17 死出の旅立ち
時間が来た。
オンジー、カレーノ、おれ、そして三十人の勇者たちがおのおの荷物を持って酒場に集まった。
だいたいのやろうがナップサックか小さめのリュックを背負い、防具や武器は直接身に着けている。
「およ、野営の準備はねえんだな」
「君は話を聞いてなかったのか?」
「おう」
オンジーは頭に手を当て、ため息を吐き、
「省ける荷物はとことん減らそうって言っただろう。食糧は現地調達、寝るのも武具を着けたままでと」
マジ?
いやだなぁ。だってメシと睡眠は大事だぜ。酒もねえんだろ?
「酒が飲みたかったらここで買っていけ。飲み水のビンに使える」
……そーすっか。
どうせ金はしばらく使い道ねえだろうからな。下手すりゃ二度と必要ねえ。
だったらぜんぶ使っちまおう。ありったけ買ってやらあ!
「それじゃあみんな、出発の前に作戦を話そう」
オンジーはカウンターの中に入り、言った。
「まずは北西に向かい、ワーシュレイト最大の都市ナーガスに行く。ナーガス城ならまだ魔物に鎮圧されずに残っているかもしれない。そこで運がよければ増員を募り、そこから東北東に進んで、カーミギレ城を叩く」
ふーん……いろいろ考えてんだなぁ。
「それ、うまくかしら」
お? カレーノは反対か?
「だってナーガスまでは最低でも半月はかかるわ。その道中だってきっと魔物が襲ってくるでしょうし、そもそもナーガスが無事だとは思えないわ。わたしが敵なら絶対にあそこを叩くもの。それより北東のターモクティーキに行くべきよ」
「ターモクティーキか……あそここそ無事とは思えないが……」
とふたりは話しているが、おれはなにを言ってるかさっぱりだった。地理は苦手なんだ。
で、近くにいたヤツにどういうことか訊いてみたところ、
「ターモクティーキはナーガスに次ぐ大都市だ。城もでかいし防壁もしっかりしている。そしてなにより魔王城に近い。数日も歩けばカーミギレにたどり着くだろう」
えー、ならそこにしようぜー。近い方がいいじゃーん。
「だが近いということはその分無事でない可能性が高い。おれなら目の前の敵を真っ先に滅ぼす」
えー、じゃあダメじゃーん。
「しかしナーガスも無視できない。むしろ遠い分戦力を温存しているし、人口も多いから、のちに障害になる公算が高い」
えー、どっちだよー。
「まあ、どちらも滅んでいると見ていいだろうな。なにせ魔王がこっちまで来たんだから、ワーシュレイト地方はもうダメなんじゃないか?」
えー、じゃあどっちでもいいじゃーん。
「でもナーガスは西にそれているから、敵が一直線に来たとすればまだ希望がある」
えー、もうどっちでもいいよー。どうせどっちも滅んでるよー。
「どうしたものか……」
とオンジーは頭を抱えていた。カレーノも考えあぐねいている。
「できれば短いルートで行きたい。しかしナーガスに勇者や兵士が残っているならぜひ勧誘したい……」
「そうね……でも無駄足になったら時間も体力も消費するし、なにがあるかわからないし、どうすればいいのかしら……」
おー、悩んでる悩んでる。
早いとこ決めてくんねえかな。難しい話聞いてると眠くなってきちまう。
ふあ〜あ、あくびが出らあ。
「ベンデル、君に決めてもらおう」
「へ、おれ?」
「正直どちらも選びがたい。どちらを選んでも失敗の種になり得る。ならいっそ君に決めてもらう方がいいかもしれない。いや、むしろ君が決めるべきだろう」
「なんで?」
「なんでって……ここにいる全員、君のために死ぬつもりでいるんだぞ」
「はあ!?」
なにそれ、どーゆーこと?
「聞いてなかったのか」
「へい、聞いてやせん」
「はあ……いいかい、君はたしかに無敵のスキルを持っているが、それが使えるのはわずかな時間だ。おそらく涙が流れているあいだだけ無敵になるとか、そんな感じじゃないのか?」
あーっと……
「そうだぜ!」
おれは自信満々に答えた。
おれの”無敵うんこ漏らし”はパンツの中に漏らしたクソが残っているあいだ無敵になるというトリガーだ。
クソはエネルギーとして消費され、やがてすべて蒸発してしまう。
こいつらには嘘のスキル”無敵泣き虫”と話してあるから、そういうことにしておこう。
「やはりな。トリガー・スキルは往々にしてそういうものだ。一時間も二時間も発動しっぱなしにはできない。せいぜい五分、十分だ。それを使えないあいだ、君はただの勇者なわけだ」
「そうだぜ!」
「だから、おれたちが壁になる」
「……壁?」
「魔王を倒せるのは君だけだ。だからおれたちは全員いのち賭けで、いや、いのちを捨てて君を守る。君を無事魔王のところまで送り届けることだけに専念する」
「……」
「そのためなら、自分のいのちなんかかえりみない。そうだよな、みんな」
オンジーが言うと、勇者たちは静かにうなずいた。
おい、マジかよ……そーゆう話だったのか?
じゃあおれが魔物に殺されそうになったりしたら、こいつら自分を盾にして死んでもいいってことか?
おれを生かすために、みんなマジの死ぬ覚悟で戦うってこと?
……なにそれ行くのやめねえ?
「ベンデル、決めて」
カレーノがクソ真面目な顔で言った。
「みんなあなたについて行くの。魔王を倒すために。人類を救うために。だから、あなたが決めた道ならきっと後悔はないわ。ダメで元々なんですもの」
ゴクリ、とおれののどが鳴った。
責任重大過ぎて時が止まっちまった。
西のナーガスか、東のターモクティーキか。ううん……
「あ、そーだ!」
おれは名案を思いついた。どうやら天才らしい。
「真ん中を行こうぜ!」
「真ん中……?」
「西か東かで悩んでるんだろ? なら真ん中を行きゃあいいじゃねーか。んで、向こうの様子を見てからどっちに行くか決めようぜ!」
どーだいこれ! ズバリ正解だろ!
みんなよほど感銘を受けたらしい。
オンジーはふむ、とあごに手を置き、カレーノは腕組んでうなり、ほかのヤツらもみんな、
「真ん中……」
と、しきりにつぶやいた。そして、
「そうだな、それがいいかもしれない」
とオンジーのやろう、うなずきやがった。
そーら見ろ! ピンポンってんだ!
そうと決まりゃあさっさと行こうぜ!
おいオンジー、なにしてんだ! もたもたしてたら時間がいくらあっても足りねえぞ!
「それじゃあ、マスター。酒を」
「へい」
お、酒?
なんだマスターのやろう。全員にグラス渡して、酒注いで、おう、おれにもくれんのか。
しかもずいぶんいい酒じゃねえか。においでわかるぜ。
ありがってえね。そいじゃ早速……
「なに飲もうとしてんのよバカ!」
え、ダメなの? だって酒だぜ?
「どう見ても乾杯でしょ!」
あ、そーなの? えへへ、悪いね。意地汚くてすいやせん。
やがて全員に酒が行き渡った。そしてオンジーがおれに、
「打倒魔王の音頭を頼む」
と言ってきやがった。
打倒魔王か……みんな真剣な顔してやがる。
よーし、ここはひとつ景気のいいヤツを行こうじゃねえか!
おれはグラスを持ち上げた。そして、
「景気よく行くぞーー!」
と叫んだ。
するとみんなズコーッとずっこけそうになりやがった。
おいおい、真面目にやってくれよ! 笑ってんじゃねえ!
「もいっちょ、景気よく行くぞーー!」
おれは再び掛け声を上げた。したらこんどはちゃんと、
「おおー!」
と応えてくれた。
でもなんか締まらねえなあ。みんな笑ってるし、なにがおかしいってんだ。
「やだあ、ちゃんとしなさいよ、もう」
カレーノのヤツなんて腹抱えて笑ってやがる。
ちゃんとしたつもりだけどなあ……もしかして変だった?
ま、いいかあ! 明るい方がたのしいしよ!
酒ってのはパーっと笑いながら飲むもんだぜ!
わははは、うまい酒だなー! こりゃーきっとうまく行くぜ!
待ってろよ魔王ちゃんよー! おれがバシッとやっつけてやっからよー!




