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57 クソ集め大作戦

 ナーガスを発って四日目。

 おれは女王さんの指揮の元、オート・スキル”うんこ吸収チャージ・ザ・ダークネス”の実験を行なっていた。


「どうだ、吸収できるか?」


「いや、この距離だと無理だ」


 便意のある兵士を遠く立たせ、そいつに意識を向けてゆっくり近づいていく。

 そんでどの地点でクソが吸収できるかを確かめる。


 なにがしてえかっつーと、要はスキルの効果範囲が知りてえわけだ。


 いま距離はおよそ三十メートル。

 そこからゆっくり、ゆっくり、クソを寄越せと念じながら足を踏み出す。


「おっ!」


 来た! 腹にズシンときた!

 兵士もハッとしたツラしてっから、間違いなくあいつのクソがおれに入ってきた!


「女王さん! ここだぜ!」


「ほう、この距離か」


 別の兵士が走り寄り、メジャーがねえから代わりに長さのわかる剣を使って距離を測った。

 そんでだいたい二十メーターちょいがスキルの効果範囲だと判明した。


「ふうむ、思ったより短いな」


 女王さんは不満げに腕を組んだ。

 おれはそこに歩み寄り、


「二十メーターもあるんだぜ? 十分じゃねえか?」


「いや、わたしの作戦では少々短い」


「ほお? どんな作戦なんだ?」


「まず魔王と戦うには、大量の魔物を倒さねばならん。おそらく魔王城の前は無限に近い数の魔物が道を塞いでいるはずだ」


「そりゃどーして?」


「どうしてって、魔王を守るために決まっているだろう。大陸の五分の四は魔の領域なんだ。数ならいくらでも集められる。人類がとうとう魔王を倒す手立てを手に入れたとなれば、全力で防ぎにくるだろう」


「なるほど」


「まあ、向こうが危機を感じて後退することもないとは言い切れんが、まずそうはならん。百年間でひとりしか脅威が現れなかったんだ。わたしなら無理をしてでもそのひとりを殺す。向こうもきさまを見失うことを恐れているはずだ。なら、お互い逃げ道はない。ここで人魔(じんま)の決着が着く」


「決着か……」


 おれはごくりとツバを飲んだ。

 すげえ重い言葉だなぁ。

 百年続いた魔王との戦いがもうすぐ終わると思うとなんか緊張するぜ。


「そこで重要になるのが、進撃方法だ」


「進撃方法?」


「敵は無限。こちらは有限。いかに被害を少なくしてきさまを魔王に到達させるかが鍵になる。そこで、きさまのスキルだ」


「ほう?」


「きさまは”無敵うんこ漏らし(ビクトリー・バースト)”を発動させれば無傷で敵を一網打尽にできる。そして”うんこ吸収チャージ・ザ・ダークネス”を使えばなんどでもクソを漏らせる。なら先駆けを頼みたい」


「一番槍ってことか?」


「いや、それもそうだが、そのままずっと前を攻め続けてほしいんだ。無敵になって大きく蛇行しながら、最強の盾として、(ほこ)として、正面の魔物を攻撃してほしい」


「平たく言やァ、ゴミ掃除のモップになれってことか」


「そういうことだ」


 はー、なるほど。その作戦なら進軍できる。

 ふつう不利な数とぶつかれば、停滞するか、後退するかだが、おれが前を削れば理論上は前進可能だし、生身の兵士も四方のうち一方を気にせず戦える。


「しかしそのためにはきさまがクソを吸収し続けねばならん。だから吸収能力に距離がほしかったのだ」


 なーるほどね。二十メーターじゃちと短えや。

 スキルも少しすりゃ切れちまうから、あんまり前に出れねえ。

 使って戻って、使って戻って、の繰り返しになる。


「まあ、ないよりは断然マシだがな」


 そりゃそうだ。


「とにかくこの距離感を覚えておけ。いざというときクソが漏らせんとなれば、その瞬間終わりだぞ」


「へえ、わかりやした」


 ひー、責任重大だなあ。おれの動きひとつで未来が決まるってか。

 しくじったらやべえなあ。そんときゃ恨まねえでくれよ。


「まあ、作戦など練ったところで本番でうまく動けるとは限らん。あまり前に出過ぎず、いつでも吸収できる状態を意識しろ」


「へえ、安全第一で」


「そうだ、絶対に死ぬな」


「おれが死んだら人類は終わりだもんな」


「バカ、そういうことじゃない」


 へ? そーゆー話じゃないの? じゃあどーゆー話?


「あのなぁ……」


 女王さんは口をもごもごさせ、睨む目つきを右に左に動かした。

 ほほが少し赤い。

 おれがなにかと思って黙っていると、女王さんは思い切ったように早口で言った。


「わかるだろう。死んでほしくないんだ」


「ほよ?」


「人類だのなんだのと関係なく、きさまに生きていてほしいと言ってるんだ!」


「あっ!」


 おれは女王さんの言いたいことがわかった。

 あーららら、なるほど、なるほどねえ〜。

 おれみてえなクソ漏らしを、こんな美女がねえ〜。


「にやけてるんじゃない、バカ!」


「す、すんません!」


 はえ〜、なんだか女王さんが少女に見えてきたぜ。

 殺気丸出しの目つきだが、中身は真反対じゃねえか。

 お顔も真っ赤だし。

 十歳くれえ年上だが、こりゃあ乙女だねえ。


「わかったらさっさと行け! わたしは忙しいんだ!」


 へいへい、わかりやした。

 素直じゃないねー、この子は。

 昨日はキッスまでくれちまったってのによお。


 おれはルンルンスキップで野グソに向かった。

 さっき吸収したクソが腹ン中でうなってやがった。

 でも苦しくなんかないね! 鼻歌混じりで放り出してやったぜ! イエーイ!


 ……でもスッキリしたら冷静になったのか、なんとも複雑な気持ちになっちまった。

 たしかに女王さんは魅力的だし、そりゃあいいと思う。

 けど、おれが本当に好きなのは違うんだ。

 おれが本当に好きになってほしい相手は違うんだ……


 ……贅沢な悩みかねえ。贅沢だよなあ。


 わかっちゃいる。わかっちゃいるんだが……はあ〜あ。

 おれはてめえのこころに嘘をつけるほど器用じゃねえからなあ。


 おれはオーンスイ勇者の集まりに向かった。

 スキルの実験ということで長めの休憩が取られている。


 みんなは保存食を食っていた。

 明日の戦闘でおれがクソを吸収できるよう、しっかりチャージしてるってわけだ。


 どんな理由だろうとメシが食えるのはうれしい。

 だれもがうまそうに干し肉やビスケットをかじっている。


 そんな中、ひとりだけひどくつまらなそうにしてるヤツがいた。


 カレーノだ。


「どうだい、調子は」


 おれはそれとなく歩み寄り、言った。カレーノは首を振り、


「味がしないわ」


 と、塩の効いた干し肉を義務的に口にしていた。


「明日はとうとう到着だな」


 おれは少しあいだを開けて隣に座った。

 カレーノがわずかに身を遠ざけた気がするが、なるべく気にしないようにした。


「戦闘が少なくてよかったぜ」


「そうね……」


 これまでの道中、魔物はあまり出なかった。

 おそらく魔王城に集まっているんだろう。

 北に向かう魔物の群れがいくつも確認されている。


「それにしてもクロはどこ行ったんだろうなあ」


 おれは遠い空に視線を向けながら言った。

 キレジィの愛犬、ブラック・ドッグのクロは、あの晩以来姿が見えなかった。


「……敵になってなけりゃいいけどなあ」


「……そうね」


 カレーノは無愛想だった。

 こいつはこんなに暗いヤツじゃない。

 もっと活発で、はきはきして、すぐにヒステリー起こす暴力女だ。


 それが、こんなになっちまってる。


「明日は下がってな」


 おれは笑顔を崩さないよう、しかしうつむきがちに言った。


「スキルも使えねえし、無理するこたァねえ。なんなら馬車にこもって隠れてりゃいい。その様子じゃ、戦えるわけがねえ」


「………………そうね」


 おれはため息が出そうなのを押し殺した。

 どんな美女に好かれようが、こいつが笑顔じゃなきゃうれしくねえ。

 こいつに笑ってほしい。

 こいつに笑いかけてほしい。

 そして、できることなら……また、手を握ってほしい。


「それじゃ、そろそろ馬車に戻るぜ。そのうち休憩も終わるだろうしよ」


 と、おれは立ち上がり、言った。

 カレーノはおれの方なんか見向きもせず、


「……そうね」


 とだけ応えた。


 おれは、てめえの眉毛がしんなりするのを感じた。

 周りに大勢ひとがいるのに、ひとりきりになってしまったような寂しさを覚えた。

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