6 便意なき戦い
小部屋を出るとそこにはカレーノが待っていた。
彼女はわくわくしながら、
「どうだった?」
と訊いてきたが、おれは「なにもなかった」と答えた。
言えるわけねえじゃん。まさかクソを漏らすと無敵になる能力があるなんてよ。
レディーの前だぜ? おれはこう見えて気を遣う方なんだ。
「そう、残念だったわね」
ああ残念だったさ。これならむしろただの人間であってほしかったね。
でもまあ、”うんこ吸収”をコントロールできるようになったのは大きかった。
これでもう漏らさねえ。やっとまともな生活が送れるってわけだ。
そいで早速おれたちはギルドに向かい、受付のお姉ちゃんから仕事をもらった。
なんでも近くの森にゴブリンの巣ができつつあるから駆除してほしいんだと。
お安い御用さ。おれはクソさえ漏らさなきゃやれる男だし、相方にソロで活動するスキル持ちがいるんだからよ。余裕にもほどがあるぜ。
ま、本当は別の仕事になりそうだったのを無理やりぶん取ったんだけどよ。
あの女、ベンデルさんがいるんじゃ薬草採取なんてどうですかなんて言いやがって。
んなしみったれた仕事できるかよ。
どういうことだって問い詰めたら、やろう、
「それならいつでも草陰にしゃがめるし、葉っぱで拭けるから……」
だとよ。ふざけやがって。
おれをなんだと思ってやがる。思わずでかい声出しちまったぜ。
したら慌ててこれでどうですかってゴブリン退治を持ち出しやがった。
最初からそっちを出せっつーの。手間かけさせやがって。
つーわけでおれたちは得物片手に森へと向かった。
足取りはすげえ軽かった。
ルンルンだぜ。なんせクソを漏らさずに戦闘ができるんだからな。
なんならもっと歯ごたえのある仕事がよかったぜ。
ゴブリンってのは大して強くねえ。
人間みてえに道具が使えるし、集団での作戦行動もできるが、それほど腕力があるわけでもねえし、戦闘技術も素人並だ。
ほかの戦闘種族や猛獣と組めばけっこう苦戦するんだが、今回は巣を攻めるわけだからそれもねえ。
強いて言うなら問題は数だ。
繁殖力が高く、成長速度が早えから、ぽんぽこ増えて、巣を作って数ヶ月で軍団ができちまうそう。
脅威になるほど数が揃ってるかどうか、心配はそれくれえだな。
……いや、心配なんかねえ。
いてくれて構わねえや。
なんせおれが本気で戦えるんだからよお。
おれはメチャクチャわくわくしていた。
鼻歌混じりにスキップし、なんなら歌のひとつも歌いたいくらいだった。
そこに、
「ねえ、ああいうのはよくないわ」
カレーノが眉をひそめて言った。
「女の子にあんな乱暴な言葉遣いして、ほめられたことじゃないわ」
ああ? 別にだれもほめられようだなんて思ってねえよ。
「それにテーブルを叩いたり壁にドスンとぶつかったり、あれじゃ脅しよ。たしかに薬草採取なんて下っ端仕事、気に入らないのはわかるけど、もう少し女の子にやさしくできないの?」
「やさしいぜ。殴らなかった」
「そんなのあたりまえじゃない!」
お、なんだ? そんなに怒っておれの前を塞ぐように立ち止まったりして。
あれか? いわゆるヒステリーってヤツか?
「言っておくけどね、わたしがあいだに入らなかったらきっと追い出されてたわよ!」
「そうなの? 仕事はいつもオーティが受けてたからなあ。でも別におれはふつうにしてただけだぜ」
「そうね、男はだいたいそうよね。みんな乱暴で下品で、あれがふつうなんでしょうね。でもわたしと組んでるあいだはあーゆうのやめてちょうだい!」
なんだよ、めんどくせえ。
「わかった!? 言いたくないけどわたし、あなたにすごい大金使ったのよ! それくらい約束してちょうだい! じゃなきゃここで解散するわ!」
「……わかったよ。メイドみてえにご丁寧にすりゃいいんだろ。わかりましたお嬢様、これでよろしいでしょうか」
おれは耳クソをほじりながら答えた。
金のことを言われると言い返せねえ。
つったってこいつが勝手に押しつけたんだぜ。おれはいいっつったのによお。
まあ、おかげでクソ漏らしが治ったからあんまり文句言えねえけどよ。
「もう、男ってみんなそうよね! だからわたし結婚しないのよ!」
そう言ってカレーノはケツをプリプリ振りながら前を歩き出した。
あーそうかい。おれもあんたみてえのは願い下げだ。みんなもそうだと思うぜ。
けっ、最初はきれいなひとと組めると思ってドキドキしたし、もしかして仲よくなってお付き合いしちゃったり? なーんてちらっと妄想したけどよ。
乱暴な男がきらい? これがふつうだぜ。
魔物がはびこるこのご時世に「おこんにちわ〜、お元気ですか〜」みてえな男が生きていけるわけねえだろ。
そんなヤツはカマホモだ。おれは男だぜ。男ってのはペコペコせず、堂々と上向いて歩くもんだぜ。
せいぜいお人形相手に恋人ごっこでもしてろ。
それからおれたちはちょっぴり険悪になった。
悪いのは当然向こうだ。女の甘ったれた考えを押しつけるのが間違ってる。
ただ……こいつのおかげでクソ漏らしが治ったのも事実なんだよなぁ。
なにせ森に着くまでいちども便意が来ねえ。
オーティたちといたころなら三回は茂みに飛び込んでるってのによ。
う〜ん、バツが悪いなあ……
不本意だが、おれは根性据えて言った。
「なあ、カレーノ」
「なに?」
わあ、冷てえ目。眉毛がビーンと吊り上がってやがる。
でも感謝したら言わなきゃ気が済まねえからなあ。
「悪かったよ。おれが悪かった。あんたが助けてくれなかったらおれは参っちまってた。すまねえ」
おれはおとなし〜く頭を下げた。
精一杯のご丁寧だ。
女はご丁寧が好きなんだろ?
そしてどうやらそうらしい。
カレーノはふぅ、とため息を吐くように穏やかな顔をして、
「わかってくれればいいのよ」
と微笑んだ。
わあ、女って簡単だな。怒らせたらとりあえずご丁寧にしとこう。
おれは学習能力があるなあ。