表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/76

2 酒と罵倒と殴り合い

 その晩おれはひとり酒場へと足を向けた。

 つってもいつもひとりだけどよ。

 オーティたちはクソ漏らしと飲むと酒がまずくなると言っておれをのけ者にしやがるからな。


 しっかしよくもまあこのご時世に酒場なんてやってるよ。いつ人類が滅ぶかわかんねえってのによ。

 なんせいまや世界の大半は魔の領域だ。

 百年前に突如として現れた魔王が人類撲滅を宣言して、それからじわじわ侵略を続けた結果、おれたちは大陸の端っこに追いやられちまった。

 人間の土地は最盛期の五分の一、人口は十分の一以下だってよ。


 つーか酒があるってことは酒を作るヤツがいるってことだよな。

 よくやるねえ。ま、おかげでうまい酒が飲めるからいいけどよ。


 おれは店内の飲んだくれどもに軽く挨拶をし、マスターに酒と肉を注文した。

 ふだんなら馴染みのヤツを探して同席するが、今日はひとりで飲みたかった。


 けどヤツらはバカで、騒ぐのが好きだから、クソにたかるハエみてえにすぐ寄ってきやがる。


「よお、ベンデル。おまえ追放されたんだって?」


 げっ、もう知れてんのか。

 まだ一時間も経ってねえぜ。


「がははは! しょうがねえよなあ! おれだっていやだぜ! 仕事中にクソ漏らすようなヤツはよお!」


 うるせえなあ。

 落ち込んでんのが見えねえのかよ、クソどもが。


「しっかしどんだけクソすんだよ! ふつうそんなに出ねえぜ!」


「もしかしてうんこの魔法使いか!? クソ使いか!?」


「まあ生きてりゃいろいろあるさ。気にするなよ。つっても無理か」


「おまえのケツどーなってんだよ! もしかしてオカマ掘られてゆるゆるなのか?」


「あははは! そーかー! おめえケツ掘られてゆるゆるかー!」


 ヤツらは寄ってたかって好き放題言いやがった。

 大半はおもちゃにしに来たらしい。

 おれはウェイターから受け取った濃い酒を水みてえにぐびぐび飲み、生なかな返事で受け流していた。


 でもその飲み方がいけなかった。

 空きっ腹にぶち込んだ酒は、ろくに味わってもいねえのに、一気におれをカーッとさせた。


「うるせえな! こっちァ落ち込んでんだ! 汚ねえ冗談言うんじゃねえ!」


「なにい!? 汚ねえのはてめえだろうが! このクソ漏らし!」


「ああン!?」


「聞こえなかったかクソやろう! クソ漏らしって言ったんだよ!」


「もっぺん言ってみろ! ぶち殺すぞ!」


 おれは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、酔客の胸ぐらをつかんだ。

 なめやがってクソやろう! クソやろうはてめえだ!


「調子乗ってんじゃねえぞクソ漏らし!」


「ぐっ!」


 やろう、頭突きをかましてきやがった!

 しかもそれで(ひる)んだところに、


「だれをぶち殺すって? おら!」


 豪快な右フックを打ち込まれた。

 ちくしょう! やりやがったな!


「おーおー、きれいな顔が腫れちゃうなあ! ケツだけじゃなくて顔まで汚くなっちまうのか! わははは!」


「このやろおっ!」


 おれはすぐさまやろうをぶん殴った。殴られたら殴り返す、当然のこった。

 それにおれは顔のことを言われるのがきらいだ。

 男にしちゃ”やわ”な細面(ほそおもて)は、クソさえ漏らさなきゃモテモテだな、ってよくからかわれる。

 だからこんな汚ねえ言葉遣いになっちまったのかもな。なるべく荒っぽくした方が男臭えからよ。目つきもずいぶん悪くなった。


 しかし相手も勇者のひとりだ。

 おれは強えが、一撃で沈めるとまではいかなかった。


 そのうえヤツの仲間まで立ち上がって、


「クソ漏らし! よくもおれたちの仲間を!」


 と酔ったいきおいで飛び込んできやがった。


 なんども言うがおれは強え。

 クソさえ漏らさなきゃかなりのもんだろう。

 けどさすがにごちゃごちゃした店内で複数に囲まれちゃきびしいね。


 おれはボコボコに殴られた。

 もちろんヤツらも半殺し手前まで殴り飛ばしてやったが、最終的には転がされてキックの(まと)だ。


「このクソ漏らしめ!」


「おらあ! 汚ねえクソしやがって! 勇者の恥晒しがよお!」


「腹は蹴るなよ! うんこが漏れちまうからな! わははは!」


 ちくしょう! ちくしょう!

 こんなヤツら一対一なら数秒で息の根を止めてやるってのによ!


 おれは酒の影響もあってか、なんだかぼやあっとしてきた。

 眠いような、妙に薄暗い意識だ。

 あ、まぶたが降りてきてる。

 気絶するんかね?


 そんな、夢を見ているような意識と痛みの中、


「あなたたち、やめなさいよ!」


 どこからか女の怒鳴り声が聞こえた。

 するとクソやろうどもの動きが止まり、なにやらぺこぺこ頭を下げていた。

 そしておれの体を持ち上げ、よっこらせと元の椅子に座らせてくれた。


 そんでどーするつもりだい?

 おれが飲めるように見えるか?

 まっすぐ立つこともできねえんだぜ?

 しかもウェイターのやろう、いまさら料理を運んできやがって、なんだい、うまそうじゃねえか、でも、もう、意識が……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ