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22 死神は、ただそこに立つ

 わずかのあいだ、時が止まっていた。

 そう錯覚(さっかく)するほどの静寂(せいじゃく)がそこにあった。


 魔物どもはおれを取り囲んだままビタリと静止していた。

 イヴォージィは、かは、かは、と乾いた吐息をのどから漏らしていた。


 おれはただひたすらに湧き上がるパワーを感じながら、やけに冷静な自身のこころと向き合っていた。


 パンツが重い。

 衣類の下にひり出した湿り()のあるクソが、ずっしりとズボンを膨らませている。


 だが、それ以上に体が軽い。

 全身の筋肉があふれんばかりのエネルギーに満ち、いまなら小指で山を動かせる気さえする。


「てめえ、どうやらおれを殺すつもりでいたらしいな」


 おれは静かに言った。不思議とおだやかだった。


「しかし、殺せるかな?」


 おれはフッと笑った。おれらしくもねえ、弱者をいたぶるいやな振る舞いだ。


「うぐ、ぐぐ……」


 イヴォージィはここまで聞こえるほどの歯ぎしりをした。

 魔王を恐れさせるほどの敵が目の前にいるとなれば仕方のないことだろう。


 ヤツはプレッシャーに耐えかねるように「うおお!」と吠え、恐怖と怒りの混じった(かお)で叫んだ。


「魔物ども! こいつを殺せ! なんとしてでも殺せえーーッ!」


 だが、


「うが……う」


 魔物どもは動かなかった。

 みな怖気(おじけ)づいていた。

 ひと型のものはガクガクと足を震わせ、四足獣(しそくじゅう)前脚(まえあし)はたたらを踏んでいた。


 本能が悲鳴を上げているのだろう。

 ギロチンに(みずか)ら首を突っ込むヤツはいねえ。

 いまのおれは、死、そのものだ。


「なにをしている! 行けっ! 行けええーーッ!」


 イヴォージィの赤い目がギラリと光った。

 すると魔物どもから震えが消え、


「がおおおーっ!」


 猛々(たけだけ)しく突っ込んできた。

 なるほど、ヤツらは目を光らせると魔物を(あやつ)れるのか。

 そういや魔王もそんなことをしていた。


 しかし、不憫(ふびん)なまねをさせやがる。


 おれは魔物どもの突撃をすべて受け入れた。


 ただ突っ立っているだけ。

 それだけでいい。それだけで、すべて片づく。


 ヤツらは次々とおれに牙を向けた。

 軽く骨まで切り裂いてしまう、鋭い(やいば)の嵐がおれを襲った。


 だが、その切っ先が届くことはない。

 おれの体は無敵の輝きに包まれている。

 ゆえにおれは、傷つかない。


 そしてこの輝きに触れたものは灰になる。

 牙が触れた瞬間、爪を立てた瞬間、全身を灰色に染めて、いのちを失う。


 驚いたのは、直接触れなくとも、棍棒などの道具ごしに叩こうとしたものでさえ、おなじ目にあうことだ。

 どうやらトリガー・スキルは衣類や道具を生体の一部として反応するらしい。

 おれの服がずたぼろにならないのは、服までスキルで守られているからだろう。


 二度、三度の襲撃が続いた。

 その数だけ灰が舞った。


 二十匹は消えたかな。

 まだずいぶん残っちゃいるが、魔物から戦意が消え、イヴォージィも顔色を見るに無駄を理解したようだ。


 ——いや、絶望したというべきか。


「ちくしょう! ちくしょう!」


 イヴォージィの(ゆが)んだ口から()むような声があふれた。


「おれが手柄をとるはずだったのに! おれが一番ほめてもらえるはずだったのに!」


 けっ、ただ突っ立って命令してるだけのくせに、なにほざいてやがる。

 それもてめえの名誉欲のために突っ走ったんだろ?

 癇癪(かんしゃく)起こしたガキみてえなヤツだ。


 なんにせよ、てめえは終わりだ!


「うおおおおおおおっ!」


 おれはヤツに向かって走った。

 ふだんの何倍もの速度で脚が動いた。

 これもスキルの影響だろう。身体能力が飛躍的に向上している。


 ヤツの乗ったワームは背を向け、高速で逃げ出した。

 ばきばきと太い()()ぎ倒しながら、馬よりも(はや)くそれは這い進んだ。


 しかし、おれの方が疾かった。


 おれはワームの背中を殴りつけた。

 ブニッとやわらかい感触がすると同時にワームが灰色に染まった。


 そして、イヴォージィも。


「うわああ! これは! これはあっ!」


 ワームを道具として乗っていたから、スキルの効果が伝播(でんぱ)したのだろう。

 ヤツはガクガクと震え、死の色に染まった両の手のひらを凝視(ぎょうし)していた。


 顔を見なくてもわかる。絶望してるんだろう?

 多くの人間たちが魔物に襲われ、死の恐怖に震えたときのようによお!


 味わいやがれ! てめえらが振り撒いた暴力のむくいを!


「いやだあ! いやだああーーッ! わあああああーーッ!」


 ヤツの叫びがこだました。

 天まで届きそうな絶叫が、灰色になっても走り続けるワームの頭上から放たれた。


 そして、ぶわっと散り散りの灰になると同時にそれは終わった。

 自らが作り出した風に乗って、灰は濛々(もうもう)と舞っていった。


 おれはヤツの死を見届け、周囲を見回した。

 そこにあるのは勝利だった。


 魔物どもはまだ残っていたが、司令塔がいなくなったせいか、戦意を失い一目散に逃げていった。

 ありがてえことに味方の死者はいねえ。

 多少の怪我人はいたが、そんくれえはしょうがねえ。


「やったなベンデル!」


 あいつらが笑顔でわあわあ騒いだ。


「”無敵泣き虫(ビクトリー・クライ)”でやっつけたんだな!」


「あの魔族も倒したしよお! こりゃ本当に魔王を倒せるぜ!」


「ベンデル最高ー!」


 おいおい、やめてくれよ〜。照れちまうぜまったくよお〜。


 あ、まだ抱きつくなよ。おれはいま無敵なんだ。触ったらきっと灰になっちまうぜ。

 でも、もうそろそろパンツの中のクソが消えて……

 よし、終わった。虹色の光が消えて元に戻った。


 さあ、カモーン!

 握手、抱擁(ほうよう)、胴上げ、ほめ殺し、なんでもありだぜ!

 もっとも、おれの体はひとつしかねえから、ちゃんと順番だぜえ〜〜! まったくよお〜〜!

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