16 さよならを残して
最終的に手を上げたのは半分だった。
その数およそ三十人。これで膨大な魔物に立ち向かおうってんだから自殺行為だよな。
つったって黙っててもやられるのを待つだけだし、前向きに死ぬか、後ろ向きで死ぬかの違いしかねえ。
もっともオンジーはいけると思ってるみてえだけどよ。
「ベンデル、君がいればわずかだが可能性がある」
おれのトリガー・スキル”無敵うんこ漏らし”もとい、こいつらにとっては無敵泣き虫があればどんな魔物も一撃で倒すことができる。
それはおそらく魔王でさえ例外じゃねえ。
「おれの衝撃波でも、カレーノの炎でも魔王は傷ひとつつかない。いままでどんな攻撃を浴びせても効かなかったが、君は魔王の靴を崩した。君はおれたち人類の光であり、最後の希望だろう」
なーんか重いなあ。
そうご大層に言われるとプレッシャー感じるぜ。
もっとこう……がんばろうぜーくらいに言えねえかね。
「あなただけが頼りなのよ。もっとシャキッとしなさいよ」
うるせえ女だなあ、カレーノのやろう。シャキッとしようがだらんとしようがおなじじゃねえか。
あーあ、なんかめんどくさくなってきた。
手ェ上げなきゃよかったか?
しかしこうみんなが見てちゃ、いまさらいやだとは言えねえや。
手を上げたヤツだけ酒場に残り、これからなにを準備をするだの、どーゆールートで行くだの、オンジーがリーダーとなって説明してんのを、みんなクソ真面目なツラで聞いてやがる。
ああ、おれは聞いてねえよ。どーせ覚えらんねえもの。
そのつど訊きゃあいいだろ。
「そういうことで準備をして二時間後、またこの酒場に集まってくれ。わかったな?」
応! と勇者たちは大声を上げて酒場を飛び出した。
なんだか慌ただしいなあ。
みんな急いで、そんなに準備が大変なんかい?
「ベンデル、君はいいのか?」
「なにが?」
「会いたいひとのひとりやふたり、いるんじゃないのか?」
あ、そーゆーこと。
家族や友人とお別れの時間を大切にしよーってのね。
そりゃ急ぐわ。なんせ二時間後に集まるって言ってたもんなあ。
「おめえらこそいいのか?」
と、おれは言った。
オンジーもカレーノも酒場に残って座ってやがるじゃねえか。
おれは軽口叩く相手はいても、最後に会いてえやろうなんていねえ。
元パーティはあの調子だし、どうせクソ漏らしで有名な笑い者だ。
「おれは……いいんだ」
オンジーはさびしい笑いを見せ、言った。
「家族もみんな亡くなっていないし、パーティじゃ煙たがられている」
「ほー?」
「はっきりとは言われないが、どうもおれは突っ走る傾向があってな……スキルがあるから許されてはいるが、なんだか避けられているんだ。実際、おれのパーティはだれも手を上げなかった」
ふーん、そういやさっきから、ぜんぶひとりで決めてわーわー言ってたもんなあ。
おれが行くこと勝手に決めてやがったし。
「わたしもいいわ」
「カレーノも煙たがられてんのか?」
「わたしは元々ソロだもの。家族は南方にいるし、いまから二時間じゃ会いに行けないわ」
「おめえら友達いねえんだな」
「あんたに言われたくないわよ!」
——ビュンッ!
おおっと危ねえ! またビンタが飛んできやがった!
こいつけっこう手が早えな。
「わたしは街を守るのに専念してたからしょうがないの! 平和ならいまごろとっくにステキな王子様と結婚してたわ!」
へー、無理だと思うなあ。
「あんたこそ乱暴でいいかげんでウンチ漏らしちゃうんだから、だれもいないでしょーが!」
い、言ってくれるねえ……ひとから言われると傷つくぜ。
まあたしかにおれにゃあこの街に心残りなんて……
「あ……」
おれはふと思い出した。
そういやいたなあ、別れを言わなきゃならねえヤツ。
「なあ、おめえ暇か?」
「なによ……」
「ちっと手伝ってくれよ」
そうそう、忘れてた。
いけねえなあ、こんなんだから女にモテねえんだ。
おれはクソ漏らしのせいで女が寄って来ねえと思ってたけど、たぶんそうじゃねえ。
こういうことを忘れちまうようなガサツな男だからいつまで経ってもひとり者なんだ。
おれはカレーノを連れて野原を歩き回った。
そして一時間後、おれたちはギルドの前まで来ていた。
最悪の光景だ。
昨夜火だるまになったせいで柱もろくに残っちゃいねえ。
どこが入り口でどこまでが事務所なのかも定かじゃねえ。
でもおれはあの場所を覚えていた。
燃えカスとがれきでぐしゃぐしゃだが、窓の外からあの子が花を眺めるのを見たから、だいたいの位置は検討がついている。
「おらよっと」
おれは大量の花を活けたでっけえ水がめをそこに置いた。
赤えの、白いの、ピンクだ黄色だ青だ、いろんな色のぎっちぎちに詰まった花束だ。
もちろんきれいなヤツだけ集めた。
かめの底が深い分は土を入れて上げ底にした。
おかげでやたら重かったぜ。
「どーだい、女は花が好きだろ」
おれは焼け跡に向かって言った。
だれもいねえが、いると思って話した。
「ホントは一日一本持ってって、デートでどかんと花束くれてやるつもりだったんだけどよ。ま、しゃーねーわな」
おれは笑顔で言った。
不器用でも作り笑いぐれえできらあ。
「けっ、いやなご時世だねえ。せめておめえの名前くれえ知りたかったが、いまとなっちゃ調べる時間もありゃしねえ。だから……」
おれは、口ごもった。
目が潤んじまった。
けど涙なんか見せねえよ。
ぎゅーっと目の奥に力を入れりゃ、止まんだこんなもん。
「だからよ……おめえだけでもしっかり名前を覚えといてくれ。おれはベンデル・キーヌクト。クソ漏らしで有名なベンデル・キーヌクトだ」
忘れんなよ。そう言っておれは焼け跡から離れた。
道端ではカレーノが黙っておれの様子を見守っていた。
「終わったぜ。ありがとな、花集め」
「ううん……きっとあの子もあの世でよろこんでるわ」
なんだこいつ、ずいぶん静かだな。
薄暗い笑顔でじっとして。まさか屁でも我慢してんのか?
そういやこいつ昨日とうがらしを丸ごと食ってたよな……
ひえー! 熱っつい屁が出るぜ! 熱っついのがよおー!