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38 牢獄の姫君

 キレジィとクロは城の地下にある牢屋に入れられた。

 狭くてあまり清潔とは言えねえ、固いレンガの冷え冷えとしたところだ。

 あるのは固そうなベッドと、排泄物を出すための(おけ)だけ。


 おれは檻のおもてからそれを眺め、なんともいやな気分になった。

 だって、そうだろう。女の子がこんなところに閉じ込められてよ。

 味方だと確定したわけじゃねえから、しょうがねえんだろうけどさ。なんだか不憫(ふびん)だぜ。


 でもキレジィは素直だった。


「中に入れていただき、ありがとうございます」


 怒るどころかよろこんでやがる。牢に入るときも一切反抗しなかった。


「わたくしは、ただ話さえ聞いていただければ、あとはよいのです」


 はあ、こんな礼儀正しい子が敵なわけねえじゃねえか。女王さんも神経質すぎんぜ。

 しかしこいつ、話を聞いてくれりゃいいって、それがおれへの手助けなのか?

 なんだろう。まさか魔王の弱点でも教えてくれんのか?


 いろいろ聞きてえところだが、もう夜ふけだ。


「今夜はもう遅い。話は明日聞かせてもらおう。見張りども、怪しい行動をするようなら躊躇(ちゅうちょ)なく殺せ。女は魔王同様無敵らしいが、犬コロは別だ」


 女王はそう言ってさっさと立ち去った。

 檻の前には槍を持った兵士がふたり佇んでいる。


「しょうがないわ。寝ましょう」


 カレーノは暗い表情でおれのそでをつかんだ。

 眠たいのか、気分が悪いのか。

 まあ両方だろう。少なくともおれは両方だ。


「悪いな、こんな汚ねえところに閉じ込めちまって」


 おれはバツが悪く、頭を掻きながら言った。


「いいえ、お気になさらないでください。むしろ手厚いくらいです」


 ああ、なんていい子なんだ。カレーノもこんくれえおしとやかだったらなあ……


「じゃあ、おやすみ」


 おれたちは檻から離れた。

 通路を歩き、階段へ続く扉を開いた。

 そんなとき、


「くうん、くうん……」


 背後から犬の嘆くような鳴き声がした。

 口輪のせいでくぐもっているが、不安が十分に伝わってくる、沈んだ鳴き声だ。


「大丈夫。怖くない、怖くないよ」


 キレジィのやさしい声が聞こえた。

 それを聞いた瞬間、おれは懐かしさとともに、胸が張り裂けそうになった。


(姉さん——!)


 おれの頭の中に、ガキのころの記憶がぶわっとよみがえった。


 おれたちもそうだった。

 七つ年上の姉さんは、夜になると魔物が来るんじゃないかと怯えるおれに、いつだってそうしてくれた。


 ——大丈夫。怖くないよ。お姉ちゃんがついてるからね。


「あ……」


「どうしたの、ベンデル?」


「い……いや、なんでもねえ。あくびが出そうだったんだ」


 おれはカレーノから顔を背け、足早に進んだ。

 つい涙が出そうになっちまった。


(まるで、おれと姉さんみてえじゃねえか……)


 それは本来なら母親のすることだったのかもしれない。

 でもおれは、両親が流行り病で亡くなる前から、母親より姉さんっ子だった。

 子供だけになってからも、姉さんがいるから大丈夫だと思っていた。


 その姉さんが、いまそこにいる気がした。


 おれをなだめてくれた姉さん。

 クロをなだめるキレジィ。

 あんな声の女は、いつだってだれかを守ろうとする。


 ……もしキレジィになにかあったら、こんどはおれが守ってやる。

 もしあの子が恐ろしい目にあうようなら、たとえこの身がどうなろうと、おれが助けてやる。


 だって、そうじゃねえか。そうじゃねえかよ……


 おれたちは眠った。

 疲れと、酒と、夜ふかしのせいで、泥のように眠り込んだ。

 夢を見ずに眠る、そんな夢を見るような、どろりと深い眠りだった。


 目覚めたのは昼過ぎだった。

 こんな遅くまで寝るなんて、よっぽど疲れてたんだろう。

 ふだんなら、なにがあっても朝メシの時間には起きる。


 しっかし噂ってのはすぐに回るもんだな。城内はキレジィの話で持ちきりだった。


「魔王の娘が牢屋に捕らえられているらしい。しかもとびきりの美人で、頼めば裸を見せてくれるそうだ」


 どうにも変なかたちになっちまっているが、ともかくそこらじゅうでそんな話をしていた。


「どうして起こしてくれなかったんだ」


 オンジーおよび、オーンスイの勇者どもはみんなして不満そうだった。


「おれたちもあの二人組と会った仲間だぞ。気になるじゃないか」


 口じゃそんなこと言ってるが、おれにはわかるぜ。

 てめえらも裸が見たかったんだろう? このスケベどもめ!

 おれは清いこころで立ち合ったぜ!

 まあ、脱いだときは多少揺れたけどよ。


 とまあいろいろ話していたが、遅めの昼メシを食っている途中で女王さんが顔を出し、


「ベンデル、食ったら来い。きさまがおらんとあの女はなにも話さんというのだ」


 と、キレジィと面会するよう伝えてきた。仲間の反発ったらなかったぜ。


「おれたちはベンデルの親友だ! 一心同体なんだ! だから連れてけ!」


 うるせえのなんの。

 てめえらおれのことクソ漏らしって呼ぶくせに、なーにが親友だ。このクソどもめ。


 おれは反対だったぜ。でも女王のやろう許可しやがった。


「なにかあったとき、壁が多い方がいい」


 だとよ。ひえ〜、恐ろしいこと言うね。偉いひとは立派だわ。


 てなわけで、おれたちは地下へと下った。

 三十人同時に歩くから狭えのなんの。

 一列十人で三列作って、軍隊みてえに行進して、そんでギリギリ通れる幅だ。

 だからおれは反対したんだよ、バーカ。


 そうしておれたちはキレジィの檻の前まで来た。


「おお、美人だ!」


「犬を抱いて寝てるぞ! かーわいいっ!」


 キレジィは眠っていた。

 ブラック・ドッグのクロと寄り添い合うようにして、すうすうと寝息を立てていた。

 ……かわいいなぁ。


「おい! 起きろ! ベンデルを連れてきたぞ!」


 女王さんがでけえ声を出し、ハッとキレジィが目を開けた。


「あ……ごめんなさい。昨夜遅かったものですからつい……」


 キレジィは寝ぼけまなこを擦り、ふとおれたちを見て、ポカンとした顔で言った。


「あの……この方々は?」


「おれたちベンデルのお友達でーす!」


「よろしくねー!」


 はあ〜、バカどもめ! なーにがお友達でーす、だ!

 おれは頭抱えちまったよ。

 ふだんは汚ねえ言葉垂らして飲んだくれてるクソどものくせに、女の子の前だと調子いいんだ。

 いっしょにいて恥ずかしくなるぜ。きっと呆れられちまうぞ。


 でも、キレジィの反応はそんなんじゃなかった。


「……うらやましい」


「へ?」


「わたし、この子しか友達がいないから……」


 そう言ってキレジィは微笑んだ。

 だが視線は静かに降りており、表情に影が落ちていた。


 ……そうか。こいつらの見た目じゃ、人間となんざ関わりようがねえ。なにせ魔王とおんなしだ。

 関われる人物つったら魔王と魔族だけ。あとは魔物と仲よくするしかねえのか。


 さびしい思いしてたんかねえ……


「大丈夫だよキレジィちゃーん! 今日からおれたちもお友達ー!」


 ぶっ! な、なに言ってんだ!


「おれスラーティ! よろしく!」


「おいらバート! いいひとだよ!」


「おれはファーストってんだ! 恋人にしたい男ナンバーワンだぜ!」


 こ、こいつらマジでクソだな!

 おれたちは魔王討伐に関わる重要な話をしにきたんだぞ!

 真剣で真面目でガチなんだぞ!

 ナンパしてんじゃねえ!


「フフフッ!」


 およ?


「あははは! おもしろいひとたち!」


 おお、キレジィのヤツ笑ってやがる。こーゆうのがウケるのか?

 よーし、おれも一発!


「おれっちはベンデルでーす! よろぴくー!」


「バカ!」


 あでっ! カレーノのやろう、またぶちやがった!


「あんたまでふざけてんじゃないわよ! 真面目な話しに来たのよ!」


 うう、わかってるよ。でもたのしそうだったしよお……


「あ、ごめんなさい! わたくしのせいで……」


 いや、いいよ。おれが悪かったよ。おめえ腰の低いやろうだなあ。


「バカは終わったか?」


 女王が相変わらずの強気なツラで言った。


「わたしも暇じゃないんでな。ベンデルも来たことだし、早く話してもらおうか。なにを話しに来たのか。それと、なぜきさまが魔王を、実の父を滅ぼさなければならないのかをな」


 おっと、そうだ。こいつは魔王の娘でありながら、魔王を殺してえと言ってたんだ。すっかり忘れてたぜ。わけをしっかり聞かなきゃなあ。


「はい、お話します」


 キレジィはスッと居住まいを正し、凛としたなまざしを見せた。


「わたくしは……この子たちを救いたいのです」


 そう言ってキレジィはクロの頭を撫でた。

 この子たち……それって——


「そう、魔物です」


 ざわっと場がどよめいた。

 魔物を救う? そりゃいったいどーゆうことだ?


「この子たちは本来ただの動物です。ひとを襲うことを目的にしない、ただ生きるだけの、いわば自然の存在です。それが魔王の力で殺戮(さつりく)兵器となってしまったのです」


 なんだって……?


「動物の魔物化。そして能力による支配。それらは魔王のトリガー・スキルによって成されています」


「トリガー・スキルだと!?」


 オンジーが檻をつかんで声を上げた。

 ほかのやろうもスケベごころを忘れて驚愕(きょうがく)していた。

 もちろんおれもだ。

 だって、だってよ、


「トリガー・スキルは人間だけの奇跡だ! 人間がこころに傷を負うほどの苦痛を受けることで、ごくまれに発生する反骨の力だ! それじゃあ魔王は……!」


「そうです。魔王は人間です」


 なんてこった……

 人間を滅ぼそうとしている魔王が、おれたちとおなじ人間だったなんてよ。


 しかしどーゆーことだ?

 なんでまた魔王は”魔王”なんかになったんだ?

 いったいなにがあったっつーんだ?


「……まずはそこからお話しましょう」


 キレジィはまぶたを閉じ、重たいものを持ち上げるように浅く開いた。


「百年前……魔王はただの少年でした」


 そう言って静かに語りはじめた。

 ルビーのような澄んだ瞳が、はるか遠くを見つめていた。

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