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61 晴天雷鳴

「よーし、この調子だぜ!」


 おれは絶好調だった。

 カレーノにクソ漏らしを見られる羞恥心はとんでもないパワーを生み出し、想像以上の結果を出していた。


 本隊の動きも悪くねえ。

 無限に繰り出される魔物の攻撃をしっかり受け止め、着実に前進している。

 スキル持ちがうまいことやってるのと、戦闘面の兵士をうまく後衛と入れ替え、体力配分を守っているおかげだろう。


「さ、カレーノ! またクソを漏らすぜ!」


「ええ! いやだけど見せて!」


 おれはパンツの中身が少なくなったのを感じ、カレーノの前まで戻った。

 そして、再び恥ずかしいところを見せようとした。


 そんなときだった。


 ——ごおおおお。


「なんだ?」


 どこからか地鳴りのような音が聞こえた。


 ——ごおおおお。


「なにかしら?」


 おれたちは辺りを見回した。

 なにか聞こえる。

 大量の魔物が常に足音を鳴らしているが、それとは別に響くような音がする。


「これ……鳴き声じゃない?」


「……言われてみりゃあ」


 たしかに鳴き声っぽかった。

 なにか大型の獣が鳴くような、腹に響く音だった。


 でもどこから? いったいなんの?


 と、おれたちが顔を見合わせたときだった。


 ——ドカアッ!


 突如、本隊のど真ん中に雷が落ちた。


「おわっ!」


「きゃっ!」


 おれたちはわけもわからず驚いた。

 だって、驚きじゃねえか。

 こんな晴れた空で、どうして雷が落ちるってんだ。


 被害にあった辺りを見ると、どうやら二、三人食らったらしい。

 そしていまので全軍が混乱し、半ばパニック状態となっている。


「いったいなにが……!」


 おれは空を見上げた。

 カレーノもそうした。


 そしておれたちは息をのむような声を漏らした。


「あ、あいつは……!」


「……ドラゴン!」


 それは、はるか頭上を舞っていた。

 遠すぎるせいで小さく見える。

 太陽を背にしているせいで、その姿はシルエットに近い。


 だが、見間違いようがねえ。

 あいつだ。

 あの日魔王とともにオーンスイに現れ、街をメチャクチャにした巨大なドラゴンだ。


 取り逃した二匹、そのうちの一匹がそこにいる!

 黄色いボディを影に染め、おれたちの頭上で弧を描いて飛んでやがる!


「ごおおおおおっ!」


 またドカンと雷が落ちた。

 ヤツの口から稲妻が吐かれた。


「わあああ!」


「ひいいい!」


 そこらじゅうから叫び声が聞こえた。

 どうやらみんなもヤツの姿を認めたらしい。


 激しい混乱が襲った。

 なんせ一方的に頭上から雷を落とされるんだ。

 狙われたら逃れようがねえ。


 だから慌てる。

 だから気がおかしくなる。


 隊の内側から矢が放たれた。

 空に向かって何本も、いたるところから射出された。


 が、届かない。

 ドラゴンはかなり高いところにいる。

 しかもこの攻撃は最悪だ。


「やめろーーッ! 味方に当たるーーッ!」


 女王さんのバカでかい声が響いた。

 そうだ、こんなことをすれば同士討ちになる。

 そして実際あちこちでそうなった。


「やめろバカどもーーッ!」


 その命令が行き届くまで数分かかった。

 その(かん)あちこちで矢が降り注ぎ、被害は続出、陣はぐしゃぐしゃにばらけてしまった。


 そして雷は続く。


「まずいわ! このままじゃ全滅しちゃう!」


「くそっ! あいつを止めねえと!」


 おれは「おおお!」と叫び、クソを漏らした。

 そしてドラゴンがちょうど真上を飛んでいるタイミングを狙い、


「やめろクソッタレエエエエーーッ!」


 大ジャンプをかました。

 スキルで強化された肉体で大空へと跳んだ。


 しかし!


「と、届かねえ!」


 おれはいままでよりも高く跳んでいた。

 前に跳ねたときは建物換算で五階建てってところだったが、今回はそれよりも数段バネが効いた。


 しかし届かなかった。

 ヤツはさらに上空におり、しかもご丁寧に進路を変えて見せた。


「ちくしょう!」


 おれは地面に降り立ち、再び跳んだ。

 しかし高さは変わらず、たとえ届いたとしても避けられちまうから当てようがねえ。


 やべえ! どーする!


 ヤツは次々と雷を落とした。

 被害は確実に広がっていく。

 しかも混乱が混乱を呼び、地上の戦闘も崩れていく。


 何人かのスキル持ちが、火やら稲妻やらをヤツに向けた。


 それがいけなかった。


 ヤツは遠距離攻撃を軽々と避け、しかもスキル持ちを狙って雷を落とした。


 ちくしょう、なんてこった!

 ただでさえ一方的に攻撃されてやべえってのに、有力なスキル持ちまで潰されちまう!


 ……いったいどうすれば!


「ベンデル! おれに考えがある!」


「オンジー!」


 おれはオンジーの声に振り向いた。

 そこには馬に乗ったオンジーが顔いっぱいに汗をかいて(たたず)んでいた。


「いったいどうするつもりだ!」


「ヤツを引きつけるんだ!」


「引きつける!?」


「ヤツはスキル持ちを狙っている! だからおれが(おとり)になって戦場から引き離す!」


「引き離すって……無理だろ! ヤツは空を飛んでるし、雷は一瞬だから避けらんねえぜ!」


「いや、避けられる!」


 避けられる!? んなバカな!


「おれは冷静にヤツを観察した! ヤツは雷を吐く直前、鳴き声を上げ、鼻先で狙いを定める! そこでおれのスキル”音痴衝撃波(デザスター・ソング)”をぶつければ攻撃を()らせる!」


「そんなん……ホントかよ!」


「まあ見てろ!」


 そう言ってオンジーは空を見上げた。

 ドラゴンは相変わらずグルグル飛び回っている。


 その巨体が鳴いた。


「ごおおおお!」


 そして、口をパカッと開いた。


「いまだ!」


 ♪——や〜〜らせないぜぇ〜〜!


 クソみてえな声が響き、空気が歪んだ。

 直後、ドラゴンのツラが殴られたように弾み、雷が中空を飛んでいった。


「どーだ! この通りだ!」


「すごいわ、オンジー!」


 カレーノがぴょんぴょん跳ねた。

 おれも「やるじゃねえか!」と拳を振った。


 しかし、ヤツを倒せたわけじゃねえ。


 ドラゴンの顔がこっちを向いた。

 あきらかにオンジーを意識している。


「やべえ! おめえ狙われるぜ!」


「おう! なんとか逃げるさ!」


「けど……マジで大丈夫か!?」


 おれは不安だった。

 だって、いくら防御ができても撃退できるわけじゃねえ。

 それにこんなことがなんども成功するとは思えねえし、たぶん馬より翼の方がだんぜん速い。


「無理よ! 逃げ切れっこない! 死んじゃうわ!」


 カレーノが叫ぶように言った。それに対し、


「ああ、死ぬのさ!」


 オンジーは笑顔で応えた。

 おれとカレーノは、えっ、と声を漏らし、やろうの汗まみれの顔をじっと見つめた。


「そう、死ぬんだ。きっとおれは死ぬ」


「なに言ってるのよ!」


 カレーノはヒステリックに言った。

 涙声だった。


 オンジーは落ち着いた声で、


「前に言ったじゃないか。おれたちはベンデルの盾だと」


 ……こ、こいつ!


「このままじゃナーガス軍は全滅する。あのバケモノがいる限りどうやっても勝ち目はない。だからおれが引きつける。東にずっと進めば森があるから、そこまで連れて行って、なんとか隠れんぼに持ち込むつもりだ」


「でも倒せないわ……」


「ああ、倒せない。いずれおれは殺される。でももしベンデルが魔王城に行くまで時間を稼げればおれの勝ちだ。そうだろう?」


 そう言ってオンジーはニカッと笑った。

 おれたちは声を失っていた。


 おれはなんとなくオーンスイの勇者は死なねえと思っていた。

 とくに理由はねえ。

 これまでも奇跡的に全員無事でいたし、今回も見たところ負傷者はいねえ。

 そんなんだから、みんなで生きて魔王を倒して帰れる——そう漠然と感じていた。


 でもオンジーは死ぬつもりだ。

 死へのルートをいまさっき放っちまった。

 どうあってもドラゴンはこいつを狙う。


「そんな……いや……」


 カレーノは涙ぐんだ。

 けどオンジーはあくまで笑顔で、


「カレーノ、ベンデル……君たちの結婚式が見れなくて残念だよ」


 こんなときなに言ってやがる……おめえ、死ぬのに……!


「人生の先輩から君たちに最後のアドバイスだ」


 オンジーは人差し指を振り、


「もし男子が生まれてもオンジーとは名づけるな。なぜなら……」


 上空からごおおと鳴き声が聞こえた。


 オンジーが上を向いた。


 そして、


 ♪——こ〜〜んな音痴に育つからさ〜〜!


 衝撃波でドラゴンの雷がまた逸れた。

 それを合図に、


「じゃあな! 魔王を頼んだぞ!」


 オンジーは馬に鞭打ち、駆けていった。


「オンジーーーー! 生きろーーーー!」


 おれはその背中に叫びをぶつけた。

 届いたのか、届いていないのか、ヤツの最後の姿は草原の彼方へと消えていった。

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