47 女湯を覗こう!
おれは天国を見ていた。
「あははは! キレジィちゃん、ふわっふわ!」
「ひゃあ! カレーノさん、くすぐったいですぅ!」
裸だ。それも美女三人の、裸でたわむれる姿だ。
突如こっそり牢屋から連れ出されたキレジィとクロ。そして女王さんとカレーノは、風呂に入った。
ナーガスじゃ風呂の文化はねえが、女王さんだけは特別にバス・ルームを持っているらしい。
三人入ってもまだ余るでけえ浴槽が真ん中にあり、その横で、汚れを落とすという不思議な固形物から白い泡を出し、手で撫でつけている。
ああ、おれかい? おれは三階の窓の外に張りついてるよ。
ちょうどいいところに木があってさ。登る道具になったうえ、葉っぱでおれを隠してくれる。
おれは今日からこの木を”ベスト・フレンド”と呼ぶことにするよ。
きっとまた世話になるぜ。
それにしてもすばらしい景色だ。
真ん中に、スレンダーで、しかし出るところは出てる青肌の美女が笑っている。
その右から、ややごつい気はするが、超ナイスバディな褐色の美女が泡を撫でつけている。
そして左からは、ちょっぴり”お山”のさみしい美女が、いたずら気味に泡で遊んでいる。
ああ、泡よ。君は罪だ。
君さえいなければ、まさに絶景だっただろう。
しかしおれは君を責めない。決して君を否定しない。
君がいるからこそ夢が広がる。
君が洗い流されたとき、夢は現実に変わる。
その期待が、興奮が、おれをのめり込ませる。
「ほらクロ、洗ったげるよ」
キレジィは前屈みにしゃがみ、クロの毛を泡立てた。
「わう、わう」
「しーっ、声出しちゃダメだよ。犬がいるってバレたら大変なんだよ」
おおおう!
……っと、危ねえ! 声出しそうになっちまった!
だってキレジィが下向いた途端、重そうな果実が揺れてよお!
そんでクロを洗うたびに、ゆっさゆっさ、たゆんたゆんしやがるんだ!
うひょー!
「さ、そろそろいいだろう。泡を落とすとしようか」
お! 女王さんナイス提案! さあ流してくれ!
「頭から湯をかけるぞ」
いけ! 思いっきりやってやれ!
「わう?」
「ん、どうしたのクロ?」
おっと! クロのヤツこっちを見やがった! 急いで頭を引っ込めにゃ!
「わう、わう」
こ、この声……近づいて来てやがる! ひええ〜!
——ざばあー!
——さばあー! さぶっ! さばあー!
ああ、泡を流している! 壁一枚向こうにゃ、いまごろあられもねえ姿が!
「ほーら、クロ。こっちにおいで」
「わう」
お、足音が遠ざかっていく。
よかった、バレたわけじゃねえみたいだ。
さーて、それじゃあ絶景をいただくとしますか……
「ふう、お風呂って気持ちいいわね」
んなあ! もう三人とも湯船ン中じゃねーか!
しかもなんだあの湯! 乳白色で中が透けねえ!
お、おれの絶景が! おれの夢が!
くうぅ〜!
「それにしても、女王様がこんなことしてくれるなんて意外ね」
「そうですね。まさかわたしをお風呂に入れてくれるなんて思いませんでした。しかも、クロの足枷まで外して」
ん? そういやそうだ。あんだけ疑ってたくせに、どーゆー風の吹き回しだ。
もしクロが暴れたらまず殺されちまうぞ。
「ふふふ……おかしいだろう」
「そうね……こう言うのもなんだけど、わたし驚いてます」
「わたしもです」
「実はわたしも驚いてるんだ」
「えっ?」
女王さんなに言ってんだ? てめえのことだろうに。
酔っ払ってんのか?
「本来のわたしなら、まずありえんだろう。敵か味方かもわからんヤツを、凶器をそのまま受け入れ、裸の付き合いをするなんてな」
「それが、どうして……」
「あの男だ」
「あの男?」
「わたしは、ベンデルと会ってからおかしくなってしまった。甘さが移ってしまったとでもいうのかな。どうにも感情で動いてしまう。疑うことを忘れ、何事も前向きに考えてしまう」
「……わかります。わたしもベンデルさんと話していると、すごく明るい気持ちになるんです」
およ? もしかしておれを褒めてる?
「ふふ……いい男だよな」
「……はい、ステキな方です」
おやおや、なんだかステキな話をしておりますねえ。
もっと言ってやってください。本人とてもよろこんでおります。
「そうかしら」
カレーノさん!?
「あいつ、すんーごくいいかげんなのよ。乱暴だし、下品だし、ここに来るときなんて、レディが傍にいるっていうのに、草原でパンツ降ろして、お尻丸出しでウンチしちゃうんだから」
なんてこと言うんですか! たしかにそんなこともございましたが!
「それにバカなのよ〜。話聞いてるのに全然理解してなかったり、見当違いなこと言ったり、そうそう、オーンスイでは”クソ漏らし”ってあだ名だったんだから」
おやめください! あたくし顔から火が出そうでございますよ!
「ははははっ! おもしろいヤツだ!」
「うふふふっ! おっかしい!」
「でしょ〜! ま、たまにはいいところもあるけどさ。基本バカなのよね〜」
カレーノさんっ!!!
「まったく、よく見ているな」
「そりゃまあ……一ヶ月くらいずっといっしょだから……」
「ふふふ……」
「な、なんですか……」
「クスクス」
「な、なによぉ……」
おや、カレーノさん。ずいぶん顔を赤くしてどうしたんでしょう。
……つーかふたりはなんで笑ってんだ?
カレーノはなにが恥ずかしいんだ?
「いや、なかなかお似合いだと思ってな」
「そ、そんな……」
「はい、うらやましいくらいです」
「キレジィちゃんまで!」
「いいじゃないか。こうして女どうし、なにもかもさらけ出しているんだ。いまさら隠すことなどあるまい」
「そうですよ。わたしにだって、カレーノさんがどう思ってるくらいわかりますよ」
「べ、別にそんなんじゃ……」
と言いながらカレーノは真っ赤になった顔を半分湯船に沈め、口からぶくぶく泡を拭いた。
ううむ、なに言ってるのかぜんっぜんわからん。女の会話は難しいなあ。
似合ってるって、白い湯が? 裸が?
……あ、悪口だ。あいつはすぐヒステリックを起こすからな。
たしかにお似合いだぜ。
「わう、わう」
「おっと、あははは! くすぐったいぞ!」
お! クロのヤツ、女王さんにしがみついてペロペロしてやがる! おかげで立ち上がりそうだぞ!
やれー! もっとやれー!
「まあ、クロが懐くなんてめずらしい」
「そ、そうなのか?」
「はい。この子はわたしと、母と、ゲーリィにしか懐きませんでした。それがこんなに甘えるなんて、よほど動物に好かれているんですね」
「いや、逆だ」
「逆?」
「わたしはいままで、ありとあらゆる動物から避けられていた。不思議と暴れ馬だけは懐くが、ほかはみんな、悲鳴を上げて逃げてしまう」
「まあ」
へー、わかる気がするぜ。
女王さんいつも覇気が出てるもんなあ。
笑ってるときでさえ、すげえ圧だぜ。
おれは気にならねえけど。
「あははっ、くすぐったい! こら、やめろ」
と笑う女王さんを見て、カレーノがつられ笑い気味に言った。
「それって、いつも気を張ってるからじゃない?」
「ほう?」
「だって、いまの女王様、すごくやさしい顔してるわよ。こう言ったらなんだけど、別人みたい」
「ふふふ、そうだろうな。なにせいま、やりたいことをやっているんだ」
「やりたいこと?」
「こーら、おしまい」
と女王さんはクロを引き剥がし、キレジィにパスした。
そして「ふぅ」とため息を吐き、まだくすぐられてるみてえな顔を残したまま、落ち着いた口調で言った。
「本当は、疑いたくなどないんだ」
「……」
「もちろん、魔王の娘が人類の手助けをしたいなどと言ったときには、ふざけた話だと思ったよ。どう考えてもおかしいじゃないか。罠に決まっている。しかし、話してみれば嘘とは思えなかった」
「女王様……」
「だがなあ、わたしは鵜呑みにするわけにはいかんのだよ。ナーガスという最前線を維持し、魔王討伐の要として軍を率いなければならない。もしだまされでもしたら大変なことだ」
「おっしゃる通りです」
キレジィがまなじり険しくうなずいた。
女王さんが浴槽にもたれかかり、湯気のような息を吐く。
そこに、カレーノが言った。
「じゃあ、どうしてこんなことを?」
もっともな疑問だ。
なにせ味方と確定してねえんだから、これほど無防備なことはねえ。
武器があるならともかく、素っ裸で魔物を野放しだ。
その問いに、女王さんは天井を眺めながら答えた。
「……きさまのせいだ」
「わたしの……?」
「ふと、土色に汚れたキレジィを見て思ったんだ。こいつはわたしとおなじかもしれない、とな。日々、義務のために鎧を着込み、ドレスも紅も捨て去って、休む間もなく汗にまみれるわたしと、ただひとつの目的のために鉄檻に閉じ込められ、耐え忍ぶこいつ……かたちは違うが、きっとおなじだ」
「……」
「そんなとき、きさまの言葉を思い出したんだ。——おなじ女じゃないか——と」
……そういやそんなこと言ってたな。
キレジィが裸を晒して這いつくばったとき、カレーノはキレジィの裸体を隠し、「敵も味方も関係ない、おなじ女じゃないの!」と叫んでいた。
「ふふ……いいじゃないか。たまには女に戻っても」
女王さんはかわいく笑った。
そこにあるのは国を預かる重たい目つきなんかじゃなく、年齢を感じさせないやわらかな笑みだった。
あたたかい空気が漂っていた。
三人とも、なにも言わない。
けど、通じ合っているのがわかる。
会話の内容はよくわかんねえけど、年齢も、人種も、あらゆる垣根を越えて、こいつらはあったけえ気持ちを共有している。
そんな中、カレーノが乙女チックなことを言い出した。
「ねえ、こんどお茶会しない?」
「お茶会?」
「キレジィちゃんはね、お茶会に憧れてるの。きれいなドレスを着て、紅茶を飲みながら、女だけでおしゃべりするの。いいと思わない?」
キレジィがほほを染め、クロを抱きしめた。照れ臭いらしい。
「お茶会か……」
女王さんはあごに手を置き、ちっとばかし考えた。
ここんとこナーガスは忙しい。
なにせ魔王討伐の戦士が続々集まり、そのための整備でしっちゃかめっちゃかだ。
街のキャパシティを超えた大軍の拠点作りや、食糧の確保に走り回っている。
しかし、答えは前向きだった。
「約束はできんが……近いうちに時間を作ろう」
「本当!?」
ふたりのうれしそうな顔を見て、女王さんもニッコリ笑った。
「なに、風呂に入る時間が作れるんだ。どうにかなるだろう。ま、期待しないでいてくれ」
「よかったね、キレジィちゃん」
「はい! わたし、すっごくたのしみです!」
おー、いい笑顔だ。
本当によかったねえ。お風呂に入れてもらって、お茶会までさせてもらえて、苦労したかいがあったねえ。
なんかおれ、感動しちゃったよ。
「さて、そろそろ出るとしよう。わたしも見回りをしなければ」
おっ! 女王さん立ち上がるのか!? 白い湯船から体を出しちゃうのか!?
「体洗ってもらってスッキリしました。それにクロまで……本当にありがとうございました」
キレジィちゃんも! ささ、ゆっくりお立ちください!
「わたしも気持ちよかったわ。ありがとうございます」
カレーノさんも立つんですね! 小さいですがよござんしょ! あたくしは文句ありません!
「さ、行くぞ」
「はーい」
——ざばあっ。
「うっひょおーー!」
「えっ!?」
あ! しまった! おれいま叫んでた!?
「なっ!?」
「あーっ!」
「きゃあーー!」
やばい! あいつらこっちを見て、あわわわわわ! 落ちる落ちる!
あっ、あっ、ああああーーーーーー!
——ズシーン!




