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43 壁向かい

 まったく、オーンスイ勇者のバカさ加減ときたら呆れちまうぜ。

 場所は牢獄なんだぜ。

 なのにわーわー歌って、ぎゃーぎゃー騒いで、終いにゃ、


「晩メシはキレジィちゃんとじゃなきゃやだー!」


 なんて言い出すんだ。

 こーゆーときはリーダーとして動いてたオンジーが真っ先に(いさ)めるもんだろ。

 それが、


「おれも、みんなで食べた方がいいと思うなあ」


 なんてほざきやがるんだから、どーにも困ったもんだ。


 まあ、たしかに女の子がこんなところで、ひとりメシを食うなんて寂しいだろうし、反対はしねえけどよ。

 女王さんが寛大(かんだい)でよかったぜ。


「ほかの囚人もいるんだ。少しはわきまえろよ」


 そう言って許可してくれた。

 つーかそうだよな。キレジィだけの監禁室じゃねえんだ。

 みんなうるさくてしょうがなかっただろうに。


 しかし監視兵は戸惑っていた。


「女王様はこの者たちをやけに特別扱いするな」


「こんなに寛大な女王様は見たことがない」


 どうやらかなり優遇されてるらしい。

 やっぱあれか? 魔王を倒す最強のスキル”無敵うんこ漏らし(ビクトリー・バースト)”を持つおれがいるからかな?


 ま、なんでもいーや! キレジィちゃんがうれしそうだからよ!


 ……とはいえ、寝るときはひとりだ。

 正確にはブラック・ドッグのクロもいっしょだが、薄暗い地下牢に取り残されることには違えねえ。


「それじゃあ、また明日な」


 おれはキレジィにやさしく言った。


「はい、また明日」


 キレジィは硬そうなベッドの上でニッコリと笑った。

 健気(けなげ)な笑顔だった。


「じゃーねー! おれのこと忘れないでねー!」


「またお歌を聴かせてねー! おやすみー!」


 オーンスイのバカどもは相変わらずだ。

 ちったあ節操(せっそう)ってもんを持ちやがれ。ここはオーンスイじゃねえんだぞ。


「はい。みなさん、おやすみなさい」


「おわあー! 手を振る姿もかーわいいっ!」


「おやすみー!」


「愛してるよー!」


 はあ、おれァもうツッコむ気にもなれねえぜ。


「じゃあな、おやすみ」


 おれはそう言って地下牢をあとにした。

 背後からはまだヤツらの騒ぎ声が続いていた。


「ほんっと、男ってしょうがないわね」


 気がつくと隣にカレーノがいた。


「そうだな。ま、あの子がかわいいのはたしかだけどよ」


「まあね……」


「でもよかったぜ。寂しくなくて」


「そうね。うちの勇者がバカでよかったかも」


「しっかしまさかオンジーがあんなんとはなあ!」


「あはは! あのひと見かけによらずミーハーよね!」


「おれァ笑っちまったぜ!」


「わたしも! あの衣装どこで手に入れたのかしら!」


 カレーノはずいぶんたのしそうだった。

 たぶんキレジィが元気そうで、自分までうれしくなったんだろう。

 こいつは情け深いからな。


 なんせおれがクソ漏らしで追放されたときも、ただ助けたいってためだけにパーティを組んでくれて、しかも大金まで払ってくれた。

 これで暴力がなきゃ、いまごろステキな王子様といっしょになってたことだろう。


 まあ……おれは別に、暴力があってもいいたァ思うけどよ……


 へっ、またバカなこと考えたな。

 だれがおれみてえなクソ漏らしと恋人になろうってんだ。

 そんなヤツいねーよ。

 夢は寝てから見るもんだぜ。


「今日はさっさと寝よう。まだ昨日の戦いの疲れが残ってんだ」


「昨夜は遅かったものね」


 おれたちは広間を利用した仮の寝室に入った。

 本来オーンスイ勇者は城下町の掘建(ほったて)小屋に移る予定だったが、キレジィのこともあって、今夜はここで寝泊まりすることになっている。


 だだっ広い四角い部屋に、人数分のマットを敷いての雑魚寝(ざこね)だ。

 初日の夜は夜勤のヤツのベッドで寝かせてもらえたが、それを続けるわけにもいかねえからといって、こうして空き部屋を借りている。

 枕と布団はあるものの、当然ベッドより硬い。

 でもまあ、しょうがねえ。

 屋根のある安全な部屋で寝かせてもらえるだけ、ありがてえってもんだ。


 部屋はかなり薄暗かった。

 足元がわかる程度には(あか)りがついちゃいるが、寝るには十分な暗さだ。


 おれは部屋の隅のシーツに寝転がった。

 別に場所は決まっちゃいねえ。ただ、端から使った方が気を使わねえと思っただけだ。

 それにここなら間違ってだれかに踏まれることもねえだろうしよ。


「そいじゃ、おやすみ」


 おれは布団をかぶり、仰向(あおむ)けで目を閉じた。すると、


「ええ、おやすみ」


 およっ? すぐ傍から返事がしやがる。


 おれは薄闇の中で目を開いた。

 見ると、カレーノが真隣(まとなり)のシーツに寝ていた。


 おいおい、こんな広いのに、ふつう隣で寝るか?

 ちっと寝返り打てば体が触れ合う距離だぜ?

 いやまあ、どこだろうと、こいつは男の隣になっちまうわけだが……


 おれはゴクリと唾を飲んだ。

 こんな状況で女とふたりきり。それもとびきりの美女カレーノとだ。

 すぐヒステリックになるし、暴力は振るうし、ちょっぴりお胸は小せえが、最近じゃそれもチャームポイントだなんて思っちまう、そんなヤツだ。


 それが、布団一枚(へだ)てた隣で、無防備に寝ている。


 ドキドキが止まらねえ。体じゅうの血管が心臓を並べたみてえにドクドク言いやがる。

 眠いはずだったのに、目が()えて、熱くなってくる。


 あああ、どうしよう。

 おやすみって言ったからには、おれはもう寝てるってことだよな。

 話しかけようにも不自然だ。

 でも黙って目ェつぶってても変に意識しちまうし、息は苦しくなってくるし、どどどどうしよう!


 おれは混乱していた。こうなったら声に出して羊を数えようかと思った。


 そんなとき、カレーノがポツリと言った。


「ねえ、あの子のこと覚えてる?」


「え、あの子?」


「ギルドの受付の子」


 ドクン、とおれの心臓が、いままでと違う音を立てた。


「……ああ、覚えてるよ」


 覚えてる。もちろん覚えてるさ。


 薬草摘みの仕事を提示して、おれに文句言われてビビってたあの子。


 たかだか一輪の花でよろこんで、また来てくださいねといってくれたあの子。


 そして、炎の中でついえていった、名も知らねえあの子。


 おれはゴロンと寝返り、壁向きに言った。


「それがどうした」


「ううん、なんとなく」


 背後でもぞりとシーツの()れる音がした。

 声の調子で、カレーノがおれの方を向いているとわかった。


「まだあの子のこと、想ってるのかなって」


「そうだな……」


 おれは答えられなかった。

 あの子はたびたび夢で見ていた。


 意識が暗闇に落ちると同時に、あの子は現れた。

 照れた笑顔でおれの花を受け取り、食事の誘いにうなずいて、どこに行こうとか、なにを食おうとか、そんなことを話した。


 名前は出てこねえ。

 名前を呼ぼうとすると、おれは体が動かなくなって、世界が止まる。


 そして、気がつくと、焼死体が倒れている。


 おれはそこで目が覚める。

 全身汗だくになって、荒い息とともに、いまのが夢だったと知る。


 一種のトラウマかもしれねえ。

 あるいは、おれがあの子を求めているのか……


「ごめんなさい、いやなこと訊いたわ」


「いや、いいさ。ただ……」


「ただ……?」


 なんでそんなこと訊くんだ? と言おうとして、なぜか言えなかった。

 おれは薄暗の中に、未体験の緊張を感じていた。


 理由はわからねえが、それを訊けない。

 訊かなきゃいけねえ気がするのに、どうにも重くて、声が出ない。


 沈黙。


 じっとりと、湿ったモヤに覆われるような、重たい沈黙。


「こころに穴が開いているのね」


 そっと、カレーノが言った。


「あの子が入るはずだったところが、あの日のまま……」


「別に、そーゆうわけじゃねえけどよ……」


 もぞり、と音が近づいた。

 触れてもいないのに、体温が間近に迫る気がした。


「……きっと、埋まるわ」


「……」


「だって……わたしたちがいるもの」


「……そうだな」


 おれは曖昧(あいまい)に応えた。

 おれの頭の中には、もはやあの子の影などなかった。

 あるのは、背後からの息遣い。

 ためらうような声。

 なにかを伝えようとする意図。


 おれにはそれがわからない。

 ただ、胸の鼓動が早くなる。

 静寂が嵐よりも激しく無音で鳴る。

 背中越しに、姿のない感情が覆いかぶさってくる。


 まるで、おれを抱きしめるように。


「ちくしょー! あのババアうるせえよなあ!」


 ドアの向こうからバカどもの声が響いた。

 途端、おれは妙な恥ずかしさに襲われ、飛び跳ねそうになった。

 カレーノもおなじなのか、おれから離れるみてえにドタバタと寝返りを打った。


「いいじゃねーか! キレジィちゃんと寝たってよー!」


「ベッドに潜り込もうってんじゃねーぜ! 通路でいいっつってんだ!」


「ババアだから若い子に嫉妬してんだぜ!」


 おいおい、なんてこと言うんだ。聞かれたら拷問だぜ。


「お、てめえらもう寝てたんか」


 ドアを開くなり、バカどもはバカなことを言い出した。


「ふたりして隅っこの方で、もしかしてあれか〜!?」


「こりゃ邪魔しちゃったかねえ!」


「ヒューヒュー!」


 な、なに言ってやがる! そんな、そんな、あわわわ!


「ば、バカ言わないでよ! だれがこんなウンチ漏らしと!」


「そうだそうだ! だれがこんなヒステリー女と!」


「ちょっと、なによそれ!」


「てめえこそなんだ!」


「ふんっ! もう寝るから! おやすみ!」


「あーそうかい! おやすみ!」


 おれたちは互いに顔を背け合い、拒絶するように布団をかぶった。

 なんだか息ぴったりで罵倒し合った気がする。

 別におれは本心じゃねえけどよ。


 でもやっぱりあれか。

 ”だれがこんなウンチ漏らしと”か……


 そーだよなあ。こんなクソ漏らし、だれも好きになんか、ならねえよなあ〜。

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