14 荒くれ会議
酒場は勇者でごった返していた。
むさ苦しい男が五十人以上集まって、がめついマスターの「いつもよりお高くなりますが」な酒を、つまみもなしに飲んでいた。
席が足りねえからってテーブルに座ったりするようなヤツらだぜ。ゼニ勘定よりまずは酒なんだろう。
ま、おれも飲んでるけどよ。クソッタレ、あのメシ屋みてえにタダにしやがれ!
そんな中おれたち三人はカウンターの向こうに立っていた。
客席じゃねえぜ、店主側だ。
いったいこいつ、なにを話すつもりだ? まさかおれとカレーノを一日マスターに任命します! なんて発表するつもりじゃねえだろうな。
バカかこいつは。なに考えてやがる。
ざわざわと会話の満ちる店内に、オンジーが、
「みんな、聞いてくれ!」
と言った。すると荒っぽい勇者どもが途端に静かになった。
ふだんなら聞く耳持たずに飲んだくれてるようなヤツらだ。昨夜の襲撃に相当ビビってるんだろう。
そもそもこんなに集まらねえ。
オンジーは全員の顔を見回し、ひと呼吸置いて言葉を続けた。
「昨夜、魔王の襲撃があったことはもうみんな知っているな!」
そりゃ知ってるだろ。あれで知らなきゃパーだ。
「見たこともないような巨大なドラゴン、そしてその背には魔王が乗っていた! これがなにを意味するのか。ずばり侵略の再開だ! 十年ぶりに本格的な侵攻が行われたんだ!」
場はしんとしていた。次の言葉を待っているらしい。
だれかへーいとかほーいとか言えばいいのに。
「しかも魔王はこう言っていた! 明日にでも人類を滅ぼすと!」
途端、場がざわめいた。
そうだよなあ。だって、滅んでねえんだもん。言ってることが違うじゃねーか。
「敵はそれほどの戦力を用意していた! 爆薬の直撃を受けても軽々と動く巨大なドラゴンを五匹! それも火や風を吐く不思議な力を持ったバケモノだ!」
そうそう、ありゃ驚いたね。
どうしたらあんなことできるんだろう。ふっしぎだなあ。
「だが、それを止めた男がいる! 強靭なドラゴン三匹をたった一撃で仕留め、魔王を追い返した男がここにいる!」
そう言ってオンジーはおれの背中を押した。
およ、一日マスターご推薦じゃねえのか?
「ベンデル・キーヌクト! なんと彼は泣くと無敵になるトリガー・スキル”無敵泣き虫”の持ち主だ!」
ざわめきがどよめきに変わった。
へへっ、みんな驚いてやがる。しかしそれを話していったいどうするつもりなんだろうなあ。
「みんな聞け!」
オンジーが再び声を上げ、ややあってまた静かになった。
「魔王が侵攻するとき、かならず先頭に立つ! そしてヤツが過ぎ去ったあとは大量の魔物がなだれ込み、街を蹂躙する! 魔王がここまで来たということは、ワーシュレイトは崩壊したと見て間違いない!」
それを聞いた勇者どもは、せきを切ったようにがなり立てはじめた。
「ここから北はもう魔物の支配下だってのか!?」
「マジかよ! じゃあもう終わりじゃねえか!」
「どーすんだよ音痴やろう!」
へえ〜、みんな騒ぐねえ。騒いだってしょうがねえじゃねえか。
でもホントにどーすんだろ。おれも心配だなあ。
ヤツらがぴーちくぱーちく騒ぐ中、オンジーはおれの肩をばしんと叩き、叫んだ。
「この男に賭ける!」
……え、おれに賭ける?
「ベンデルのスキルが発動すれば、どんな相手だろうと一撃で倒すことができる! おそらく攻撃の効かない魔王も彼なら殺せる! だからおれは彼とともにボトンベンへ行き、カーミギレ城の魔王を倒しに行く!」
えええっ!? なんだそれ、聞いてねえぞ!?
そりゃおれだって魔王はやっつけなきゃなんねえけどよお!
「そこで、みんなにもいっしょに戦ってほしい!」
「はあ!?」
「なんだって!?」
そのひと言が勇者どもの反感を買った。
「たったこれだけの人数でか!?」
「敵がどれだけいると思ってるんだ! ほとんど無限だぜ!」
「むざむざ死にに行くだけだ!」
あきらかに不賛成のコールが鳴り響いた。
だよなぁ、おれもそう思うよ。
オンジーは静まれとなんども叫んだが、それよりもヤツらの声の方がでかかった。
無理だ、いやだ、そんな反論が一方的に叩き込まれた。
しかもそれだけに飽き足らず、
「バカやろー!」
「頭悪いんじゃねーか!?」
「クソ音痴やろう! 死ね!」
ひええ、口が悪いねえ。あたくしのような上品な男には耐えられませんことよ。
「そんなクソ漏らしに賭けるとかどうかしてるぜ!」
「そうだ! なーにが無敵だ! クソ漏らしじゃねえか!」
「クソ漏らしー! 今日のパンツはきれいかー!」
な、なんだとこのやろう!
オンジーがなに言われようが知ったこっちゃねえが、おれをバカにするのは許さん!
そもそもおれはもうクソ漏らしじゃねえ! んなもんとっくに卒業した!
そりゃまあ言ってねえおれも悪いけど……だからって知らねえとは言わせねえぜ!
「てめえらだれがクソ漏らしだー!」
おれはカウンターに足をかけ、飛び出そうとした。
いま言ったヤツ全員をぶん殴るつもりだった。が、
「いいかげんにして!」
カレーノがカウンターを両の拳で叩き、ヒステリックに叫んだ。
すると一斉に全員が鎮まり、おれもなんか空気的に行きにくくなって足を降ろした。
カレーノはまさに女のヒステリーって感じに捲し立てた。
「じゃあなに!? これからどうするつもり!? ただ黙って魔王が攻めてくるのを待つの!? どう考えたって一方的に押し潰されて終わりじゃない! ならこっちから大将を取りに行くしかないでしょ! なのに無理だ無理だって女々しいこと言って、それでも男なの!? タマタマついてるんでしょーが!」
わはは、タマタマだって。かわいい言い方するなあ。やっぱ女だねえ。
男ならズバリ「キンタマ!」って言うもんなあ。
「笑ってんじゃないわよ!」
あひー、怒られた。すんませーん。
「おれ、行くぜ」
静まり返った勇者たちの中からひとり、手を上げて言った。
「たしかにこのまま待ってたってしょうがねえ。それこそ無駄死にだ。それに、女にこうまで言われておめおめ引っ込んでちゃ男じゃねえしな」
お、偉い! 男前だね!
「おれも行くぜ!」
つられるように別の男も手を上げた。
「クソ漏らしにそんな力があるとは知らなかったけどよ、それがありゃ魔王をぶっ殺せるんだろ? 希望があるなら戦わなきゃよ! おれにゃあキンタマついてっからな!」
「おれもだ! キンタマが行けと言っている!」
それまで決して賛同しなかった男たちが次々と手を上げた。
すげえな、キンタマの力は。女の前でタマなしって思われたくねえんだろうなあ。
「おれも!」
「ぼくも!」
「おいらも!」
ヤツらの手が続々と上がった。
声が重なって鬨の声みてえになり、そのいきおいは屋根を吹っ飛ばすかとさえ思えた。
そんな中、
「おれは絶対行かねえ!」
ひとりの男が腕を組み、叫んだ。
「無敵泣き虫? 敵を一撃で倒す? バカ言ってんじゃねえぞ!」
そういぶかしげに言うのは、おれを追放した勇者パーティのリーダー、オーティ・ブレイルだった。




