりへ!」




