63 挟撃死地
「うおおおおおっ!」
おれは疾っていた。
無限に押し寄せる魔物の波に突っ込み、片っ端から灰に変えていた。
オンジーがドラゴンを引っ張ってくれたおかげで混乱は収まり、陣は再び機能している。
だいぶやばかったが、前進する体勢は整った。
だからおれは行く。
本当ならオンジーを助けに行きてえところだが、いまはこうするしかねえ。
ただ正直、いつまでもドラゴンが向こうに行ってるとは思えねえ。
オンジーを追うよりこっちを攻めた方がいいと気づくだろうし、それにあんま考えたくねえが……そう長くはねえだろう。
スキルのトリガーは有限だ。
”歌う”という一見無限にやれそうな行為も、いつかはのどが潰れてダメになる。
それにいざとなりゃ向こうは雷だけじゃねえ。
あの頑丈な巨体を直接ぶつければ、それだけで馬もオンジーも押し潰せる。
せめて無事生きていてほしい! たとえ作戦に失敗してもなんとか逃げ切ってほしい!
「おらあーー! クソの補給だーー!」
おれは全速力で陣に戻った。とにかく戦わなきゃならなかった。
いずれあのドラゴンは戻ってくる。
いま軍師どもがドラゴンの撃退方法を考えてるらしいが、おれにゃあどうにもできねえという答えしか浮かばねえ。
だから前に進む。
ドラゴンの脅威が再臨する前に魔王にたどり着く。
それしかねえ。
「カレーノ! また漏らすぜ!」
「ええ! 急ぎましょう!」
おれはカレーノの前に立ち、すぐさまクソを漏らした。
そして次のクソを近くにいるヤツから吸収し、速攻で動こうとした。
すると、
「まて!」
突如おれを呼び止める声があった。
なんだってんだ、このクソ忙しいときに。サインならあとにしてくれ。
「なんだよ!」
おれは振り返り、そいつに言った。
「ベンデル! 話がある!」
「およ、女王さん?」
見ればそいつは女王さんだった。
馬に乗り、肩から銅鑼や旗をかけている。
むむ? そりゃ変だな。
指揮するなら常に動かせるように持っとくのに、そーゆー体勢じゃねえ。
それにずいぶんと顔が焦ってやがる。
いやな予感がするぜ!
「女王様! ここは危険よ!」
カレーノが槍を立て、叫ぶように言った。
「ここは最前線よ! 司令官が来ていい場所じゃないわ!」
「ああ、わかっている!」
「じゃあどうして!」
「危険は重々承知だが、それでもベンデルと直接話さねばならんのだ!」
「えっ!?」
おれと直接話さにゃならねえ? いったいなんの話があるってんだ!?
「ふたつ悪い知らせがある!」
悪い知らせ!? しかもふたつ!?
「まず、およそ五万人が死んだ!」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
おれとカレーノはほぼ同時に叫んだ。
五万だと!? もう五万人も死んじまっただと!?
「先の混乱が痛かった。ドラゴン自体の被害はそう多くなかったが、陣が乱れたときに魔物どもとの乱戦になって、一気にやられてしまった」
おい、あの混乱はたったの二、三十分くれえだったぞ!
それだけの時間でそんなにやられちまったってのかよ!
「騎兵隊の目視が間違っていなければ、これで二十万の兵のうち四分の一が倒れたことになる」
おれは血がサーッと冷たくなるのを感じた。
マジかよ……多少北上できたとはいえ、まだ魔王城は遠いぜ。
たぶん三、四時間はかかる。
「それともうひとつ。南から魔物の大群が来ている」
「はあ!?」
南から!?
南っつったら人間の領域じゃねえか! 逆じゃねえか!
「ちくしょう! 見てみる!」
おれはその場で垂直に跳び、後方を見渡した。
スキルのおかげで跳躍力も視力も抜群に上昇している。
で、その結果なんだが……
「げっ!」
思わず声が出ちまった。
すげえのなんの。数えきれねえほどの魔物がずらずら歩いて来やがる。
しかもなんだかおかしい。
「やべえなこりゃ!」
おれは着地すると同時に言った。
「バカみてえな数が来やがる!」
「だろう。十万は固いそうだ」
「それに、あいつらふつうじゃねえ!」
「なに?」
女王さんの眉が片方ぎゅっといぶかしんだ。
「ふつうじゃないとは?」
「顔が黒い!」
「顔が?」
おれは確認のためもういちどジャンプした。
そしてこんどはその点を注意してよーく観察した。
「やっぱりだ! 顔が黒やら茶色やらに染まってやがる!」
「どういうことだ?」
「どうもこうもねえよ! なんでか知らねえが、ぜんぶの魔物が顔の色が違えんだ!」
「ううむ……もしや特殊な個体の集まりかもしれん……」
女王さんはあごに手を置き、深刻そうにつぶやいた。
そうだよな。この状況でケツを掘られるだけでもやべえってのに、もしかしたらこれまで戦ったことのねえ強敵かもしれねえんだもんな。
だから、この言葉は当然かもしれねえ。
「やはり、撤退か……」
「撤退!? 作戦中止だってのか!?」
「ああ、撤退だ。このままでは全滅してしまう」
「ここまで来てやっぱやめってのか!?」
「やむを得んだろう……」
女王さんはギリッと奥歯を噛み、苦々しく言った。
「正直あの増援に来られたら勝ち目はない。兵の疲労は蓄積するばかりだし、またドラゴンに攻められればこんどこそ終わりだ。悪いことは言わん。撤退しよう」
「けど……それじゃあこれまでの戦いはなんだったんだよ! オンジーはいのちを捨てたんだぜ!?」
「……覚悟してたんだろう? 仕方のないことだ」
「けどよう! 五万も死んだんだぜ! 五万人もの仲間たちがおっ死んで、みすみす帰るなんてできるかよ!」
おれは感情的になって叫んだ。
叫ばずにいられなかった。
だってそうじゃねえか!
いまここで逃げたらオンジーもみんなも無駄死にだ!
けど、女王さんの一喝でおれは黙った。
「きさまを死なせるわけにはいかんのだ!」
「……!」
「このまま戦えば間違いなく負ける! 全滅する! だが、きさまさえ生きていればまたいくらでもチャンスが生まれる! なんどだって戦える! やり様がある!」
……そうだ。おれがここで死ねば人類は終わりだ。
百年生きる不死身の魔王はいつかかならず人類を滅ぼすだろう。
どんなに人類が逃げおおせても、永遠の寿命には勝てっこねえ。
となれば、唯一の弱点を失うわけにはいかねえ。
おれはどんなに悔しくても生きなきゃならねえ。
「ベンデル、時間がない。簡単に伝える。きさまは西南西に向けていまとおなじことをしろ。前後に魔物、東にはドラゴン、ならもう、西に逃げるしかない」
「………………わかった」
おれはうなずき、カレーノと目を合わせた。
カレーノも状況のやばさを実感してるらしく、深刻なツラでふたり、うん、とうなずいた。
「行くぞカレーノ! 西の退路へ!」
おれがそう叫んだ、そのときだった。
「なにバカなことほざいてやがるクソ漏らし!」
女王さんの背後からでけえ怒鳴り声が聞こえた。
「撤退だあ!? ざけんじゃねえ!」
「オーティ!」
それはオーティだった。
オーティは腕組みながらずかずか歩き、キレ気味に言った。
「前進だ! こうしてるあいだもケツに魔物が近づいているんだ! さっさと前に進め!」
「バカを言うな!」
その言葉に、女王さんが怒号を返した。
「このままでは壊滅必至だ! いますぐ撤退せんとベンデルを失うことになる!」
「それでも行くしかねえだろ!」
「なにを言っている! ベンデルがいれば次の作戦が立てられる! ベンデルがいればまた次戦える! 悔しいがいまは——」
「次はねえ!」
オーティは獣も怯むような声で言い切った。
その迫力に圧倒されておれたちはしんと黙り、次の言葉を聞いた。
「いいか、いまここには人類の全戦力が集まってんだ! いま南に残ってんのは、女、子供、老人、それと人類の命運を賭ける戦いに来なかった玉なしやろうどもだ! そんなヤツらに次の戦いがあるか! これがおれたちの、最後の戦いなんだよ!」
「だが、状況が……」
「ああ、絶体絶命だ! だが次回はもっと悪くなる! 戦力を失った人類は数を減らし、魔物は増え続ける! 長引けば長引くほど不利になる! 違えか!?」
「……」
女王さんは押し黙った。
なるほど、その通りだ。これが最後の戦いだ。
ここで引いたら、もうお終いなんだ。
「わかったらさっさと行け! 前進だ! ケツを掘られる前に魔王をぶち殺すぞ!」
「……女王さん!」
おれは女王さんに答えを求めた。
行くしかねえと思ったが、全隊を指揮するこいつが納得しねえと行動には移せねえ。
女王さんはぎゅっと目をつぶり、数秒考えていた。
そして、カッと見開き、
「行け! なんとしてでも魔王を倒せ!」
「おうよ! 行ってくるぜカレーノ!」
「……ええ!」
「うおおおおおーー!」
おれは攻撃を再開した。
全力で駆けた。
これが吉と出るか凶と出るかはわからねえ。
だが! おれはやる! 魔王までたどり着く!
そしてぜってえに人類を救うんだ!




