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49 巨大戦艦

「うおおー! でっけえーー!」


 おれとオンジーは、平原を走る巨大な戦艦を見上げていた。


「すげえな、オンジー!」


「これが……ノグンの最新兵器か」


 女王さんが使者と会見し、十万の兵が続々ナーガス周辺に集まる中、ひとつ離れたところにそれはあった。


 城の半分はありそうな高さに、家が十軒は並べられそうな全長。

 そんな巨大な戦艦が、ごうんごうんと音を立ててゆっくり走っている。


「いったいどういう原理なんだ?」


 船は帆を張っているわけでもねえのに前進していた。

 船底(せんてい)の凸の部分は平たく切られ、左右になにやら連続した板を巻いたタイヤの連なりがある。

 このタイヤが回って走っているんだろうが、その回す方法がわからねえ。

 タイヤってのは引っ張るヤツがいてはじめて動くのに、それがてめえで動いてんだ。

 こりゃまさか魔法ってヤツか?



「ガハハハ! 蒸気だよ!」


「蒸気?」


 おれとオンジーは同時に振り返った。

 そこには大柄な中年男が、腕を組み、ツバを飛ばすいきおいで笑っていた。


「見ろ、上から黒煙が出ているだろう。中で石炭を燃やし、その煙でタイヤを回しているんだ」


 男は船の甲板から生える太い煙突を指差し、言った。

 口の周りに固そうなヒゲがざくざくと生え乱れており、しゃべるたびにバリバリ音が鳴りそうだった。


「あんただれだ?」


「おれはノグン兵器長、ヌイ・セマカだ」


 ノグン兵器長? じゃ、こいつこの船に詳しいのか。


「すげえ船だな。どうして陸地を走れるんだ?」


「だからさっき言っただろうに。蒸気だ、蒸気」


 蒸気? 蒸気ってあれだろ? 風呂入ってるとポカポカして出てくる白い煙だろ?

 んなもんでどーやってタイヤが動くってんだ。


「こんな巨大なものを蒸気で……」


 オンジーは、はあ……とため息を漏らし、腕を組んだ。こいつには理屈が想像できるらしい。

 ま、実際にでけえのが動いてるわけだから、理屈もクソもねえんだけどよ。


 それより、おれが気になるのはこっちだ。


「なあ、なんでわざわざ船を地上で走らせてんだ?」


 と、なんの気なしに訊いてみた。すると、


「よくぞ訊いてくれた!」


 ヌイはおれの両肩をがっしりつかみ、臭え口臭をぶちまけながらベラベラとしゃべった。


「ノグンは海の男の国だ! 魔王登場前はその圧倒的海戦力によって隣国を支配し、あらゆる戦艦、あらゆる海賊を葬ってきた無敵の海軍だ! 船こそ我らが誇り! 船こそ我らが魂なのだ! だから我々はこの最強の戦艦”サウンド・プリンセス号”を陸上用に改造し、世界最強はノグンだと教えに来たのだ!」


「はあ……そんなにすげえのか、この船」


「すごいなんてもんじゃない! まず側面を見よ! ところどころ四角い窓のようなものが見えるだろう! あそこには砲が艦載されておる! 口径三〇〇ミリの長距離砲が上下合わせて四十門! 左右合わせて八十門! さらに甲板には角度自在の曲射砲も備え、正面には二対の超長距離砲がある! 船体は硬いアカシア製で、表面に防火材が染み込んでおるから滅多なことではやられん! 攻撃も最強! 防御も最強! 操る男も最強! そして、美しさも世界最強なのだ!」


「美しさも世界最強?」


 やっぱこいつ、おかしいんじゃねえか? たしかにかっこいいとは思うけど、別に美しくはねえよ。

 世の中には馬車や建物に特別な美意識を抱く男もいるが、おれにはそーゆー感覚はねえし、この船は別段ふつうの見た目だしよ。

「おぬし! どこが美しいのだとバカにしているな!」


「よくわかったな。その通りだよ」


「わからせてやる! 来い!」


 口ヒゲ男はおれたちのそでを引っ張り、戦艦の正面に立った。


「どうだ! これほど美しい船首像を見たことがあるか!」


「おお……」


 おれはそいつを見せられ、納得するしかなかった。


 船首には巨大な女神の上半身があった。

 半透明の、おそらく宝石で作られたそれは、青空と太陽の輝きをその身にくぐらせ、細かく彫ったデザインがくっきりと、しかし水を通すようにクリアに映り、思わず声が漏れるほど美しかった。


「どうだ! 美しさも最強だろう!」


「ああ、こんなにきれいなもん見たことねえ。いったいなにでできてんだ?」


「ガハハハ! クリスタルだ!」


 へえ〜、クリスタルかあ。……クリスタルってなんだ?


「こんなに大きなクリスタルが採れるのか」


 とオンジーは感心していた。どうやらでかいクリスタルは貴重らしい。


「ガーハハハハハ! ノグンは資源も豊富なのだ! 火薬もあるし、鉱石もあるし、魚もうまい! 是非とも戦いが終わったらおぬしらにも観光に来てほしいものだ!」


「魚がうまい!? じゃあそれに合う酒もあるのか!?」


「もちろんだとも! 昼は大砲ぶっ放して、夜は酒と魚! それがノグンだ!」


 すばらしい! おれァ一発でノグンが好きになったぜ!


「ぜってー遊びに行くよ! だからおっさんも死ぬなよ! 案内してもらわにゃなんねえからな!」


「おれが死ぬ!?」


 ヌイのおっさんは一瞬意地の悪そうな顔をし、またガハハハと笑った。


「バカ言うでない! サウンド・プリンセス号は無敵だぞ! あのプリンセスが微笑んでおられる限り、おれたち乗員は絶対に死なん! たとえどんなバケモノが来ようと、おれたちに敗北はないのだ!」


 おっさんは、ゆっくりと向かってくる巨体を仰ぎ、高らかに笑った。

 どうやらあの船首像は一種の象徴らしい。


 勝利の女神とでもいうのかね。

 あんなもん、あってもなくても船の機能に影響はねえ。むしろ邪魔なくらいだ。


 しかし戦士は、とくに男ってヤツは、ああいうシンボルが好きだ。

 胸ポケットに天使のお守りを仕込むヤツもいるし、背中に女神の刺青を入れるヤツや、愛する女の股の毛をお守りにするヤツもいる。

 男はとにかく女をシンボルにしたがり、それがてめえを守ってくれると信じることが多い。


 おそらくそーゆうもんなんだろう。おっさんが、


「プリンセスのためにーーッ!」


 と叫ぶと、甲板から大勢の声で、


「プリンセスのためにーー!」


 と声が返ってきた。

 こりゃあすげえ意気だ。きっとこいつら、どんな苦境に立たされようと、この船首像が無事な限り、あきらめず戦い続けるんだろうなあ。


 おれが、そんなことを考えたときだった。


「最強……か」


 背後から、静かな声が聞こえた。


 さほど低くはない、しかしどっしりと重みを感じる男の声だった。


「では試してみよう」


 瞬間、風が飛び立った。


 それは影だった。


 陽光の照らす青空に闇のような影が舞い、カッ! と木に斧を打ちつけるような音を鳴らし、船を飛び越えていった。


「な、なんだあれは!」


 オンジーが剣の(つか)に手をかけた。

 ヌイはギョッとし、口を開いたままポカンと見上げている。


 その開きっぱなしの口から、声が漏れた。


「あ……!」


 ピシリ! と音が聞こえた。クリスタル像に、縦にまっすぐヒビが入った。


「あ、ああ……!」


 ヌイの顔が青ざめた。怯えるような目の色をし、ガクガクと震えた。


 そして、


 バキィン!


 すさまじい轟音とともに船が割れた。

 プリンセスのど真ん中から、船のケツまで一直線に切り込みが入り、真っ二つになった。


「そんな、プリンセスが! プリンセスがああーー!」


 船が左右に倒れるのと同時に、巨大なクリスタルが落下してきた。

 なんてこった、ちょうどおっさんの真上じゃねえか! 助けねえと!


「おい、危ねえぞ!」


 おれはおっさんを引っ張ろうとした。けど、重くて動かねえ!


「バカ! 逃げろ!」


 オンジーが咄嗟(とっさ)におれを引っぺがし、落石から回避させた。

 あと一歩オンジーの判断が遅かったら、おれも死んでいただろう。

 わずか目の前で、ズシン! と、おっさんが”ぺしゃんこ”になった。


「うっ、おっさん……」


「危なかったな!」


「す、すまねえ!」


「いい! それよりあれはなんだ!」


 そうだ、いま問題はあの影だ。

 なんだよあれ! 突然バッと飛んだかと思ったら、船が真っ二つになって、いったいなにが起こったってんだ!


 おれは割れた船の向こうを眺めた。

 移動してなけりゃ、船尾の方にいるはずだ。


 そして、そいつはそこにいた。


「あ、あれは……!」


 黒いマントを羽織っていた。


 青い肌をしていた。


 背に、二本の太い鞘がクロスしていた。

 その一方には剣が収まり、もう一方は右手に握っている。


 そして、赤い瞳。


「……魔族だ」


 そう、紛れもない魔族だ。

 それもただの司令塔じゃねえ。細身だが、遠くからでも筋肉の力強さが伝わってくる。

 一切無駄のない、戦いのためだけに鍛え上げられた肉体が、服の下から蒸気のようなオーラを放っている。


「じゃあ、あれがゲーリィか!?」


 オンジーが叫んだ。

 すると、それが聞こえたのか、魔族はおれたちを振り返った。


「なぜおれの名を知っている!」


 そう叫ぶ顔はおだやかだった。

 目つきは鋭いが、どこか眠たげで、声を荒げたのはおそらくここまで届かせるためだろう。


 しかし、すさまじい。


 殺意のないただの声かけは、虎の咆哮(ほうこう)よりも肌を震わせた。


 突如、全身から汗があふれた。

 体の内側に眠る本能が、大声で逃げろと叫んでいた。


「……そうか、姉さんだな」


 そいつはもう一方の剣を抜いた。

 それぞれが大剣と呼ばれる巨大な剣で、大男が両手でやっと扱えるシロモノだ。


 それを軽々と左右に広げた。

 そして、ゆっくりとおれたちの方へと歩き出した。

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