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26 大都市ナーガス

 ワーシュレイトに出てから十日目、おれたちはついにナーガスが見えるところまでやって来た。


「長かったな……」


 おれは歩き疲れてくたくたの体で言った。

 遠くの地平にうっすらとナーガス城が見える。


 ……しかし疲れた。

 なんせ十日間歩きっぱなしだ。

 歩いても歩いても草原で景色はかわらねえし、途中で魔物が襲ってくるたびに荷物置いて出迎えて、疲れた体で戦って、そんで終わったらまた荷物のとこまで戻って、それの繰り返しだ。


 そんで寝床は草だしよお。見張り立てながらの交代仮眠だからゆっくり休めやしねえ。

 雨が降らねえでくれて助かったぜ。もしびしょ濡れになって風邪でも引いたらおしまいだ。

 オンジーのやろうはそこまで考えてたのか? いいかげんな段取りしやがって。

 いのちかかってんだから、ちゃんとしてくれねえと困るぜ。


 ま、はじまっちまったことはしょうがねえ。

 ぐだぐだ考えてねえで行くか。

 ここまで来たらもう、あとも先もねえよ。


 おれたちはひたすら前進した。

 これまでと違い、はっきりと目標が見えるってのが気持ちを楽にしてくれた。

 あとはキレジィの言う通り、ひとがいてくれりゃいいんだけどなあ。


「やっと体が()けるわ。もう汚くていや」


 カレーノは自身の体をまさぐるように掻きむしった。

 そうだなぁ、おれも無精(ぶしょう)な方だけど、こうずーっと水浴びもなにもしねえで、おなじ服着っぱなしだと気持ちわりいや。


「まだわからないぞ。魔物の巣になっているかもしれない」


 オンジーはあくまで疑いの念を忘れなかった。

 まあ、わかんなくもねえけどよ。

 なにせここに来る道中、三つほど滅びた街を見つけた。どうやら魔物にやられたらしい。

 その証拠に腐った死体がごろごろしてやがった。

 骨になってねえってことは、そこそこ新しいもんだろう。

 魔王の襲撃があったのは二週間くれえ前だから、ぼちぼち時期も合う。


 オンジーが警戒するのは決して臆病だからじゃねえ。

 こいつはでけえドラゴンにも立ち向かう勇敢な男だ。

 ましてやあんな悲惨な現実を見たあとじゃ警戒しねえ方がおかしい。


 だが、若さかねえ。

 カレーノはなんでもないことのように言った。


「そのときは奪い返すだけよ。ああもう、早くゆっくりしたいわ。それにベッドで眠りたい。お野菜も食べたいし、パンもほしいわ。それに、ああん、甘いお菓子が食べた〜い」


 それを聞いた途端、全員ののどがゴクリと鳴った。


 あ、甘い菓子……

 食いてえなあ。ここんとこ焼いただけの肉しか食ってねえから、甘いもんがほしくてしょうがねえ。

 記憶が口の中に蜜や果物の甘味を思い出させやがる。

 う、食いてえ……!

 ふだん甘いもんなんてとくに食いたくならねえのによ!


 それにパン!

 いまにして思えばあんなうまいもんはねえ。野菜もそうだ。

 つまらねえものとばかり思っていたが、いざなくなると体が求めていることがわかる。

 肉はいいからパンと野菜だ。それと菓子!

 うわあー! 口ン中がつばでいっぱいだ!


「うおー! 菓子ー!」


 おれは叫びとともに駆け出した。もう食いたくてしょうがねえ。


「あ、待って! わたしもー!」


 カレーノも駆け出し、ほかの勇者たちも雄叫びと土煙を上げてあとに続いた。


「お、おい! みんなもっと気を引き締めて! おーい!」


 オンジーはおれたちを落ち着かせようとしたが、そんなことじゃ止まらねえよ。

 なにせ食欲は人間最大の欲求だ。いのちの(みなもと)だ。

 文句があんなら言い出しっぺのカレーノに言うんだな!

 まあ、みんなすぐ疲れてゆっくり歩き出したんだけどよ。

 まだ城が遠くに見えただけで、ずいぶん距離があっからな。


 そんなこんなで数時間歩き、そろそろ日が沈もうってころ、おれたちはナーガスにたどり着いた。


 いやあ、でけえ街だ。

 城下町を囲む防壁は三階建ての施設くれえ高くて、それがずーっと広がってやがる。

 真ん中から突き出るナーガス城も立派なもんだ。

 西日を浴びてオレンジ色に染まってるとこなんかかっこいいじゃねえか。


「ここが三千人都市、ナーガスか」


 とオンジーが言った。

 へえ、三千人か。おれがいた町はどんなもんなんだ?


「三百人ちょいだ」


 はあ〜、じゃあ単純に見て十倍か。

 うちもけっこうでけえと思ってたけど、規模が違えや。


 ところで魔物がいる様子はねえが……ひと住んでんのか?


 ……と思ってでっけえ門に近寄ると、


「おーい!」


 上の方から声がした。

 見ると、弓を片手に兵士が手を振っていた。


「おまえたち、増援に来てくれたのかー!?」


「……ひとだ!」


 そう、ひとがいた。そこには紛れもなく生きた人間が立っていた。

 おれァ思わず感動しちまったぜ。

 だって、本当だったんだ。あのキレジィとかいう魔族の言う通り、ナーガスはこうして無事残っていたんだ。

 ああ、ありがてえ。これで酒がありゃ最高だ。


 もちろんよろこんでるのはおれだけじゃねえ。


「ひとだ! ひとがいるぞ!」


「ナーガスは無事だったんだ!」


 ほかの勇者たちも大いにはしゃいだ。

 男のくせに手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねてるヤツまでいた。

 きっとヤツらも酒があると思って盛り上がってんだろう。


 そんな中、オンジーは真面目な顔で叫んだ。


「おれはオンジー! ヴェンザ地方のオーンスイから来た! ナーガスは無事か!?」


 それに対し、兵士はこう答えた。


「ああ! 二週間前の襲撃じゃだいぶやられたが、無事要塞の(てい)を保っている!」


 おお、そりゃあよかった。

 てことは街も機能してるってことだな。

 酒が飲めるぜ!


「とりあえず中に入れてもらえないか!? 長旅で疲れている! それに話もしたい!」


「わかった! 門を開けるから(すみ)やかに入ってくれ!」


 開門だ! そう兵士が叫ぶと、外開きのでけえ門がガコンガコン音を立てて開いた。

 それを見た勇者たちが次々に気の抜けた声を漏らした。

 防壁の内側に入れるってだけで安堵してんだろう。

 これまで気の休まるときなんてなかったからなあ。

 うれしいからか、みんな軽口叩いて、仲間の肩に拳をぶつけて笑ったりしてやがる。


「早く入れ! 入ったらすぐに閉めるぞ!」


 おれたちは兵士に急かされ続々入門した。

 言われなくたって入るさ。こっちは疲れてんだ。

 入るなっつわれたって入ってやる。


「あ、見て。ワイバーンが……」


 ふと、カレーノが空を指差し言った。

 なにかと思って目を向けると、おれたちにつきまとっていたワイバーンが東の空へ飛んでいくのが見えた。


 ふーん、なんでだ? もう見張りは必要ねえってのかい?

 なんでもいいや。やっとストーカーがいなくなってスッキリしたぜ。


 とにもかくにも、酒! メシ! 食いもん!

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