41 魔王を殺す三つの方法
「ごめんなさい、取り乱してしまって」
泣き止んだキレジィは、まだ落ち込んだ気配はあるものの、どこか晴ればれとしていた。
「本当はもっと有意義なことを話すつもりだったのに、母のことを話したら、つい……」
いいさ、溜まってたんだろう。
人間てのは、悩みや苦しみをだれかにグチりてえもんなんだ。
いくらだって吐き出しゃいい。だれも文句なんか言わねえよ。
もし文句言うヤツがいたらおれがぶっ飛ばしてやる。
「脱線して申し訳ありません。話を戻しますね」
「大丈夫? あまり無理しなくていいのよ」
とカレーノが心配そうに訊いたが、
「はい、なんだか泣いたらスッキリしました。えへへ……」
とキレジィは照れるように笑っていた。
思った以上に元気そうだ。溜まってたもん吐き出したからスッキリしたんだろう。
しっかしかわいいな、おい。
真面目な話し方のときゃミステリアスな女だと思ったが、こうして砕けると思わず抱きしめたくなるほどキュートだぜ。
「キレジィちゃんかわいいよーー!」
「ひゅーひゅー!」
うるせえバカども! オーンスイの勇者はどうしてこうもバカなんだ!
見ろ! キレジィちゃんが「え? え?」って戸惑ってんじゃねえか!
カレーノも女王さんも呆れてため息吐いてやがる。
オンジーだって……
「か、かわいい……」
おい……てめえもか。
いい歳こいてなんてツラしてんだ。甘いもん食った赤ん坊みてえなほっぺになってんぞ。
ロリコンかてめえは。
「おい、バカどもにかまうな」
女王さんがため息混じりに言った。
「母親の死まで話して、なにが言いたかったんだ」
「そ、そうでした。では本題に戻らせていただきます」
キレジィはしゃっきりかしこまり、お行儀正しいモードに戻った。
「わたくしがここで提言したいのは、魔王を倒す方法は三通りあるということです」
「ほう?」
女王の片眉がくいっと上がった。
びっくりしてるっつーか、予想外なんだろう。
なにせ無敵の魔王を倒す方法が三つもあるってんだからよ。
キレジィは言った。
「まずひとつは、ベンデルさんのスキルです。ベンデルさんの虹色の力なら、きっと魔王を倒せるに違いありません。事実、魔族をふたり、灰に変えています」
そうそう、おれの”無敵うんこ漏らし”はどんな相手でも灰に変えちまう。
それにあの晩、ドラゴンを通して魔王の靴を灰に変えた。
ナイフを打ち払った魔王のバリアーを貫通した。
これこそが魔王を倒す最強にして唯一の手段だろう。
つーかこれ以外にあんのか?
「ふたつ目は、トリガーの克服です」
……トリガーの克服? なにそれ。
「克服……なるほど」
女王があごに手を置き、唸った。
それに続いでオンジーが、
「そうだな……魔王が人間である以上、ありえない話じゃない」
と言い、カレーノも神妙な顔で、
「ええ、そうね……」
と、うなずいた。
なんだよ、てめえらだけ知っててずるいぜ。おれにも教えてくれよ。
「ベンデル、あなたまさかトリガーの克服を知らないの?」
「おう知らねえよ」
「トリガー・スキルは反骨の精神が生む力——つまり、苦痛が引き金になる。これはわかるわね」
「ああ」
「じゃあもしトリガーが苦痛に感じなくなったらどうなるかしら」
「どうなるって……いやな思いしねえでスキルが使えるから楽でいいじゃねえか」
「ううん、違うわ」
「どゆこと?」
「苦痛に感じなければトリガーにならない。だから、スキルが使えなくなってしまうのよ」
「ええっ!?」
「たとえばわたしの”激辛の炎”は、辛いものがおいしいと感じたら、もう使えなくなるわ」
「おれの”音痴衝撃波”もそうだ」
オンジーが言った。
「もしおれが音痴を聞かせることを恥ずかしいと思わなくなれば、もう衝撃波は出せなくなる」
「はあ〜……」
そりゃあ知らなかった。スキルって一生使えるわけじゃねえのか。
「ベンデル、君の”無敵泣き虫”も、ひと前で泣くことが平気になったら使えなくなるぞ」
「へえ、気をつけやす」
おれは生返事をした。
だって、おれには関係ねえ話だ。
考えてもみろよ。いったいどこの世界にクソ漏らしが恥ずかしくねえヤツがいるってんだ。
克服だァ? ありえないね!
「しかし、これはまず無理でしょう」
キレジィが言った。
「魔王のトリガーは、おそらく”憎しみ”です。家族を目の前で殺されそうになった恐怖と苦しみは、きっと人類を滅ぼすまで消えることはないでしょう」
「そうだな」
と女王がうなずいた。
「百年ものあいだ、ひとを殺し、苦しめても消えんというのは、よほどの怨念だ。外から語りかけてどうにかなるものとは思えん」
「おっしゃる通りです」
「それで、三つ目は?」
「はい、それは……」
キレジィはひと呼吸置き、ごくんとツバを飲み込み、言った。
「わたくしの手で、殺めることです」
「ほう……?」
ざわり、と空気が濁った。魔王を、父を、娘の手で殺すだって……?
「どういうことだ。魔王は無敵なのだろう」
女王の問いに、キレジィはゆっくり首を横に振った。
「たしかに魔王は無敵です。その眷属であるわたくしどもも無敵です。しかし、母は自らを殺めました」
——!
そうだ、こいつの母ちゃんは元人間だが、魔王によって魔族になってしまった。
だから無敵のはずだ。
それが、ナイフで自分を刺していのちを絶ったという。
どういうことだ?
「見ていてください」
キレジィはブラック・ドッグのクロに近づくと、その口にはめてある口輪を右手でつかみ、
「いま、この口輪はわたくしがつかんでいます。つまり、これは現在わたくしの道具です」
そう言って左の手のひらを、口輪の金具の角張ったところに添えた。
そして、
「……っ!」
小さな声を漏らし、左手を素早く引いた。
いったいなにしてんだ?
「ご覧ください」
キレジィは左手のひらをおれたちに見せた。
なんとその手は、
「切れている!」
あの冷静な女王が鉄格子にしがみついた。顔もびっくらこいてやがる。
そして驚いたのは女王さんだけじゃねえ。
おれもみんなも常識をぶっ壊されて、ざわざわ騒いだ。
魔族は無敵だ。絶対に傷つけることはできねえ。
だが、その手のひらにははっきりと傷があった。
そして青い血潮がつうっと垂れ、石造りの床にポタポタ落ちていた。
「スキルとは実に不思議なものです」
キレジィは、血を流れるままにし、言った。
「仕組みはわかりませんが、わたくしどもの力は、おなじ力で貫くことができるのです。そしてわたくしどもが道具として使っているものは、体の一部と見なされ、力が及ぶのです」
「なるほど……」
女王さんが、檻をつかんだまま言った。
「つまり、きさまがナイフを持てば、魔王は刺せるということか」
コクリ、とキレジィが無言で応えた。
こわいくらい真剣な眼差しをしていた。
「だが、きさまにできるのか? 見たところかなり気弱そうだが……」
「……いざとなれば、やります」
キレジィは、鈍い痛みに苦しむような声で言った。
「わたくしは魔王が許せません。いくら悲しい目にあったからといって、この子たちを道具にしていいわけがありません」
この子たち——という言葉のとき、キレジィはクロを見つめていた。
「この子たちは道具じゃありません。あなた方は永い戦いの中で魔物を敵視しているかもしれませんが、元はただの動物です。それを魔王は、魔の力で操り、復讐のために戦わせているのです。この子たちは、苦痛も死の恐怖も持ったまま、操られるのです。意志に反して殺人の道具にされるのです。そんなの、許せない!」
キレジィの言葉は次第に強くなった。
目は、どこかのだれかを睨みつけ、表面に涙の膜ができている。
そして、ぎゅっと拳を握り、
「魔物にもこころがあるのです! 魔物にも、魂があるのです!」
叫ぶように言った。
左拳の内側からは、血が搾り出されていた。
しかし、痛みの声は上げなかった。
怒りのあまり、痛みを忘れているようだった。
「それに……それに……ママを殺したのはあいつだ!」
キレジィはベッドをバスンと叩いた。
語り口が崩れていた。
「あいつがママをおもちゃにしたから! ママは何十年も、あいつのために、こころを殺して、ずっと、ずっと……!」
「お、おい……大丈夫か?」
おれはキレジィの肩に触れた。
こいつ、泣き止んだと思ったら、全然大丈夫じゃなかった。
「わたし、悔しい!」
キレジィはおれの腕をつかみ、まっすぐに叫んだ。
「ママを! この子たちのこころを踏みにじるあいつが許せない!」
おれは無言でうなずき、受け止めた。
キレジィの目から、つうっと涙があふれた。
「わたしは見ていました! あなたが魔物たちを守る姿を! あなたが仲間に刃を向けてまで、叫ぶ声を! あなたの強い意志を!」
「うん、うん!」
「どうか魔王を倒してください! きっとわたしにはできない! あなたのように強くなれない! だから、お願い! 魔王を倒して!」
「任せとけよお!」
おれも叫んだ。
キレジィの叫びを肩に乗せ、彼女の両手をがっしりつかんだ。
「おれが倒してやる! おれが仇を討ってやる! なにがあろうと、たとえこの身が砕けようともなあ!」




