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28 甘〜い夜

 おれたちはナーガス軍に入隊した。

 本来の目的は自分たちの仲間を増やすことだったが、まあおなじことだろう。

 どっちも魔王を倒すつもりで動いてんだ。

 よく「卵が先か、ニワトリが先か」っていうだろ。そういうことだぜ!


 とりあえず今夜は城の一角で寝泊まりさせてもらえることになり、明日城下町にある勇者用の詰所を貸してもらえることになった。

 なんでもこれから来るであろう各地の勇者を泊めるために、掘っ立て小屋を建設してるらしい。


「スキルに頼らず、魔王を捕獲か……」


 これからメシをちょうだいするというところで、オンジーが通路を歩きながら言った。


「はたしてうまく行くだろうか……」


 はあ、なにしみったれたこと言ってんだ。

 うまく行くも行かねえも、やってみなきゃわかんねえだろ。

 明日のことはだれにもわかんねえんだぞ。


「ナーガスはあの巨大なドラゴンと戦っていないだろう」


 そうらしいな。

 あのあとヒットリーミ女王がいろいろ話してくれた。


 おれたちの街オーンスイが襲われたあの日、ここナーガスには大量の魔物が押し寄せた。

 主に北から、大地が魔物で埋まるほどの大群が群がってきた。

 ぜってえ門を突破されるわけにゃいかねえから、勇者とナーガスの軍がいっしょになって防壁の外を守り、空からのヤツも弓矢やら投石機やらで応戦した。

 街に入ったヤツが市民を襲うこともあったが、とにかくがむしゃらに立ち向かった。


 そうして数時間経つころ、突如魔物どもの顔つきが変わり、一斉に退去した。

 まるで火の始末を忘れて出かけた主婦が慌てて帰宅するみてえだったっていうから、おもしれえ。

 時刻を聞くと、ちょうどおれたちがドラゴンを撃退したあたりだから、たぶん魔王が撤退命令を出したんだろう。

 それ以外に攻めを中断する理由がねえ。


「あのドラゴンは恐ろしい。たとえ大軍を備えても、あれに襲われたらひとたまりもない。せめて信じてくれればなあ」


 爆薬でも軽傷で済む巨大ドラゴン、炎もろくに効かねえ巨大ワーム、そして魔物を操る無敵の魔族。

 こいつらが出て来たら、数を集めたところでまともに戦えねえ。

 よほどうまくやらねえと、無駄に殺される人数が増えるだけだろう。


 オンジーはこのことを女王に話したが、


「そう話せば”無敵泣き虫(ビクトリー・クライ)”とやらを信じるとでも思ったか? なるほど、ひとは不安に動かされるからな。冷静になれば信じるに値しない嘘でも、もしかしたら、と思ったら、こころに恐怖が根づき、無視できなくなる。バカならそれで動いたかもしれんが、わたしはリアリストだ」


 と一蹴(いっしゅう)されちまった。

 あーあ、こいつ心象悪いぜ。

 その点おれは気に入られた。


「おもしろい男だ。こんなところで真っ先に酒の心配とはな。そのうえ次に気にするのが女の菓子と便所とは笑わせてくれる。案外こんなざっくばらんなヤツが軍には必要なのだ。気に入ったぞ」


 なんでも真面目なヤツは軍事に必要なことばっかで、人心に関わる細かい話をないがしろにするから、おれみてえなヤツがいねえと乱れに繋がるんだそうだ。

 よくわかんねえけど、つまりおれは天才ってことよ。

 いやー、見るひとが見るとわかるんだね。立派な女王様だわ。

 リーダーの資質バツグンだぜ。


 それに比べて、うちのリーダーはいじけたやろうだ。


「あのバケモノ相手に”無敵泣き虫(ビクトリー・クライ)”抜きで挑むのは危険だ。ここはしっかりベンデルを計画に入れて考えないといけないのに……」


 ……こいつバカだな。

 そりゃまあおれの”無敵うんこ漏らし(ビクトリー・バースト)”を使えば圧倒できるだろう。

 でもスキルは五分、十分で効果が切れちまうんだから、魔王と会ったときにしか使えねえ。

 結局はあのバケモノどもと生身で戦うことになる。

 はなから無理でやってんじゃねえか。いまさらなに日和(ひよ)ってやがる。


 まあいいや。とりあえずメシだ、メシ! それと酒!


 おれたちはクソ広い食堂で席に着き、夕飯を出してもらった。

 いやあー、ありがてえね。ひさびさのパンと野菜だ。

 もちろん肉もあるし、酒もひとり一本配られた。

 配膳した兵士がうらめしそうに、


「本来ならこんなことはない。しかも全員に一本とは、特別扱いにもほどがある。女王様のはからいに感謝するんだぞ」


 と言ってきたが、ならてめえもお願いしてみろってんだ。

 どーせなにもしねえでぐちぐち文句垂れてんだろ。

 へへー、おれはちゃーんとお願いして、この通り酒をちょうだいしたぜ。


「メシが終わったら菓子が出るからそのつもりでな。まったく、なんでこんなヤツらに……」


 お、忘れねえでいてくれたんだな。カレーノもうれしそうだ。

 おれもだぜ。しばらくぶりの甘えモンは想像しただけでわくわくする。


「それじゃ、いただきますかー!」


 おれたちはひさびさのちゃんとした料理に舌鼓(したづつみ)を打った。

 こりゃうめえ。調味料で味つけして、焼くだけじゃなくて煮たりスープにしたりしてやがる。パンもふっくらだしよお。

 肉が多めだから酒にも合うし、いやはや、ナーガスに来てよかったぜ。

 キレジィちゃんに感謝しねえとな。

 じゃなきゃターモクティーキに行ってたかもしれねえ。


 ……しかし困ったな。

 すぐに酒がなくなっちまった。一本じゃ少ねえや。

 もう一本持って来てもらえねえかなあ……およ?


「なんだカレーノ、酒飲まねえのか?」


 おれの照準はカレーノの酒びんにロックオンした。

 まだ栓を抜いてねえ。

 なんとかして奪えねえかな。


「わたし、お菓子といっしょに飲みたいから」


 あ、そーか。こいつ甘いもんで酒飲む変態だったな。

 ちっ、じゃあ奪えねえや。


「よかったら半分飲む?」


 ほひゃっ!?


「あなた、わたしのためにお菓子をもらってくれたじゃない。あのとき、おトイレのこと言われてつい殴っちゃったけど、すごくうれしかったわ。だって、わたしのことそんなに気にしてくれるなんて思わなかったから」


 あー、そういやそんなこともあったなあ。

 でも酒もらえるって聞いたら、痛みなんて忘れちまったぜ。へへっ。


「いまさらだけど、ありがとう」


 なーに、いいってことよ。

 それよりおめえ、美人だなー。まるで天使みてえだ。

 いや、たぶん天使よりきれいなんだろうぜ。

 結婚してねえのがおかしいくらいだ。

 あーありがてえ。


 おれはカレーノから酒をもらい、きっちり半分飲んだ。

 それに合わせてメシも食い終わって、やがて菓子が運ばれてきた。


 小せえクッキーが三つと、カステラがひと切れ。

 目の前に置かれただけで、ふわあっと甘いにおいがして、思わず頭が溶けそうになっちまった。


 んで、クッキーをひとつ食ったら、なんと!


「これ、はちみつじゃねえぜ! 砂糖使ってやがらあ!」


 砂糖っつったら高級品だ。しかもいまじゃほとんど手に入らねえ。

 それを三十人に行き渡るほど使ってくれるたぁ、太っ腹にもほどがあらあ!

 くうー、涙が出そうだぜ。


「うめえなあ、カレーノ!」


「ええ!」


 と元気に応えるカレーノの食い方は、ちと貧乏(びんぼう)臭かった。

 酒に合わせて食うためか、ネズミみてえにちまちまかじってやがる。

 それじゃうまくねえだろ。


「甘くておいしいわ。わたし、しあわせ」


 そうかい? それならいーんだけどよ。

 ……でもそんなんじゃつまんねえだろ。


 ………………ちっ、見てらんねえや。


「なあ、おれの分も食うか?」


「えっ!?」


 こいつ、びっくりして目ン玉飛び出してやがる。

 まあ、驚くのも無理はねえけどよ。

 だってこんな贅沢品、ふつうならだれにも渡したくねえ。


 けどよ、こいつはおれに酒をわけてくれた。

 それに甘えもんが好きなのに、みんなを守るために、とうがらしを食いまくった。

 なんどもなんども涙を流しながら、つらい思いをして戦ってくれた。

 少しくれえ、いい思いさせてやったっていいじゃねえか。


「そんな、悪いわ。あなただってたのしみにしてたでしょう」


「いいから食えよ。おれァ甘えの好きじゃねえんだ」


「ベンデル……あなたってひとは……うう……」


 おい、泣くなよ! 酒はたのしく飲むもんだぜ!

 ああもう、女はめんどくせえなあ!

 ガブっといけ! ガブっと!


「ふわああ〜〜、しあわしぇ〜〜」


 そうかい、そりゃよかった。

 おーおー、にんまり笑って、ほっぺたが天井まで届きそうだぜ。

 目なんかとろけちまってよお。


 ま、よろこんでもらえてよかったぜ。

 しっかしどーゆーわけか、こいつがよろこぶと気分がいいなあ。

 今後も菓子が出たらわけてやるか。

 もっとも、その分酒をいただくけどな! わははは!

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