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3 いくさ乙女は甘いものがお好き

 気がつくとおれは床に敷かれた毛布に寝転んでいた。


 ここは……酒場か。

 いてて、酒が抜けて体じゅうの痛みが目覚めてやがる。


 おれは鈍痛まみれの体を起き上がらせた。

 いつまでも寝てるわけにゃいかねえ。


 酒場を見回すと、どうやら閉店後で、床やテーブルがきれいに掃除されていた。

 ただひとつ、おれの席にはかぴかぴに乾いた肉料理と、おそらく酒気の抜けた、飲みかけの酒が残っている。


 そしてカウンターに女が座っていた。

 きれいなブロンドヘアーが腰あたりまで伸びて、うしろ姿だけでも美人とわかる。


 そんな彼女がおれの動きに気づき、振り返った。


「あら、起きたの?」


「あんたが止めてくれたのか?」


「見てられなかったからね」


 そう言ってクッキーをあてに酒を飲む美女を見て、おれは納得した。

 なるほど、このひとに怒鳴られちゃ大の男も肝を冷やす。


 彼女はカレーノ・クワレヘンネン。

 おれより三つ年上の二十歳。見た目はおしとやかな”お姉さん”だが、なんと女の身ひとつで勇者活動をする屈強な槍使いだ。


 いいかい? 女の身”ひとつ”でだぜ。このひとはパーティを組まず、ソロでやってるんだ。

 ふつういないぜ。女ってだけでもすげえのに、それをひとりでだ。


 もっともそれを可能にさせるのは、こいつが類まれなる”スキル持ち”だからだろう。


 人間の中にはごくまれに”トリガー・スキル”ってのを持ってるヤツがいる。

 そいつはあることを”引き金(トリガー)”にスキルが発動し、魔法のような超能力を発することができる。


 そのトリガーってのはたいがい苦痛を伴ういやなことで、カレーノ・クワレヘンネンは辛いものを食うことで炎を吐けるようになるスキル”激辛の炎レッド・ホット・バーニング”の使い手だ。


 そんなカレーノはクッキーの皿と酒を持って、おれが座っていた席の隣に座り、


「お隣いいかしら?」


 ニコリと微笑んだ。

 もう座ってるじゃねえかよ。訊く必要あるか?


「気の利いた話なんかできねえぜ」


 おれはテーブルを支えによろよろ立ち上がり、椅子に座った。

 おう、乾いてもうまそうだな。せっかく注文したんだから食わなきゃもったいねえ。


 おれは肉をつまみながらボソリと言った。


「すまねえ、助かった」


「いいのよ。わたしも見ていて不快だったから」


「礼といっちゃなんだが、あんたもつまむかい?」


「ううん、わたしはもう食べたから。それに甘いもので飲みたいの」


 へえ、変わってんなあ。おれは絶対いやだね、甘いもんで酒だなんて。

 やっぱ酒には肉だぜ。塩っ気やスパイスがねえと物足りねえ。


「ところで、追放されたんですって?」


「ん、まあな」


 おれはうつむきがちに答えた。

 そう、おれは追放された。

 理由はもちろん、戦闘中にクソを漏らすからだ。

 あーあ、なんでこんな体なのかねぇ。そんなに出るほど食っちゃいねえんだけどよ。


「これからどうするの?」


「どうするって、どうするかねえ……」


 それだよ。あんまり考えたくなかったけど、今後を決めなきゃならねえ。

 なにせおれを仲間に入れてくれるヤツなんてまずいねえ。

 こう言っちゃなんだが、おれだっていやだぜ。いのち賭けで戦ってる横でクソ漏らされるなんてよ。

 まあ……おれのことなんだけどさ。


 でも勇者は続けてえ。

 なにせ魔王をぶっ倒さなきゃならねえ。

 あのやさしい姉さんを、魔物経由とはいえ、ぶち殺しやがったクソッタレを叩きのめさなきゃ気が済まねえ。


 おれはそのためにここまで踏ん張ってきたんだ。

 細い体に鞭打って、無駄のない筋肉を育て上げ、復讐の炎を燃やし続けてきたんだ。


 けどひとりで魔物と戦えるほど人間は強くねえ。

 どうにかしてパーティに入りてえんだが……


「よかったらわたしと組んでみない?」


「は!?」


 な、なにを言ってやがるんだこの女。

 まさかおれがクソ漏らしだって知らねえわけじゃねえだろ?


「もちろん知ってるわ、あなたの話」


「じゃあなんでおれなんかと組もうってんだ? そもそもあんたはソロだろう?」


「ええ。これまでも、これからも、ソロでやるつもりよ」


「ならどうして……」


「だってかわいそうじゃない。わたしひとが困ってるの見捨てられないの」


「……」


 なるほど、同情ってヤツか。女は情にもろいって言うからな。

 ちっとだけ(しゃく)だぜ。


「わたしね、むかし聞いたことがあるの。ひとって精神的に圧迫されると体に悪影響が出て、頭痛がしたり、お腹がゆるくなったりするって。もしかしたらあなたもそうかもしれないわ」


「はあ……」


「あなたがそうなったのっていつから?」


「たしか勇者をはじめたころだったな……」


「じゃあきっとそうよ!」


 カレーノは両の手のひらを合わせてぱあっと笑い、


「あなたはプレッシャーにやられていたんだわ。それが癖になって毎回そうなっていたの。だからわたしが治してあげる」


「治すって、どうやって?」


「自信を持てばいいのよ。もういまさら戦闘の緊張なんて慣れたでしょう? あなたにあるのは漏らしちゃうかもっていう不安。メンバーを変えてふだんと違う状況になったら治るかもしれないわ。それまで一緒に動いてあげる」


 ううん……そういうものなのか? おれは医療にはうといからなぁ。

 傷の手当てやら解毒剤やらは最低限知ってるけど、精神的にどうとかいうのはさっぱりだ。


「ね、そうしましょう」


「……まあ、そこまで言ってくれるんなら助けてもらおうかな」


 おれは甘んじて受けることにした。

 女の世話になるなんてどうかと思うが、たぶんそれしか方法はねえ。


「よろしくね、ベンデル」


 そう言ってカレーノは手を差し出した。


 おっと、握手か。

 ちっとドキドキしちまうな。なんせおれは家族以外の女には触れたことがねえんだ。

 それがこんな美人となんてよ……


「よ、よろしく、カレーノ」


 おれは自然体をよそおって手を握り返した。

 しかしこの感触……しっとりして、すべすべして、おおう、こいつおれを見てニコッと微笑みやがった!


 お、おれ、このひとといっしょに組むのか?

 いいのか? おれみてえなヤツがそんな、うれしいけど……い、いいのかあ〜!?

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