44 集結の兆し
「すまない、どうにも時間が作れそうにない」
女王さんはかなり忙しそうだった。
というのも、援軍の処理にしっちゃかめっちゃかだった。
ナーガスは魔王と戦うために、伝書鳩で援軍を要請していた。
魔王が本格的な侵略を再開したいま、団結して戦わねえと滅亡はま逃れねえ。
そう判断し、最終決戦に臨むべく、残り少ない人類を集結させようとしていた。
それがちらほらと集まってきていた。
昨日一日で百人。今日は午前中だけでも二百を超える戦士がワーシュレイトの平原を抜けてきている。
しかも、ある勇者隊の隊長がこんなことを言った。
「軍国ノグンから、全部隊を投入するからひと月待て、と伝言を受けました」
おいおい、そりゃすげえぞ。ノグンといやあ、人類の最終兵器だ。
国が丸ごと軍隊で、兵力はおよそ十万。
しかも魔物と戦うためにすげえ兵器を開発してるっていうじゃねえか。
それが来るとなりゃ百人力だ。
ただ、うれしい反面、問題がないわけじゃねえ。
「食糧の供給も頼まれてしまった。こうなると、全軍を上げて食材確保に急がねばならん」
あー、そりゃ大変だ。なんとかしてがんばってもらわねえと。
あ、もちろんおれたちのメシと酒は最優先でな。
「猫の手も借りたいほど忙しいんだ。キレジィと話している暇はない。きさまらも移住を済ませたら、ただちに食糧確保に努めろ」
そんなわけでおれたちは城下町に移り、畑の手伝いや魔物狩りをした。
ま、タダメシばっかり食わせてもらうわけにもいかねえからな。
そこそこ魔物が湧いてくれるから助かったぜ。
それにしてもオーンスイの仲間はキレジィにゾッコンだった。
仕事が終わって帰ってくりゃあ、みんなすぐさまキレジィに会いに行くんだ。
「だって、あんな牢獄に閉じ込められてちゃかわいそうだろ。話し相手が必要だぜ」
そりゃそうだけどよ。ちいとばかし、のめり込みすぎじゃねえか?
おれも日にいちどは顔を出すけど、夜、仕事が終わってからだ。
中にはサボって会いに行くヤツまでいるじゃねえか。
「ああ、そりゃガチのヤツだぜ」
「は?」
「だから、ガチでベタ惚れのヤツだよ」
オーンスイ勇者たちは口々に言った。
「おれはカミさんいるし、まさかあんな子供相手に変な気起こしたりしねえよ」
「おれなんてガキが三人もいるんだぜ」
「おれはまあ、かわいいとは思うけど、青い肌ってのはなあ」
なんだ、こいつら同情であんなに騒いでたのか。
てっきりベタベタに惚れてんのかと思ったぜ。
「バカ言うなよ。おめえだって目の前で泣いてる女の子がいたら、狂ってでも元気づけてやりてえだろ」
まあな。
「ただ、何人かはガチだな。とくにオンジー。ありゃマジもんのロリコンだぜ」
うっ、たしかにあいつはやべえ!
いい歳こいて仕事サボって、食いもんやら花やら持ってきて、本人は気づいてねえみてえだけど、はたから見りゃ恥ずかしいくらいフニャフニャだ。
突然ニヤけて「でへへへ」笑ったり、鼻歌混じりにスキップしたり、カレーノも言ってたぜ。
「なんだか最近、オンジーが気持ち悪いわ」
まったく、困ったもんだぜ。
変なことしなきゃいいけどよ。
ともかくおれたちは日々食糧確保に努力し、半月ほど経って、やっと女王さんに暇ができた。
そんで、おれとカレーノ、女王さんの三人だけでこっそりキレジィと面会した。
ほかのヤツがいると話が進まなくなるかもしんねえからな。
顔を合わせてすぐ、女王さんが言った。
「気分はどうだ」
「はい、毎日がたのしくて」
キレジィは元気そうだった。
こんな狭いところに閉じ込められて、つらいのかと思いきや、毎日オーンスイのバカどもがいろんな話をしてくれるから、おもしろくてしょうがねえらしい。
「そうか、ならもう話の途中で崩れたりしないな」
「はい、色々とご迷惑おかけして申し訳ありません」
謝るときも笑顔だ。人間との関わりが、かなり癒しになったんだろう。
ずっと孤独だったみてえだしな。
それに笑うと元気になる。
姫君の母からレディの嗜みを教わり、お上品を飾るこいつにとって、オーンスイの下世話な話は刺激的だったに違えねえ。
一番おもしろかったのは、飲みすぎてゲロ吐いたヤツがてめえのゲロでスッ転んで、そのショックででけえ屁をこいた話だという。
……教育に悪いなあ。面会謝絶した方がいいんじゃねーか?
しかし、聞いた話はバカ話だけじゃなかった。
「多くの戦士が集まっているそうですね」
「なぜそれを?」
「オンジーさんから聞きました」
あのバカ……なに話してんだ。
そりゃキレジィが敵だとは思わねえが、だからってほいほい話すもんじゃねえだろ。
女王さんも舌打ちしてやがらあ。
「わたしがここに来たのは、きさまから情報を得るためだ。速やかに必要なことを話せ」
「はい。しかし……そのためにひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「人間の数はどれほどでしょうか」
「答える必要はない」
「そうですか……」
キレジィはため息を吐くようにうつむき、姿勢を正して言った。
「百万は必要かと思います」
その言葉に、女王さんの肩が一瞬のけぞった。
目は、やや見開いている。
「魔王討伐の戦いは、ベンデルさんを主軸とするのでしょう?」
「……」
「オンジーさんから聞きました。涙を流しているあいだだけ、無敵になるんでしょう? それで、ベンデルさんを無傷で魔王の元まで送り込み、スキルで倒すつもりなのでしょう?」
そうだ。魔王との戦いは、いかにおれという爆弾を届けるかの戦いだ。
そのあたりは女王さんとも話してある。
人足が必要なのは、魔物の猛攻を抜くための盾がほしいからだ。
おれは先日女王さんから聞いていた。
全人類の戦士が集まれば、おそらく二、三十万にはなるだろうと。
「百万もいらんだろう。いちどに戦える数は限られている」
と女王さんが余裕のある笑みで言った。
しかし、
「いえ、本音を言えば百万でも少ないくらいです」
「……例の巨大なドラゴンか?」
女王さんの眉間にしわが寄った。
巨大なドラゴンとは、あの日オーンスイの街を襲った、火や風を吐く、爆撃にも耐えるオオドラゴンのことだ。
たしかにあれは恐ろしいが、色々と策は練ってある。
倒せねえわけじゃねえ。
だが、キレジィはゆっくり首を横に振り、険しい目をして言った。
「いいえ、魔物など問題ではありません」
「なに!?」
「たしかにオオドラゴンは強力です。あの子たちはまだ二匹残っていますし、ほかにも巨大な子は数匹います。ですが、本当に恐ろしいのは、魔物でも、魔王でもありません」
「ではなんだと言うのだ!」
冷静なはずの女王が声を荒げた。
おれもカレーノも息をのんだ。
人間では到底敵わないような巨大なバケモノを”問題ではない”と簡単に言ってのけるほどの脅威とはいったいなんなのか。
「……弟です」
「弟?」
「はい、わたくしどもの末弟、ゲーリィこそが、人類最大の脅威です」
「バカを言うな! 魔族に戦闘能力はないはずだろう!」
「はい、魔族にあるのは無敵の体と、魔物を操る力だけです。魔王には、さらに動物を魔物に変える能力があります」
「ではなぜ魔族が最大の脅威だと言うんだ!」
「それはあの子が……ゲーリィが究極の武人だからです」




