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4 教会の女神

 翌日、おれはカレーノと会い、ギルドに行こうと言った。


 勇者の仕事はおもにギルドで斡旋(あっせん)される。

 調査専門の勇者パーティが魔物の動きを報告したり、住民や近隣区域からの連絡によって討伐依頼が発生し、それを受けることではじめて魔物退治がゼニになる。

 まあ、突然の襲撃を迎撃してもゼニはもらえるが、そのへんちと曖昧(あいまい)でよ。

 とにかく生きていくにはギルドから仕事もらわなきゃならねえんだ。


 そんなわけでおれはギルドに行こうとした。

 だがカレーノはその前に教会に行けと言った。


「あなた、女神には会った?」


「いや、会ってねえ」


「じゃあ行かなきゃ」


 こいつの言う”女神”ってのは、文字通り女神様だ。

 どういうわけだか人間は不思議な能力を秘めていることがあって、女神はそれを鑑定して、眠れる力を引き出してくれる。


 つってもほとんどのヤツはただの人間だ。

 ごくまれにトリガー・スキルという、苦痛を引き金に発動するスキルを持つヤツもいるが、そんなの何千人にひとりだ。まず行ったところで意味がねえ。


 そもそも女神を呼ぶのは高えんだ。

 教会のヤツら、聖職者だかなんだか知らねえが、ぼったくってやがるんだ。

 むかしは半月の食費分くらいしか取らなかったらしいが、いまは数ヶ月の給料が取られちまう。


 もっとも状況の変化もあるんだろうけどよ。

 なにせあるころを(さかい)にみんな行っても無駄だからって教会に行かなくなって、客がほとんど来なくなっちまったっていうんだ。

 女神を呼ぶ儀式にもそれなりに道具を消費するらしいし、ヤツらも生活があるから、しょうがねえっちゃしょうがねえんだが……だって数ヶ月分のゼニだぜ? 行かねえよ。


「でももしかしたら、あなたにもなにか特殊な力があるかもしれないわよ」


 そりゃあるかもしれねえな。見てなきゃ確率はゼロじゃねえ。

 でもほとんどゼロだよ。

 だからだれも行かなくなったんじゃねえか。


「ねえ、ベンデル。もしあなたにスキルがあればわたしたちの生存確率は大きく上がるわ。それにもしかしたら魔王だって倒せるかもしれない。あなただって魔王を倒すべく立ち上がったんでしょ?」


 そりゃそうだけどよ……ゼニがなぁ……


「じゃあこうしましょう。お金はわたしが出すわ。だから行ってきて」


「はあ!?」


 おれは目ン玉が飛び出るほど驚いた。

 いや、おかしいだろ。大金だぞ。

 それをちょっとメシおごるみてえに軽く言われちゃびっくりするぜ。

 あんたみてえな美人にゃ似合わねえ冗談だ。


 だがカレーノは本気らしい。


「ほら、お金ならあるわ」


 たぶんおれが鑑定を受けてないことを予測して持ってきていたのだろう。

 カレーノは腰袋からじゃらりと金貨を取り出し、おれの前に突き出した。


「はい、受け取って。早く行きましょう」


「いやいや、受け取れねえよ」


「いいから、生き残るためよ」


「だからってこんな大金おかしいだろ」


「別に問題ないわ。わたしはちゃんと蓄えてきたからまだ十分持ってるし、それに……」


 カレーノはふっと視線を落とし、静かに言った。


「こんなもの、いつまでも価値があると思う?」


「うっ……」


 そうだ。たしかにゼニがいつまで使い物になるかわからねえ。

 魔王の侵略により大陸の端まで追いやられた文明は、もはや風前の灯で、いまじゃもう紙を作る技術さえなくなっちまった。

 それをきっかけに紙幣は紙くずになり、この硬貨もいつ意味を成さなくなるかわかったもんじゃねえ。

 地方によっちゃ物々交換が主流だそうだ。


 それに、それによ……あんまり考えたくねえけど、そもそも人間がいなくなっちまったら、なんもかんもそれまでじゃねえか。


「あした戦闘で死ぬかもしれないしね」


 カレーノは暗い笑顔で言った。

 それはまさに目の前で起こりうる現実だった。


「わかった、ありがたくちょうだいするぜ」


 おれはバカみてえな額の金貨を受け取った。

 黄金でできてるから多少は重い。

 でも、いまの話をしたあとじゃ、ずいぶんと軽く感じた。


 てなわけでおれたちは教会を訪れた。

 相変わらず好きじゃねえなあ、ここは。いかにも神聖でございやすって感じの装飾がそこらじゅうに飾ってあってよ。

 あいつら暇だからな。客が来ねえからその辺の木を切っちゃ加工して、お守りだの魔除けだの作ってやがるんだ。

 おいおい、入り口の横で売ってるのかよ。効果がねえのはいままで滅んだ都市が証明してんだろ。

 バカかこいつら。教会あらため”みやげ屋”に改名しろ。


 とはいえ客が来ねえだけで召喚術は本物だ。実際にスキルは存在するし、女神も現れる。

 つっても世界を作った創造神じゃなくて、人間という種族に割り当てられた木端(こっぱ)役人みてえなもんらしいけどよ。

 ま、それで結果が出るならなんでもいいさ。


()きのいいのを頼むよ」


 おれは聖職者にゼニを渡した。


「女神様は生き物ではありません」


「いいよなんでも。さっさとやってくれ」


 おれはヤツらに案内され、小せえ密室に通された。

 扉は三重になっており、窓のねえ、部屋の中の部屋の中の部屋だ。

 言ってて混乱してくるが、とにかく厳重な部屋だよ。

 なんでも女神はいちどにひとりとしか会話しねえから、音も光も漏れないようにしてあんだと。

 なんでかって? あいつらも知らねえってさ。


 おれは酒場の丸テーブルも置けねえほど狭くてカビ臭え部屋でひとりあぐらをかいた。

 ちゃんと掃除してんのか? 床に触れたら手のひらに埃がべっとりだぜ。カンテラひとつしかねえから暗いしよ。

 あーあ、外で儀式をやってるらしいが、早く終わらねえかな。


 おれは昨晩よく寝てねえせいか、思いっきりあくびをかいた。

 そのとき、


「よくいらっしゃいました」


 目の前にひとのかたちの光が浮かんだ。

 おおう、こりゃおったまげた。


「ベンデル・キーヌクト。あなたが来るのをどれだけ待っていたでしょう」


「は?」


 おれが来るのを待っていた?

 つーか名前も知ってるの?

 どーゆうこった?


 光はふわあっと輝きを増し、一瞬目の前が真っ白になった。

 そして次の瞬間には神々しい後光のさす美しい女神がおれを見下ろしていた。

 こいつぁナイスバディだ! おれみてえな女日照(ひで)りにゃ刺激が強すぎるぜ!


 ……って、それどころじゃねえ。


「おれを待ってたってどういうことだ?」


「あなたが魔王を倒し得る、人類の光だからです」


 どっひゃあー! どういうこったい。

 そりゃまあおれも魔王のやろうをぶっ殺さなきゃならねえわけだけど、突然そんなこと言われたら、うれしいよりも前に疑問がぽこぽこ出てくるぜ。


「おれがどうして魔王を倒せるっていうんだ?」


「それはあなたに最強のトリガー・スキルが秘められているからにほかなりません」


「な、なんだって!?」


 ま、まさかおれにトリガー・スキルがあるなんて!

 しかも最強ときてやがる!


「ぼ、ぼくにそんな力があったんでございますか!」


 おれは居住まいを正し、軍人が偉いひとの前でやるみてえにきっちり座った。

 こんなことならみやげのひとつでも持ってくりゃよかったよ。

 大通りのばあさんがよく菓子を作ってるんだが、あれがうまくってよお。きっとよろこんだぜ。


「はい、いまあなたの中に眠る力を引き出してあげましょう」


 女神様はお美しいお顔で、お美しいお声でおっしゃった。

 そしておれの胸にお手をお差し込みになり、一瞬おれの全身が光り輝いた。


「はい、これであなたは目覚めました」


「あ、ありがとうございます!」


 おれはわけもわからず感動していた。

 別になんの変化も感じねえが、とにかく覚醒したらしい。


「ところでどんなスキルなんですか?」


 おれはわくわくしながら訊いた。

 最強のスキルだぜ。魔王を倒す光だぜ。

 すんげえんだろうなあ。


 だが女神様の言葉はおれの予想を裏切るひでえもんだった。


「あなたのスキルは無敵うんこ漏らし……」


「えっ?」


「うんこを漏らすと無敵になる、”無敵うんこ漏らし(ビクトリー・バースト)”です」


 な……なんだってえええええええーーーー!?

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