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24 最後の酒場

 夕方、おれたちは森を抜けた。

 歩くごとに木々の間隔がまばらになっていき、最終的に一面の平原へと変わった。


「やっとだ。やっとワーシュレイトに出たんだ」


 おれたちは開けた視界に安堵し、手放しでよろこんだり、疲れてへたり込んだりした。


 オーンスイを出てから四日間、苦労の連続だった。

 いつ魔物が現れるかわからない、樹々に囲まれた空間で、緊張のしっぱなしだった。


 とくに寝るときがひどかった。

 なんせぐっすり眠っちまったら突然の戦闘に対応できねえ。

 だから寝たのか寝てねえのかよくわかんねえのを、ひと晩になんども繰り返すしかねえんだ。

 神経使ったぜ。

 それに実際、けっこう叩き起こされたしよ。


 でもこれからは楽になる。

 この広い平原なら魔物が遠くでも視認できるから、見張り以外はちゃんとした眠りにつける。

 もちろん向こうからも見えやすくはなったが、大事なのは戦闘開始まで時間があるってことだ。


「で、これからどうする?」


 おれは真っ赤な夕日を浴びながら、言った。


 当初オンジーは西のナーガスに行って人類の生き残りを集め、そこから魔王城を叩くと言っていた。

 しかしカレーノは東のターモクティーキに向かい、最短ルートで行くべきだと主張した。

 どっちが正解かはわからねえ。


「キレジィというヤツは信用できるのか?」


 オンジーは腕を組み、ううむと(うな)った。


「本当にナーガスに戦士がいるなら、ぜひ増員を募るために行きたいところだが、なにせ魔族の言うことだ。罠の可能性がある」


「でも目の前で似顔絵を破ったぜ?」


「君はそれが似顔絵の”写し”だとは考えないのか?」


 ……? よくわかんねえ。

 似顔絵ってのはひとの顔を写した絵じゃねえのか?


「だから……君の顔を写して一枚描いて、それを元にもう一枚描いてフェイクを作り、それを破ることで味方に見せかけた可能性があると言ってるんだ」


 うーむ、そんな手間のかかることするか? だって似顔絵って難しいぜ。

 おれもガキのころ姉さんを描いたことあるけど、人間とは思えねえものができた。

 それを二枚描くっつったら大仕事だろ。


「ああ、君と話しても(らち)が明かない。カレーノはどう思う?」


「わたしは……ナーガスに行くべきだと思う」


「なぜだい?」


「あの黒い狼、すごい動きだったわ。これまで戦った魔物なんて目じゃないくらい素早かった。もしわたしがあの子の立場なら、罠なんか仕掛けず、お酒飲んで話してるところをさっさと襲っちゃうと思う。どんな無敵のスキルだって発動するまで()があるし、失敗してもあの速度なら簡単に逃げ出せるもの。それに……」


「それに?」


「あの子……なんとなくだけど信用していい気がするの。肌も青いし、目も赤いし、魔物に乗っていたけど……どうしてかしら、悪意とか殺意が感じられなかったわ」


「ふうむ……」


 オンジーはあごに手を置き悩んだ。

 カレーノも、ナーガスに行くべきだとは言うが、その決定的理由が示せないでいる。

 おれァどっちでもいいよ。どうせ今夜はここで休みだ。

 なにごとにも区切りってもんが必要だからな。

 視界の広いとこで()き火を焚いて、ボアの肉でもあぶって食おうぜ。

 酒ならまだ残ってっからよ。

 ひと晩経ちゃあ、なにかしら決まんだろ。


 そんなわけでおれたちは夜営をすることにした。

 どうやらみんな食える魔物の肉をけっこう集めといたらしく、食う分とは別に煙でいぶして燻製(くんせい)にしていた。


 そうか、ここから先は木があまりねえから焚き火も難しくなる。

 となると長期に備えて保存食を作っとかねえといけねえ。

 それに水も不安だ。

 食いもんも大事だが、飲み水の確保はもっと大事だからな。


 そこでおれは天才的ひらめきにより、みんなに酒をあげちゃうことにした。

 もちろんタダじゃねえぜ。保存食と交換だ。

 これで空きビンができるから、明日の朝にでも森の小川で水を汲めばいい。

 飲み水、保存食を確保し、しかもみんなによろこんでもらえる。

 これを天才と呼ばねえでなんと呼ぶってんだ。


 それにやっぱりみんなでわーわー飲んだ方がたのしいしな。

 あーたのしい! 飲んで食って、飲んで食って、まるで宴だ!


 おれたちゃ盛大に盛り上がり、とうとう歌い出した。

 こんなところで火を焚いてるうえに歌まで歌ったら魔物に見つかりやすくなって危ねえが、そんなん気にしねえほど酔っ払っちまってんだぜこっちはよー! わははは!


「ホンット、男って子供ね」


 なーんてカレーノが言いやがったが、それがどしたー! 子供でわりーかー!


「ちょっと、オンジーからもなにか言ってやってよ。魔物に襲われたらどうするのって」


 とカレーノはどんちゃん騒ぎを止めようとしたが、なぜかオンジーはフフフと笑い、荷物のところに向かった。

 なにしてんだ? カレーノも困惑してんぞ?


 おれは歌から抜けて、カレーノ共々きょとんと様子を見ていた。


「おっさんなにしてんだ?」


「さあ。酔ってるのかしら」


 やがてオンジーは戻ってきた。

 手にはやけに小せえギターが握られていた。


「ギター……にしては小さいわね」


「ミニギターだ。本当は一番のお気に入りを持ってきたかったが、そうもいかないだろう」


 そう言ってオンジーは座り、ミニギターを弾きはじめた。

 おや、ずいぶんうめえじゃねえか。歌のリズムにスッと入って見事に合わせてやがる。

 それに気づいた飲んだくれどもはよけいに盛り上がって、踊るヤツまで出はじめた。


 おれとカレーノは隣に座り、話を聞いた。


「すごい上手(じょうず)ね。プロみたい」


 オンジーは弾きながら応えた。


「おれは”流し”を目指していたからな」


 流し?

 流しっつーと、酒場なんかを楽器持って回って、客のリクエストを弾き語りするっつーアレか?


「親父が飲んだくれでな。ガキのころから酒場を連れ回されてたんだ。お袋も死んでいなかったしな。肉が食えたのはうれしかったが、なにせ荒っぽいところだろう? 怖かったし、つまらなかった。けど、流しの歌だけは大好きだった。当時は多かったんだ。いまじゃほとんど見なくなったが、酒場にはかならずいた。すさんだ空気も流しが歌えば一発でたのしい空気に変わる。ケンカしてたヤツらもつい耳を向ける。それを見て、いつかおれもこのひとたちみたいになりたいって思ったんだ」


 へえ、でもこいつの歌、クソ音痴なんだよなあ。


「フフッ、ギターはそれなりに弾けるようになったが、歌だけはガキのころからダメだった。けっこう努力したんだけどな。それでいつからか衝撃波が出せることに気づいて勇者になったってわけだ。荒っぽいことはきらいだったんだけどな……ま、流しも絶滅しちまったし、時代の流れだろう」


 ふーん、こいつも苦労してんなあ。


「なあ、カレーノ。歌ってくれないか?」


「へ、わたし?」


「男はいつだって女の歌に癒される。流しも男より女の方が人気だった。な、少しくらいいいだろう。流しの”まねごと”したってさ」


 オンジーはなんだかさびしそうだった。

 夢を叶えられなかったことを思い出したのか、歌えない自分が哀しいのか……


 ……いや、違えな。

 これが最後なんだ。

 こうして死を覚悟した旅に出て、明日にでもいのちを失うかもしれない、もう二度と(うたげ)は訪れないかもしれない、そんな中で気まぐれにはじまったこのどんちゃん騒ぎが”流し”をできる最後の酒場なんだ。


 カレーノもそれがわかったんだろう。


「……夜を待つ、弾ける?」


「ああ、いい歌だ」


 ギターがジャカジャンと強く鳴り、止まった。

 歌っていた勇者たちが静かに視線を集め、コホン、とカレーノがのどを鳴らした。


 ギターからはじまり、カレーノが乗った。




 ♪——朝が来れば日が昇り、男たちは旅へ出る。


 残る女はみなだれも、夜を望んで日を過ごす。


 太陽なんて来なければ、ずっと隣にいてくれるのに。


 甘い言葉は夜にだけ。光が満ちればいくさの言葉。


 だから女は夜を待つ。すべての支度をととのえて。


 すぐに隣に座れるように、すぐに隣で眠れるように。


 だから女は夜を待つ。愛しいひとと()う夜を。




 きれいな声だった。

 歌の良し悪しなんぞ、ろくにわからねえおれでも、思わず聴き()れて、胸がじんとしちまった。


 みんなそうだった。


 ある男は泣いていた。

 きっと残してきた妻や家族を思い出したんだろう。


 ある男は遠い目をしていた。

 遠い旅に出た自分を重ねているのかもしれねえ。


 ある男は胸に手を当て聴き入り、ある男は小声でともに口ずさみ、飲みすぎたヤツは寝ちまった。


 ……たまにはこういうのもいいな。

 女の歌を聴きながら飲む酒も悪くねえ。

 とくに、こいつの歌はなんだか()みる。

 聴いてるとうっとりして、あったけえ気持ちになる。


 悪くねえ。悪くねえよ。


 こうしておれたちは夜を過ごした。

 酒がなくなるまで、オンジーがギターを鳴らし、カレーノが歌い、そしてみんなで合唱した。


 おれは、無事魔王を倒したら、またこいつらのギターと歌を聴きながら酒を飲みてえと思った。

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