36 泥酔いロマンス
戦いが終わり、おれたちオーンスイ勇者は玉座の間に集められた。
「まずは、悪かったな」
女王はどっかり玉座に座り、口元に小さな笑みを浮かべ、言った。
「まさか本当に無敵のスキルを持っているなど思わなかった。しかし疑うのも仕事だ。許せ」
「別にいーよー」
おれは首のうしろで両手を組み、
「それより約束は忘れちゃいねえだろうな。肉、酒、それとカレーノには甘いもんだ」
「くっ、フフフフ!」
おや、ずいぶんたのしそうに笑っちゃって。おれァ冗談言ったんじゃねえぜ。
ごまかそうったってそうはいかねえぞ。
「おい、カレーノ。この男はいつもこうなのか?」
「え、は、はい。そうです」
「そうかそうか。フフフフッ!」
おいおい、なんでおれの質問に答えねえんだよ。
まさかマジでごまかすつもりか!?
「そうはさせねえぞ! なんなら食糧庫から略奪してやったっていいんだぜ!」
「あははははは!」
ちくしょ〜、笑ってんじゃねえ!
「安心しろ。きさまらには上等な酒を用意させた」
えっ? あ、そうなの? えへへ。
「フフフ……本来なら色々と聞きたいところだが、まあ、あとにしよう。わたしも仕事が山積みだ。とりあえずゆっくり休め。そして夜は好きなだけ飲むがいい」
そう言って女王さんはどこかへ消えちまった。
ううむ……本当だろうな? 嘘だったら承知しねえぞ。
なーんて思ってたが、その日の夕食を見ておれは感動しちまった。
テーブルを埋め尽くす肉料理!
かたわらには特級酒!
ちらほらと顔を出すデザート!
うっひょおー! さすがは女王さん!
世界で一番尊敬するぜー!
おれたちは飲みまくり、食いまくった。
肉は今日倒した肉食性魔物の肉で、ちっとばかしクセがあったが、そんでもしっかり調理され、最高にうまかった。
酒は、言うまでもねえ。極上だよ。
いやあ〜、いい夜だ。勝利の宴ってヤツだ。
みんな笑って、どんちゃん騒ぎしてさ。
ガキの集まりみてえにわあわあ歌って、堅物のオンジーが半裸になってギター鳴らしたりしてよ。
もう笑った笑った。こーゆーのをサイコーっていうんだぜ。
そんなバカ騒ぎもひと段落つき、ぼちぼち寝室に行くヤツ、飲みながら寝ちまうヤツ、まだバカ言ってるヤツと、まばらになってきた。
カレーノも甘いもんで飲みまくって、けっこう酔っ払ってやがる。
たのしく飲めてよかったねー。
「さーて、おれも眠くなってきたな」
おれはふああ、と大あくびをこいた。
今日は大変だったからなあ。疲れちまった。
そろそろ休むとしましょうかね。
「なによ〜、もう寝るつもり〜?」
おや、カレーノさん、まだ飲むつもりですかい? かな〜り酔っ払っておりますが。
「まだ夜は長いでしょ〜。もっと飲みなさいよ〜」
おいおい、そんな据わった目でおれの腕引っつかんで、明日に触るぜ。
なにせ明日から掘っ建て小屋に移るのに、荷物運んだり、内装いじったりすんだからよ。
「なによ! あたしのこときらいなの!?」
んなわけねえだろ。バカ言うな、でけえ声出して。
あーあー、暴れるな。
落ち着け。
わかったわかった、飲もう。今夜はとことん飲もう。
「んふふふー!」
えらいたのしそうだな、おい。
飲みすぎじゃねえか?
おれの隣にどっかり座って、肩に頭乗せてきて、シラフのおめえじゃまずこんなことしねえ。
やっぱ眠いんじゃねえか?
……ま、悪い気はしねえけどよ。
「いろいろ話したいことがあるのよ〜」
話したいこと?
「まずは、ありがと」
は?
「またベンデルに守ってもらっちゃった」
なんの話だ?
「ほら〜、あたしがお腹痛くて動けないときあったでしょ〜。魔物から守ってくれたじゃない」
あー、あんときか。そういやそんなこともあったなあ。
「あんたねえ、なにぼけっとした顔してるのよ。あたしホントに感謝してるんだからね!」
わかったわかった! 痛い、痛い、叩くな! わかったから!
「わかればいーのよ、わかれば」
……おめえマジで酔いすぎじゃねえか?
感謝されてんだか、怒られてんだか、わかんねえぞ。
「それでさあ、どーするつもりだったの?」
「なにが?」
「魔物よ。あなた魔物を助けたけど、あれが襲ってきたらどーするつもりだったわけ?」
「どーするって……」
どーするつもりだったんだろうなあ。
「なにも考えてなかったの!?」
……考えてなかったな。
「はー、呆れた」
あんときゃとにかく魔物が憐れで憐れでしょうがなかったからなあ。
しかし思い返すとずいぶん怖えことしてたよ。
よく無事に済んでくれたぜ。
「まったくだ」
おや、この声は……
「わたしもいままでいろんな人間を見てきたが、こんな危なっかしい男は見たことがない」
おや、女王さんじゃねえか。
こんなところに来ていいのかい? いろいろ忙しいんじゃねえか?
「ふふふ……本来なら仕事もあるし、兵士どもの相手もせねばならんのだが……」
女王さんはおれの正面に座り、一杯やりながら言った。
「どれもつまらんのだ。しかしきさまと飲むのはおもしろそうだ」
はあ、そりゃ光栄なこった。美人ふたりと飲めるなんてしあわせでござんすよ。
……眠いんだけどね。
「ところできさまら、明日から城下町に移るんだろう?」
そうするよう手配したのはあんたらだろう。
「……ベンデル、きさまはこの城に住め」
「はあ!?」
と大声を出したのはカレーノだった。
おいおい、おめえがそんなに驚いちゃ、おれが驚けねえだろう。
しかしなんでまた……
「きさまは実に愚かだ。愚かという言葉では言い表せないほどに愚かで、愚直で、いいかげんだ」
なにが言いてえんだ? バカにしてるみてえだが。
「だが、わたしは愚かな男が好きだ。といってもただ愚かな男に興味はない。腕が立ち、こころに芯を持ち、しかしどうにも愚かという男がかわいくてたまらんのだ。わからんか?」
わかんねえよ。こっちは酔っ払ってんだ。
「ぐるるる……」
およ? カレーノがなんか唸ってるぞ。また腹でも痛めたか?
「ふふふ……まったく愚か者め。ますます気に入った。ところでそろそろ眠いのだろう。きさまには専用の寝室を用意しておいた。わたしが案内してやるからついてこい」
えっ、専用の寝室!? なんか知らねえけどすんげえ特別扱いじゃん!
しかも女王様直々にご案内だなんて、いったいどーゆーこったい!
「さ、立て。行くぞ」
「はーい」
おれは言われるまま立ちあがろうとした。
が、
「待ちなさいよバカ!」
カレーノがおれの腕をつかみ、
「あんたはあたしと飲んでるんでしょーが! 行かせないわよ!」
「おいおい、なに怒ってんだよ」
「怒るわよ! だって、だって……」
「だって?」
「う、うう〜……だってえ〜」
げっ、こいつ泣いてやがる! なんで!?
「ちょ、ちょっとタンマ! こいつちっとなだめてからにしてくれ! じゃねえとおれ寝れねえよ」
「……ふふふ、そうか」
女王さんはスッと立ち上がり、カレーノの隣に来て、肩に手を乗せ、
「悪いことをしたな。だがまあ、それくらい男の甲斐性だ。つまらん男じゃ、こんなことにはならんぞ」
そう言って部屋を出ていってしまった。
おいおい、おれの寝室は? おーい。
ふーむ、なんだかよくわかんねえなあ。女ってのはホントわかんねえ。
しっかし眠ィや。
「ほら、いつまで泣いてんだ。なにが気に入らねえってんだ」
おれがそう言うと、カレーノは立ち上がり、
「ベンデル、来て……」
「は?」
「いいから来て!」
そう言っておれの手を取り、バルコニーまでつれてきた。
そんでどうしたかっていうと、手すりに寄りかかって、夜風を浴びて、遠くを眺めて、なんか黙ってる。
なにがしてえんだ、こいつ?
「ねえ、ベンデル」
「なんだ?」
「なんていうか……あんまり歳の差があるのはよくないわ」
「はあ?」
歳の差? なんのこっちゃ。
「やっぱりね、結婚するなら同い年くらいの方がいいと思うの。たとえば相手の女性が十歳年上だと、あなたが三十になるころには相手が四十でしょ? それよりもっと近くて、身近なひとの方がいいわ。あ、でもまったく同い年より、女が二、三歳上の方がいいかもね。その方がいろいろと釣り合うのよ」
なにを話すかと思えば恋愛話かい。
女は好きだねえ〜。ほかに言うことねえのかよ。
それにしてもなんでまたこんな話を突然……
「たしかにヒットリーミ女王は美人よ。胸だって大きいし、魅力的なのもわかるわ。でも育ちも違うし、見た感じ十歳くらい上だし、きっと合わないわよ」
「なんの話?」
「……あなた女王の誘惑に乗ろうとしたじゃない。だから……乙女の忠告」
「誘惑?」
「……もしかして気づいてなかったの?」
誘惑………………あっ!
「ああー! そーゆーことか!」
「はあー!? あんたホントにわかってなかったの!? ばっ……バッカじゃないの!?」
はー、そーゆーことでございましたかー!
いやあー、なにせほら、おれって女のひととお付き合いしたことございやせんから!
あー、そうかー。そうだったのかー。
ふーむ……あの美人がおれをねえ。惜しいことを——
「ニヤけたツラしてんじゃないわよ、バカ!」
いでっ! こ、こいつ思いっきりぶちやがった! なんでぶつんだよ! ひでえやろうめ……
「もうっ」
そう言ってカレーノは遠くを眺めた。なんかわかんねえけど、おれもそうしたよ。
しかしこいつ、なんでそんなに怒ってんのかねえ。もしかしてこいつ、おれのこと…………
……って、んなわけねえか。女ってのは好きな男に手ェ上げたりしねえはずだ。
そりゃおれもカレーノみてえな美人だったらいいなあ、な〜んて思ったりもするけどよ。
ないない。こいつは”ステキな王子様”と結婚したがるような女だぜ。
おれの真逆だっつーの。
はあ……
「ねえ、ベンデル」
「なんだ?」
「星がきれいね」
「……そーだな」
言われて見りゃずいぶんきれいなお星さんだ。
ずーっと平原が広がって、雲もほとんどねえから、視界一面星の海だ。
数えきれねえほどの星々がまたたいている。
ふだん星なんて見ねえけど、こうして見ると案外いいもんだなあ。
お、あの辺なんてすげえ明るい星が集まって、いやー見事だ。
「……バカ」
え、なんか言った?
「……そろそろ眠くなってきたわね。もういい時間だし、寝ようかしら」
そうだなあ。でもお星さんきれいだしなあ。
もうちっと見てくってのも……
「おや?」
おれはふと、なにかを見つけた。
月の位置からして北東方面。
なにかが平原を歩き、こっちに向かってきやがる。
「なに、どしたの?」
「なあ、あれなんだ?」
おれはそいつを指差した。
だいぶ遠いが、輪郭くれえはわかる。
「おれには、黒い服の人間が、黒い犬に乗ってるように見えるんだが……」
「そうね……でも肌の色が変よ。なんだか青っぽいわ」
「あの感じ……女か?」
「……こんな夜遅くに女が? しかも犬に乗って?」
「でもそう見えるぜ。ありゃいったい……」
青い肌、黒い服の女が、黒い犬に乗っている。
この組み合わせ、どこかで……
——ハッ!
と、おれたちは顔を見合わせ叫んだ。
「キレジィ!」




