25 平原地獄
翌朝になっても進路は決まらなかった。
「キレジィの言葉は真実かしら」
「本当だとしても罠の可能性は否定できない」
オンジーとカレーノは、ナーガスかターモクティーキかで、うだうだうだうだずーっと話し合っていた。
まったく、いつまで悩んでんだ。
スパッと決めねえか、スパッと。
で、おれはもうめんどくせえから言ってやった。
「ナーガスに行くぞ! はい決まり!」
「なぜだい?」
オンジーもカレーノも、おれがあんまりはっきりしてっから、不思議そうに顔を覗き込んできやがった。
ちなみに理由は簡単。酒があるかもしれねえからだ。
だってほら、昨夜ぜんぶ飲んじまっただろ。
酒がなきゃ旅がおもしろくねえ。でももしナーガスにひとがいるなら酒を備蓄してるに違いねえ。
じゃあナーガス行きてえじゃねえか。
でもそれをそのまま言ったら文句言われるのは目に見えてる。
おれはバカじゃねえんだ。
で、テキトーにそれっぽいことを言ってやった。
「でっけえドラゴン、でっけえワーム、すげえ動きの黒い狼。あんなのが今後も出てくるとすりゃ、ちと勝ち目がねえ。それに世界のほとんどは魔物の領域だろ。ならそこの魔物すべてが敵として襲いかかってくるに違いねえ。ならこっちも軍隊が必要だろう。ナーガスはワーシュレイト最大の都市なんだろ? 大量の増員が期待できるわけだろ? なら行くしかねーじゃねえか」
「ふうむ……」
「そうね……」
ふたりは腕組み考え、最終的には、
「そうしよう」
となった。
へへっ、テキトー言ってみるもんだな。
おっしゃあ、これでまた酒が飲めるかもしんねえ。
頼むぜナーガスさんよお。いい具合に酒を置いといてくれよお〜。
つーわけでおれたちは旅を再開した。
上空じゃまだワイバーンが飛んでいたが、そんなん気にしてたらどこにも行けねえ。
とにかく進め、いざ行けレッツゴーってんだ。
しかしおれたちはまだ平原の真の恐ろしさを知らなかった。
平原には恐るべき地獄が待ち構えていた。
そう、人間ならだれも逃れることのできねえ恐怖——とくに、女にはよ……
それは平原を進んで半日もしねえうちに訪れた。
上空のワイバーンが教えるのか、日になんどか魔物の群れが遠くから寄ってきて戦闘になった。
だがこれは問題ねえ。むしろありがてえくらいだ。
食える魔物は食糧になるし、しかもスライムっつー液状の魔物が混じってくれてやがる。
スライムはうまく処理すりゃ飲み水の代わりになるんだ。
川がねえ長旅においちゃ天からの救いといっても過言じゃねえ。
襲撃っつーより恵みだ。
問題は食ったあとだ。
生き物はみんなしょんべんをするし、クソも垂れる。
これまでは森の中を歩いていたから、ところどころ茂みがあって隠れてできた。
まあ、百歩譲ってしょんべんは困らねえ。
だがクソは難しい。
なにもさえぎるもののねえ中で、みんなとおなじ視界の中でしなきゃならねえんだ。
不思議なもんでよお。立ちションって見られても別に恥ずかしくねえだろ?
でも野グソはそうじゃねえ。すんげえ恥ずかしいんだ。
嘘だと思うならやってみな。たぶんケツを出すことさえできねえはずだぜ。
それに拭く葉っぱがねえ。
だいたいクソっつーのはあらかじめ用意しておいたそれ用の葉で拭くもんだ。
便所に行きゃかならずあるだろ。
でもそれがねえ。だからクソしたくても、たま〜〜〜〜に生えてる木の葉っぱを取って、それも毒がねえことを確認してからじゃなきゃ使えねえ。
おれはいちど後悔したぜ。
どうしてもしたくなっちまったから、その辺に生えてる細い草でケツ拭いたんだ。
したらぜんぜんうまくいかねえのよ!
いやー、参った。それがわかってからは、途中見つけた木は切り倒してみんなで葉っぱのむしり合いだ。
全員われ先にと言わんばかりに葉っぱを取るの取るの。
焚き火用に枝も集めるから、残された木はほとんど”はだか”になっちまったぜ。
ただまあ、これはあくまで男の苦労な。
カレーノは悲惨だぜ。
だって、女だからよ。
「あなたたち! 絶対! ぜえーーーーったいこっち見ないでよ!」
いちいちうるせえよなあ。ひとがクソするとこなんて見たかねえっての。そもそも汚ねえだろ。
中にはそーゆうのが好きな変態もいるみてえだが、おれにはまったく理解できねーぜ。
それに丈のある草の隙間に潜ってすんだから見えねえだろうよ。
ずいぶん遠くから大声でお叫びになりますなあ。
「きゃあー! 虫ー!」
え、どうしたって?
「いやああーー! こっち見ないで! いやああーー!」
あーららら、女は大変だねえ。
おれァ男に生まれてよかったぜ。こんなことで泣いたりしねえで済むからな。
「うう……ぐすん」
用が終わって戻ってくると、カレーノは決まって半泣きだった。
顔を真っ赤にして、この世の終わりみてえな声で、
「もういやっ……」
と、なげき悲しんでいた。
バカな話だろ。これだけ聞きゃあ単なるおもしろい話だ。
だが問題は思ったより深刻だった。
何日かするとカレーノがまったくクソをしなくなった。
悪いがにおいでわかるんだ。
いくら離れててもクソの悪臭はうっすら風に乗って運ばれてくる。
気がつきゃ数日はにおってねえ。
ふとカレーノの腹を見ると、なんかぽっこりしてる気がした。
服の上からでもわかるくれえだから、かなり溜まってんじゃねえのか?
そういやこいつ、たまにすげえ苦しんでるけど、あれは腹痛とかいろんなもんを我慢してるからじゃねえのか?
……なーんか悲惨だなあ。たかだかそんなことのために苦しむなんてよ。
できることなら代わってやりてえ。
クソできねえ女を見ると妹のことを思い出すんだ。
病気で体が動かなくなって、クソできなくて苦しい苦しいってうめいて、そのまま死んじまってよお。
悲しいったらなかったぜ。
あのときおれは、本当に代わってやりたかった。
それで助かるたァ思わねえけど、せめてクソできねえ苦しみを取り払ってやりたかった。
そういやその憐憫が原因でおれにはオート・スキル”うんこ吸収”が備わったって女神が言ってたっけな……
……あ、そーかあ! おれはひとのクソを吸収できるんだっけ!
以前こいつがとうがらしの食い過ぎで腹痛を起こしたときも、おれが代わりに出してやったっけ!
よーし、ここはおれが代便してやるぜ!
(こいつのクソをおれによこせ!)
そう念じた瞬間、
——ドムン!
「ぐおおおっ!」
こ、こいつ……どんだけクソ溜めてやがんだ! うわあああああーー!
「あれ? ……お腹が?」
「うぐぐぐぐぐ!」
「ど、どうしたの!?」
「わりい! おれクソしてくる!」
「やだ! 汚い!」
なにが汚ないだ! てめえのクソだぞ!
うっ、うがああ! 腹がーー! 腹がやべええーー!
「ちょっと! そんな近くでしないでよ! サイテー!」
そんなこと言ってる場合じゃねえんだーー! ぎえええええーー!
つーかこいつよくこんなにクソ我慢できたな!
女は出産の激痛にも耐えられるほど痛みに強いって聞いたが、どうやら本当のよう……
そんなこと考えてる場合じゃねえ! うおおおおおおおーー!
「いやあーー! サイテー! あんたほんっとサイテー!」




