19 スキルはつらいよ
「まったく、まだワーシュレイトに出ねえのかよ」
おれは疲れた体で木の枝を払いながら言った。
おれたちは打倒魔王の旅に出ている。
というのも、おれのトリガー・スキル”無敵うんこ漏らし”は敵を一撃で倒せる最強のスキルで、人類で唯一魔王を倒せる可能性を秘めているからだ。
発動方法は簡単。クソを漏らすだけ。
するとパンツの中のクソをエネルギーとして消費し、無敵の体と必殺のパワーが生まれる。
バカみてえだろ?
バカだよ〜。なにふざけたこと言ってやがんだ。
だれが好きこのんでクソなんぞ漏らすかよ。たまったもんじゃねえ。
あんまり恥ずかしいからみんなには嘘ついて”泣くと無敵になる無敵泣き虫”って話してある。
だからこの三日間、おれはかたくなにスキルを発動させなかった。
街を出てから森を北上するあいだ、日になんども魔物の群れと遭遇して戦闘になったが、どれも生身で戦った。
まあ、それほどの脅威じゃなかったしな。
群れっつったってふだん相手にしてるのとおなじくらいの数だ。せいぜい二、三十匹がいいとこだろう。
もちろん戦い方を知らない素人なら簡単にやられちまうだろうけど、おれたち勇者は魔物の危険と弱点を知り尽くしている。
それにこの旅に連れ立つ三十人は死を覚悟した猛者ばかりだ。
いざとなりゃおれの盾になって死ぬことも辞さないっつーありがてえヤツらだ。並の手腕じゃねえ。
「ベンデル、もう少しだ。がんばろう」
そう言って先頭を歩くのは街一番の勇者、オンジー・カネヒトツだ。
こいつは歌がド下手クソで、音痴な歌を聴かせると衝撃波を放つトリガー・スキル”音痴衝撃波”の使い手だ。
いや、マジで音痴なんだよ。聴いてると頭が割れそうになってきやがる。
でもその威力は岩を砕くほどでよ。
歌うだけで使えるからほとんど無制限だし、我慢さえすりゃマジで頼りになるぜ。
「お酒ばっかり持ってくるのが悪いのよ」
と苦言を呈したのは、この旅の紅一点、カレーノ・クワレヘンネン。
おれより三つ年上の二十歳。一見おしとやかな美女だが、その実ソロで魔物と戦うほどの屈強な槍使いだ。
女の身で重たい槍を振り回すんだから大したもんだぜ。
つってもこいつの最大の武器はスキル”激辛の炎”だけどよ。
こいつは辛いものを食うと炎を吐き、操ることができる。
すさまじいわざだぜ。これを使えばひとりで大量の魔物をバーベキューにしちまえる。
もっとも、こいつは甘党で、毎回ヒーヒー泣きながらとうがらし食うんだけどな。
そりゃヒステリックにもなるぜ。
「いいじゃねえか、酒はいのちの水だぜ」
おれは言い返してやった。
こいつはおれが疲れてるのは酒を大量にリュックに詰め込んでいるからだと言うが、ずいぶんと教養のねえこった。
いいかい、ものってのは持つ場所で重さが変わるんだぜ。
おなじ量でも手で持つとすげえ重くなるが、背中に背負うと軽くなる。常識だぜ。
「あーあ、まだヴェンザを出ねえのかよ。いいかげん疲れたぜ」
おれはくたくただった。
なにせ軽いはずの荷物はずいぶん重てえし、もうずっと魔物と戦いながら森を練り歩いてるし、夜だってまともに休めてねえ。
食いもんはいいんだ。食える魔物がちょいちょい出てきてくれるから困らねえ。
だが夜は周囲を警戒しながら交代での仮眠で、焚き火を焚いてるせいで魔物が寄ってきやがる。
ベッドなんてもちろんねえし、汗の染みた服と防具をつけっぱなしだからあんまり気分もよくねえ。
体もところどころ痛む。
なんでもワーシュレイトってところはただっ広い平原がばーっと広がってるらしくて、それなら周囲を見渡すのが楽だから、森より敵の発見が早くなり、いちどにもっとしっかり眠れるようになるだろうってんだけど、その平原はいつになったら到着するんだよ。
あー、木の枝がうっとうしい!
「おい、あれ見ろ」
だれかが静かな声で言った。
おや、魔物がいるじゃねえか。
ぱっと見た感じ、強力な四足獣タイプが十匹前後。遠くてまだこっちに気づいてねえ。
「おっこらしょっと」
おれたちは「またか〜」って感じで荷物を降ろし、ヤツらに近づいた。
正直こんなのたいした敵じゃねえんだけどよ。歩きっぱなしで疲れたぜ。
いまさらだけど、オンジーは荷車の用意とか考えなかったのか?
荷物が邪魔になることくらいわかんねえのか?
こいつ突っ走る性格が仲間にきらわれてるとか言ってたけど、そーゆーとこだろ。
「なあ、カレーノ。火でやっつけちまえよ」
おれは楽ちんな提案をした。
こいつが火ィ吹けばみんな動かなくて済む。
だけど、
「はあ? いやよ! とうがらし食べるのつらいんだから!」
「頼むよ〜。おれもうくたくただよ〜」
「ひとの舌をなんだと思ってるのよ! それに連日とうがらし食べてお腹の調子悪いんだから! あなた泣きなさいよ! 無敵になるんでしょ!」
「いや、そう簡単に泣けねえから。泣くのって難しいぞ」
「じ、じゃあオンジーが歌えばいいじゃない!」
「いや……どうだろうな」
オンジーは冷静に言った。
「敵は広い範囲に散っている。おれの衝撃波はいちどに一方向にしか放てないから、ここは広範囲を焼き尽くせる炎の方が適役だろう」
「ちょっと、あなたまでわたしに火を吐けっていうの!?」
「そういうわけじゃないが……」
オンジーは勇者たちに目を向けた。
ヤツらは武器こそ構えているものの、疲れが溜まっているせいか、その視線がカレーノに「やってくれ」と訴えていた。
勇者ってのはしょせんゴロツキの集まりだからな。
暴力しか取り柄のねえ連中が、ひとのことなぞろくに気遣えるはずがねえ。
「うう……」
カレーノは押しに弱い。
こんな感じで昨日もいやいや火を吹いていた。
「わかった、わかったわよ、もう!」
カレーノは観念するように立ち上がり、とうがらしを取り出した。
そしてオンジーをキッと睨みつけ、
「よかったわ! あなたの下手クソな歌を聴かずに済んで! あんなの聴いてると気が狂いそうになるもの!」
「うっ!」
オンジーは刃物を突き立てられたような顔でうめいた。
あらー、すげえショック受けてやがる。おもしれえなあ。
おれに向けられたヒステリーはいやだけど、他人のは笑っちまうぜ。
「感謝しなさいよ!」
カレーノはとうがらしを口に含み、バリバリと音を立ててかじった。
すると、
「フッ……フオオーーーー!」
泣きながら絶叫し、いきおいよく炎を吹いた。
わあー、いつ見てもすごいなあ。あとおもしろーい。
ガタガタ震えて、手足をバタバタさせて、これじゃ美人もだいなしだよな。わははは!
「ホオオオオオオオオオーー!」
カレーノの炎は巨大な蛇のようにうねり、数秒のうちに魔物どもを包み込んだ。
「ぎゃわー!」
ヤツらの悲鳴がこだました。
いやー、楽でいいねー。もう終わっちまった。
もっともカレーノの口の中は地獄が続いているみてえだけどな。
「はひー! はらい! はらいい〜〜!」
こいつのスキルは口の中の辛味をエネルギーに発動する。
だから早くエネルギーを消費しようと、必死に火を吹き続けてやがる。
大変だねえ。
それから五分ほどしてやっと収まった。
カレーノはしゃがみ込み、クスンと涙混じりの吐息を漏らしていた。
ううん……ちっとかわいそうだなあ。女の涙は気の毒になっちまう。
「ありがとう、おかげでみんな助かった」
とオンジーが手を差し伸べようとすると、
「そりゃよかったわね! さぞ快適だったでしょう! わたしの声はどうだった!? あなたの歌とどっちが聴き心地よかったかしら!」
「うっ!」
あらら、またやってやがる。……しかし今日はいつにも増してヒステリーだな。なんかあったのか?
「うう……痛たた……」
なんだ? 青い顔して腹押さえてやがる。
あ、もしかして辛いもんの食い過ぎで腹壊したのか?
そりゃいけねえ。ゆるくて痛えクソが出るぜ。
間違いねえ。おれはクソにはくわしいんだ。
考えてみりゃこの三日間、おれたちはカレーノに助けられっぱなしだったな。
ううん、なんとか助けてやりてえなあ……
「あ、そうだ!」
「な、なによ?」
そういやおれはもうひとつスキルを持ってるんだった。
オート・スキル”うんこ吸収”だ。
おれは他人のクソを吸収し、代わりにしてやることができる。
「なんでもねえよ」
そう言っておれはこころの中で念じた。
(こいつのクソをおれによこせ!)
その瞬間!
「うっ!」
——ギュルルルルルルルル、ピー!
痛えー! 腹痛えー! ケツがあちいー!
「あれ?」
カレーノはケロッとやわらかい表情をして不思議そうに立ち上がった。
その代わり、おれがヤベえ!
「おれクソしてくる!」
「やだ! 汚い!」
うるせえ! だれのクソだと思ってやがる! てめえのだ、てめえの! 汚いとか言うんじゃねえ!
あー、ヤバい! ケツが! ケツがあちいよおー!