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23 望むは望まざること

 おれは両手を広げ、にこやかに抱擁(ほうよう)を待った。

 別に男に抱かれてえわけじゃねえ。

 でもほら、こーゆうときはみんなヒーローにまとわりついたり胴上げしたりするだろ?

 ならこっちからお迎えしてやらねえとな。


 ……と待ち構えていたが、


「バカやろー!」


 オンジーがおれの胸ぐらをつかみ、血相を変えて怒鳴りやがった。

 なんで!? おれは敵をぶちのめしたんだぜ!?


「君はなにを考えているんだ!」


「なにがだよ! おれはやったぜ!?」


「君のいのちが一番大事だってなぜわからない!」


 はあ? わけがわかんねえよ。


「君はカレーノを助けるために敵のど真ん中に突っ込んだな! なぜそんなことをした!」


「それのなにがいけねえんだよ! あのままじゃカレーノ死んでたぞ!」


「カレーノは死んでもいいんだ!」


 はあ!?


「な、なに言ってんだてめえ!」


「まだわからないのか! おれも、カレーノも、ほかのみんなも替えが効く! おれたちは君を魔王の元へ連れていくためなら全員死を覚悟している! だが、君だけは絶対に死なせるわけにいかないんだ!」


「なんでだよ!」


「君以外に魔王を倒せる人間はいないからだ!」


「——!」


 そういうことかよ……

 なるほど、言いてえことはわかる。わかるけど……


「でもおれは死にそうなヤツを見殺しになんかできねえ!」


「見殺しにしろ! 自分のいのちを最優先に考えろ!」


「ふざけんな!」


 おれは怒り爆発だった。

 見殺しにしろだと? できるわけがねえだろ!


 おれはオンジーの胸ぐらをつかみ返し、デコをガチンとぶつけた。

 おれも、やろうも、宿敵みてえに睨み合った。


 が、それは女のひと声で終わった。


「ベンデル、オンジーの言う通りよ」


 カレーノがおれの腕をつかみ、なだめるように言った。


「わたしたちは死んでもしょうがないわ。でも、あなただけはなにがあっても生きなくちゃいけないの。人類のために、わたしたちのために」


「カレーノ……」


 おれは、苦い気持ちを引きずるように、ゆっくりと手を引いた。


 気に入らねえ。まったくもって気に入らねえ。

 けどカレーノの目を見たらなにも言えなくなっちまった。


 悲しげな笑顔だった。

 微笑んでいるはずなのに、失意のドン底みてえに眉が垂れ下がっていた。


「けっ、くだらねえ」


 おれは置き捨てたリュックの元に向かい、中から一番高え酒を抜いた。

 ふつうの酒だが、バーのマスターのぼったくりで高級酒並みに値段の吊り上がったヤツだ。

 栓を抜いてラッパ飲みだよ。

 オンジーのせいで場がしらけちまって、だれも胴上げしに来ねえし、あー気に入らねえ。


 でもそんな中、ひとりおれの傍に立つヤツがいた。


 カレーノだった。


「ベンデル……」


「なんだよ」


「……ありがとう」


「え?」


「あなたがいなかったら、わたし死んでた……死ぬ覚悟はしてたけど、やっぱり怖かった。すごく、怖かった……」


 ぎゅっとつぶったまぶたから、ポロポロと涙がこぼれた。

 せき止めた感情があふれるみてえに、肩を震わせ、嗚咽(おえつ)を漏らした。


「たりめーだ」


 おれはため息を吐くように言った。


「死ぬのが怖くねえヤツなんていねえ。助けてあたりめーだ」


「ごめんなさい……でも、ありがとう」


 そう言ってカレーノはおれの手を握った。

 酒を持ってねえ方の手を、両手で包み込むみてえにした。

 血の通った、あったけえ手だった。


「カレーノ……おめえも飲むか?」


 おれは酒ビンを差し出した。

 カレーノは、こんどは本当に微笑み、ゆっくりかぶりを振った。


「ううん、甘いものがないから」


「そうか。じゃ、しゃーねーな!」


 そう言うと、ふたり、ケラケラ笑った。

 こいつの笑顔を見たおかげで、オンジーにどやされたことなんて忘れてうれしくなった。


 やっぱおめえにゃ笑顔が似合うな。

 せっかくの美人なんだ。泣いてちゃもったいねーだろ、バーカ。

 つまんねえこと考えねえで気楽に笑ってりゃいいんだ。

 その方が生きててたのしいぜ。


「それにしてもやっぱりあなたすごいわ」


 カレーノはすっかり気を取り直し、鼻水をすすって言った。


「あのスキルがあれば魔王もきっと倒せるわね」


「そうかな? そーだよなあ? わははは!」


 おれたちはそんなふうに笑い合っていた。

 するとそこに、


「おそらくそうでしょう」


 どこからか女の声がした。

 うっすらと、聞き覚えのある声。


「その力があれば、魔王を倒すことができるでしょう」


 おれたちはハッと声の方を見やった。


 遠くの茂みに隠れるように、青い女がひとり、黒い狼にまたがっておれたちを見据えていた。


 キレジィだ。

 おれの似顔絵を描き、そして逃げ去ったはずの魔族だ。


「てめえは……」


 と言いかけたところで、キレジィはおれの似顔絵をふところから取り出し、正面に広げた。

 そして、


 ビリビリッ!


 と破いて見せた。


「なっ!?」


 なにをしてやがる! だってそれは、おれをターゲットとして覚えるための大事なもんだろ!?

 なんで破くんだ!? まさか気に入らなかったのか?

 けっこうよく描けてたぜ?


 キレジィはすっと右手を横に伸ばし、遠くを指差した。


「ナーガスに向かってください。まだ多くの戦士が残っています」


「なぜそれを——」


 と、おれが身を乗り出そうとすると、


「しっ!」


 キレジィは人差し指をくちびるの前に立て、おれを制した。

 そして上を指差した。

 おれたちの頭上高くにワイバーンが飛んでいた。


「多くは語れません。気づかれては困りますから」


 なんだいそりゃ。どーゆうこったい?


「あなたの力、見せてもらいました。ご武運を……」


 そう言ってキレジィと狼は消えた。

 めちゃくちゃ素早い狼だった。


「あのひと……何者かしら」


「さあな……」


 おれは酒をぐびりとあおりながら言った。


「ま、なんでもいいや。先を急ごうぜ。そろそろ森は飽きたぜ」

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