5 ろくでもない力
おれは頭がどうにかなりそうだった。
だって、おれのトリガー・スキルはクソ漏らしだってんだ。
魔王を倒す光だぜ!? 最強のスキルだぜ!?
「ふざけんな! どーゆうことだそれ!」
叫んださ。叫びたくもなるよ。
でもこのクソ女、表情ひとつ変えやしねえ。
「先ほど言った通り、あなたはうんこを漏らすと無敵になります。どんな攻撃も受けつけず、あらゆるものを触れただけで死に至らしめます」
「そうじゃなくて、うんこ漏らしってとこだよ! なんだそれ! ほかになかったのかよ!」
「これはわたしが決めているのではありません。あなたの魂が造り出したのです」
「んなぁ!?」
お、おれの魂が造り出した!?
うんこ漏らしを!?
「トリガー・スキルは反骨の精神が生み出す力です。そのひとにとって耐え難い苦痛がトリガーとなるのです。あなたはうんこを漏らすことで長年苦しみ、それがトリガーとなったのでしょう」
そ、そんなバカな!
「そういうものなのです。たとえば外で待っているカレーノ・クワレヘンネンは辛いものが苦手なのに、幼少のころから母、アメーノ・クワレヘンネンの激辛料理を食べさせられ続けることで、それがトラウマになり、辛いものを食べると炎を吐くスキル”激辛の炎”が生まれました。もっとも、彼女は教会に来る前からスキルが発動していたようですが」
え、女神に会わなくても発動するの? ずるいよ〜。
「主神のおもむきか、それとも人間の神秘かわかりませんが、幼子の場合は勝手にそうなるようです。あなたもそうなのですよ」
「え? 嘘だよ。おれいままでクソ漏らしてもなんもなかったぜ」
「いいえ、あなたにはトリガーを必要としないオート・スキルが働いています」
「オート・スキル?」
「それは、他人のうんこを吸収するスキル、”うんこ吸収”です」
「ち、うんこ吸収”!?」
なんだそれ!
ていうかさっきからうんこばっかりだな!
「あなたには妹がいましたね」
「……」
……このクソアマ、突然なに言いやがる。
「妹は原因不明の病で体に力が入らなくなり、そのまま亡くなってしまいましたね」
………………なんで知ってんだよ。
「あなたは寝たきりの妹が排泄できなくて苦しんでいるのを見るのがなによりも哀しかったですね」
……うるせえよ。だからなんだよ。
「代わりに排便してやれたら——そう思っていましたね」
……思ったさ。
ろくにクソも出せなくなって、腹が膨れて苦しい苦しいって泣くのがつらくて、おれまでわあわあ泣いていた。
おかげで母さんの看病疲れも二倍だったろうよ。
「それが、あなたの苦しみです」
「……おれじゃねえだろ」
「いいえ、あなたはこころからひとの苦しみを救ってあげたいと思えるやさしい人間です。だから、守るべき妹の苦しみが、自分が苦しむよりもつらかったのでしょう」
「……」
「だからあなたはうんこを吸収するスキルを得たのです」
いや、待てよ! 真面目な会話でうんこを出すのやめようぜ!
いまけっこうシリアスだったぞ!
「これは大事な話なのですよ。なにせこれこそが魔王を倒す奇跡の組み合わせなのですから」
「な……イカレてんのかよこいつ」
「よく聞いてください。人類の命運を分ける大事な話です。あなたのトリガー・スキル”無敵うんこ漏らし”はせいぜい十分程度しか持続しません」
「なんで?」
「スキルはトリガーが切れると終わるのです。あなたが無敵になれるのは、パンツの中にうんこが残っているあいだだけ。そのうんこはエネルギーとして消費され、蒸発していきます」
うっ、臭え話だ!
「しかしあなたには”うんこ吸収”があります。あなたは周りの人間からうんこを吸収することができます。そう、たとえ自身のうんこをすべて漏らしても、周りの人間のうんこをもらって漏らすことができるのです」
汚ったねえ! 美人でも許される会話じゃねえぞ!
他人のクソをもらってパンツの中にひり出すだって?
ば、ば、ば、バッカじゃねえの!?
……ん? ちと待て。
「おい、クソ女! 他人のクソを吸収するって言ったな!」
「はい」
「自分のをぜんぶ出してもどんどん出せるって言ってたな!」
「言いました」
「そ、それじゃあもしかして……おれがいつも戦闘中にクソを漏らすのってまさか……」
「はい、その通りです。あなたは仲間のうんこを吸収し、漏らしていたのです」
ぐ、ぐおおおおおおおーー!
ふざけんな!
じゃあおれがあんなみじめな毎日を過ごしてたのはオート・スキルのせいだってのか! ちくしょう!
「ですがおかげで”無敵うんこ漏らし”に目覚めました」
「いらねえよバカ!」
「いりません?」
「だれが使うかそんなふざけたもん! あとオート・スキルも消せ!」
「消せません」
「なんだと!?」
「目覚めた力は消すことはできません」
おいおいおいおいよお〜!
じゃあおれは今後一生クソ漏らしに苦しむってのか!?
「ご安心ください。先ほどの覚醒でスキルをコントロールできるようになりました」
「え?」
「これまでは無自覚に発動していましたが、いまのあなたは吸収しようと思わない限り他人のうんこを奪いません」
「あっ、そうなの? じゃあおれはもうクソ漏らさねえってこと?」
「その通りです」
「ははあ、さすがは女神様。なんとすばらしいことでしょうか」
おれは深々と頭を下げた。
いやあ、女神様ってすげえなあ。おれは他人を尊敬なんてしたことねえが、このお方だけは別だぜ。
もし自分の家を持ってたら、祭壇を作って毎日拝んでるとこだよ。
ありがたやありがたや。
「ところで、スキルを使わないとおっしゃってましたが……」
「ん? まあ……そりゃ二度とクソなんて漏らしたくねえからな」
「あなたのスキルなら魔王を倒すことができます。できればそうしてもらいたいのですが……」
「そりゃおれもそうしてえけどよ。なんだい、あんた神様なのに人間を贔屓すんのか。魔王に恨みでもあんのかい」
「いえ、人間がいなくなると別の生き物の担当に回されてしまうので」
「ほー?」
「わたしたち女神はそれぞれの生き物を見守る役目を持ち、その姿となって彼らの神になるのです。人間が滅びれば、いま守り神のいない別の生き物を任されるのです」
ふーん、よくわかんねえけど大変なんだな。
「ちなみに次はなんの担当になるの?」
「………………セミ」
「……セミ?」
それまで表情を変えなかった女神が悲しげに笑った。
そして次の瞬間にはふっと消え、部屋はカンテラの明かりだけになった。
おれはスッと立ち上がり、だれに言うでもなく言った。
「………………そりゃ退屈そうだな」