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20 平和の使者

 歩きはじめて今日で四日目になる。

 いつになったら森が終わるんだ。

 もうすぐ、もうすぐ、つってまだ草原に出ねえじゃねえか。


「なにせ魔物と戦いながらの旅だからな。さすがに今日あたりワーシュレイトに出ると思うが……」


 けっ、オンジーのクソやろうめ。昨日もそんなこと言ってたじゃねえか。

 信用できねえな。


 しっかしこんな旅、出るんじゃなかったぜ。あー、帰ってのんびり酒飲みてえ。

 いまの時期はおれの大好きな春キャベツが収穫されるころだ。

 ヴェンザ地方はキャベツ農家が多くてよ、中でもおれたちの街オーンスイはとくに多い。

 あれはうめえんだ。

 ちぎってペースト状の塩ダレにつけて食うと酒が進んでよお。

 肉ばっかりのおれでもついペリペリ食っちまう。

 くー、考えただけでよだれが出てくるぜ。


「だが少し安心したな」


 なにがだよ。


「軍勢が来ない。ということは、まだワーシュレイトは滅んでない可能性が高い」


 そうなの?


「そうね。いくら魔物が恐ろしいっていっても、人間だって長年の知恵と経験があるもの。あの巨大なドラゴンさえ来なければいくらでも戦えるわ」


 そうかねえ。いっぱい魔物が来たらやべえと思うよ。


「そもそも戦いを躊躇(ちゅうちょ)してるのかもしれない」


 ほう?


「なにせ魔王は無敵の存在だ。だからこそ戦闘能力もないのにわざわざ前線に顔を出してくる。こころに余裕があるからだ。だが今回、魔王はベンデルのスキルに脅威を感じた。死の危険があればもうそんな余裕はなくなる」


「もし本気で人類を滅ぼすつもりなら、いまごろもっと大軍で攻めてくるはずよ。そうしないのは様子を見てるからね」


 ふーん、みんないろいろ考えんだなあ。おれァ難しいことわかんねえから、とにかくやろうをぶん殴るだけだぜ。


「しかし……」


 オンジーが空を見上げ、言った。


「気になるな……」


 その視線の先にあるのは、飛翔する魔物ワイバーンだった。

 ドラゴンに似てるが、体重が軽く力も弱い。

 体格も細っこくて、全長は二メートル以下、高速で急降下し爪でひっかくくらいしか戦闘能力がない。

 もちろんそれでも十分恐ろしいけどよ。


 それが今朝からずうっと飛んでいる。

 おれたちの移動に合わせるかのように、はるか上空をぐるぐる旋回してやがる。


「あなた歌いなさいよ」


 カレーノがツンと冷めた口調で言った。

 とうがらしの食い過ぎで舌を痛めて気が立っていた。


「あれなら一匹しかいないから衝撃波で落とせるでしょう? やりなさいよ。ひとにさんざん(から)い思いさせたんだから」


「いや、ここじゃ遠すぎる。あんな豆粒みたいに見えるほど遠くじゃまず当たらない」


「あっそう! じゃあほっときましょう!」


 ひえー、険悪。こりゃ相当溜まってんな。

 なんせこいつ、甘党なのに荷物が重くなるといけないからって菓子を全然持って来なかったっつーしなあ。

 そんでとうがらしばっかり食わされるんだから怒るのも無理はねえ。


 でもほっといていいのかね?

 だって、魔物がずっといるのに攻撃もしてこねえんだぜ。

 ちっとおかしくねえか?


「むっ!?」


 先頭を歩いていた勇者がビタリと足を止めた。

 なんだなんだ? また魔物が出たのか?


「なんだあいつは!」


「てめえなにもんだ!」


 荒っぽく叫んでやがる。

 どうやらだれかいるらしいが、なんで怒鳴ってんだ?

 そんなに怪しいヤツがいるんか?

 気になるからおれにも見して。


 おれは前を塞ぐ勇者たちを押し退け、そいつを見た。

 瞬間、


「うおっ!?」


 びっくらこいちまった。

 なんだいありゃあ。肌が青色じゃねえか。

 目は赤えし、黒いマントなんか着けて道端で腕組んでニヤニヤ突っ立って、変なヤツ。

 つーか特徴が魔王とそっくりだな。年もおなじくらいの青年だし。

 まあ、顔が違うから他人だろうけどさ。

 いやあ、かわいそうに。あれじゃ魔王の仲間だと思われて大変だろうよ。気の毒だぜ。


 と思ったが、そんな同情は一発で吹き飛んだ。


 そいつは叫ぶように言った。


「おれは魔族がひとり、イヴォージィ! あなた方はもしや魔王様を恐れさせた勇者の一行か!?」


 なに!? 魔王様!?


 なんだか知らんが魔王を様づけで呼ぶっつーことは仲間だなこのやろー!


 おれは剣の()に手をかけた。もちろんぶっ殺すためだ。

 その前に気の早いヤツが何人か飛び出しているが、遅れちゃなんねえ!


 が——


「待て!」


 オンジーが止めた。

 なんだよ、魔王の仲間だぞ。さっさと殺そうぜ。


「奇襲をかけるでもなく、なぜわざわざ目の前にあらわれたのか。まず話を聞こうじゃないか」


 ああん? くだらねえこと言ってんじゃねえよ。

 敵がいんだぞ、敵が。バカかてめえは。


「イヴォージィと言ったな! おれはオンジー! いったいなんの用だ!」


「平和を求めて!」


「なに!?」


 おれたち全員どよめいた。

 魔王の仲間が平和を求めて? どういうこったい!


「魔王様はこの先のオーンスイにて、ベンデル・キーヌクトという勇者にドラゴンを倒され、人間の強さを知り、敗北をお認めになった! おれは平和のための挨拶に来た!」


 ななななんだってー!?

 魔王が敗北をお認めになった!?

 つーことは……勝ちじゃん!

 やったー! このクソ旅から解放されるー!


「そんなことを信じろと言うのか!」


 信じろ! 信じちゃえ!


「そうだ! 事実魔王様は膨大な数の魔物を配下に置きながら侵攻をやめている! もし魔王様がその気になれば、ひと月と待たずして人類は滅ぶだろう! だが、それでも魔王様はそのすばらしい勇者を恐れ、身を引かれたのだ!」


 すばらしい勇者だって!? て、照れるなあ!


「おれはそのベンデルという勇者と会うためにボトンベンから歩いて来た! その道中、ワイバーンが人間の集団を発見したようなので、もしやその中に(くだん)の勇者がおられるのではないかと思い、声をかけさせてもらった!」


 あー、あのずっと飛んでたワイバーンはこいつの”目”だったのか。

 よかったねえ、見つけてくれて。

 だってそのすばらしい勇者はここにいるんだからなあ。


「さて! あなた方は魔王様を恐れおののかせた勇者の一行か! この中にそのひとはおられるか!」


「いるよー!」


 おれはニッコリ手を上げぴょーんと飛び出した。

 だっておれだもん!


「おれがドラゴンをぶっ飛ばしたんだよー!」


「あ、バカ!」


 カレーノが突然おれを罵倒した。

 なんでだよ。おまえだって呼ばれたら応えるだろ?

 挨拶は日常生活の基本だぜ。


「おお、あなたが! なんと凛々しいお方だ!」


 へへっ、そうかい?


「もっと顔をよく見せてくれ! なんとたくましいんだ! これぞ男の中の男だ!」


 おいおい、どういうつもりだい? いくら本当のことだからって照れるぜ。

 いけねえ、気に入っちまった。

 そうだ、酒をくれてやろう。おれってば男の中の男だからやさしいんだよな。

 リュックを降ろして……どれにしようかな〜。


「ああっと、あまり動くな! もっと顔を見せてくれ!」


 ええ? なに、そんなにおれの顔が見たいの?

 しょうがねえなあ。ほら、この顔だよ、この顔。


「おい、ベンデル。なにかおかしいぞ」


 うるせえクソ音痴!

 おかしいのはてめえの声だ! しゃべるんじゃねえ!


「ベンデル退()がって! あのひと変よ!」


 カレーノのヤツなに言ってやがんだ。

 こんなにいいこと言うヤツが変なわけねえだろ。


「ふむ、そろそろいいか?」


 イヴォージィはニヤリと笑い、背後に向かって言った。


「おい、描けたか?」


「ええ」


 イヴォージィの斜め後ろの茂みから青肌の女が現れた。

 あらまあ、かわいらしい。

 少女っぽい雰囲気を残しつつ色気もあって、やわらかい物腰がおしとやかでいいねえ。

 美人はなに着ても似合うっつーが、青い肌や赤い目も似合うんだな。


 おやおや、手に持ってるのは本とペンか。

 おや! おれの似顔絵が描いてあるじゃねえか!

 紙が貴重なこのご時世に、まさか本のページを破って絵を描くなんてすげえことするなあ。

 でも、そうまでしておれを描くなんて、もしかしておれに()れちゃった?

 顔をよく見せろってのは……そうかい、そーゆうことかい!

 いやあー、まいったね!


「うむ、そっくりだ」


 イヴォージィは納得するようにうなずくと、


「だが……そんな絵より魔王様がよろこぶものがあるとは思わないか?」


 ん? どゆこと?

 おれに惚れてるから描いたんじゃないの?


「そんなものより、あのアホの死体を持ち帰った方が、魔王様はおよろこびになるとは思わないか?」


 な、なんだって!? アホってだれのことだ!

 だれだかわからんが、おれの仲間を殺そうとしてやがる!


 ……こいつ、どーゆうつもりだ!

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