1 その男、うんこ漏らしにつき
「ベンデル! てめえは追放だ!」
そう顔を真っ赤にして怒鳴るのはリーダーのオーティ・ブレイルだった。
「待ってくれ! 次こそは……」
おれは必死に喰らいつこうとした。
だが、
「毎回そう言ってクソを漏らすじゃねえか! いつもいつも戦闘中に漏らしやがって! てめえにはもうこりごりなんだよ!」
弁解の余地はなかった。
事実、その通りだった。
今日もそうだった。
おれたちは街の近くに魔物が集まりつつあると聞き、勇者ギルドの依頼を受けて、討伐に向かった。
勇者ってのはいわゆる魔物退治の集団だ。
むかしは本当に魔王を討伐しようと戦っていたヤツを、周りが尊敬の念を込めてそう呼んでいたが、いまとなっちゃ日銭稼ぎのハンターの総称だ。
おれは違えよ。おれは本当に魔王を倒したいと思ってる。
なにせガキのころ姉さんを魔物にぶち殺されて以来頭にきてっからな。
やり返さなきゃ気が済まねえ。
そのために修行して強くなったんだ。
生まれつき細身であまりガタイはよくねえが、細い木なら拳でぶっ倒せるし、剣を使えば岩だって斬れる。
ホントだぜ? 嘘だと思うなら腕ずもうのひとつもすりゃわかる。
そんだけのテクニックがおれにはあるんだ。
ただまあ……実践でパフォーマンスを発揮できなきゃ意味はねえよな。
今朝方、おれたちは街からやや離れた森に向かった。
メンバーは剣士オーティを先頭に、剛腕の斧使いキンギー・ヨノフン、女だてらに双剣を使うミギニオ・ナージ、チビですばしっこいタイ・コモチ、そしてこのおれベンデル・キーヌクトの五人だ。
みんな五年以上魔物と戦って生き残っているつわものだ。
ろくな情報もなしに現地へ向かわされたが、ギルドもこいつらなら、と信用している。
そんでまあ、結果から言うと四人がやっつけてくれた。
そう、おれ以外の四人がな。
魔物どもはギルドの予想通りの場所に集まっていた。
ほとんどひとの近寄らねえ奥地の小川付近にたむろしてやがった。
毎度よく共食いしねえなあって思うよ。
なにせ一種類じゃねえ。緑色の小せえ人間みてえな魔物ゴブリンとか、それをでっかくしたオークとか、この辺はひと型なだけあって多少知性がありそうだが、肉食獣はほかのヤツ食っちまうだろ。
うようよいるぜ、頭に刃物の生えたソードベア、針のたてがみニードルライオン、毒吐きオオトカゲまでいらあ。
そんな中にシビレウサギやら、巨大猪ジャイアントボアやらが混じって、仲よく並んで水飲んでやがるんだ。
あいつら食うとうまいんだぜ。街でも人気の食材だ。
理由はさだかじゃねえが、魔物は人間だけを狙う。
魔物同士じゃほとんど殺し合わねえ。
しかも組織だって動き、今回みたいに集まって、人里を襲う段取りまでしやがる。
そういった危険の芽を駆除するのがおれたち勇者の仕事だ。
おれたちは茂みから様子を眺め、どう攻めるか作戦を立て、奇襲を仕掛けた。
危険な猛獣を真っ先に沈め、敵の戦意が薄れたところを一気に叩く。
百戦錬磨のオーティ勇者団は思惑通り作戦を進め、イレギュラーさえなければなんなく終わる話だった。
そう、イレギュラーさえなければ、だ。
「うっ……!」
おれはオークを前にして腹を押さえた。
まただ! 戦闘中だってのに!
「おい! さっきクソしたばっかだろ!」
オーティは汗まみれの顔をちらりと向け、怒鳴った。
「またでごわすか!」
キンギーがジャイアントボアを屠りながらうんざりした顔で言った。
それに続いてミギニオも、
「やだ! どれだけ出せば気が済むのよ!」
そしてタイも、
「いいかげんにするでやんす!」
と、だれもがおれをさげすんだ。
ちくしょう、おれだって困ってるんだ。わざとじゃねえ。
実際作戦がはじまる直前に草陰で済ませておいた。ぜんぶ出し切ったはずだった。
それなのに、ちくしょう!
「とにかく戦え! 気ィ抜きゃ死ぬぞ! てめえのお守りなんかする余裕ねえんだ!」
おれはオーティの指示通り、敵と相対した。
腹がゴロゴロ鳴っている。
ケツを締めてねえとやべえ!
けどそこにオークのやろうが丸太みてえな棍棒を振り下ろしてきやがった!
「くそおー!」
おれは剣でガードした。
バックステップできるケツじゃなかった。
——ガキン!
「うっ!」
いまの衝撃でケツの締まりが!
「うわあああああああ!」
——ブバーーッ! ブリブリピーブリュリュリュブボボボボボブバーッ!
「てめえ、やりやがったな!」
「く、臭いでごわす!」
「またなの!? くっさーい!」
「帰れでやんす!」
や、やっちまった……
また戦闘中に漏らしちまった……
うう……
おれはそのまま戦った。
パンツの中がぐちょぐちょ臭くて最悪だったが、それで魔物が待ってくれるわけじゃねえ。
あとは防御に徹した。
攻めに出られるケツじゃなかった。
そのあいだにオーティたちが魔物を片づけ、ボスらしきトロールの首を持って街へと戻った。
この首が仕事の証となる。
持つのはおれさ。汚ねえのは汚ねえヤツに任せようってわけだ。
ちくしょう、みんなおれからずいぶん離れて歩きやがって。ちゃんと川で洗ったさ。ま、ズボンに染みが残ってだいぶにおうけどよ。
あーびしょびしょで気持ち悪い。
とまあ、そんなことがあっておれたちはギルド提供の勇者寮の一室、オーティの部屋に集まっていた。
そんで今日の反省会をすると思ったら、はじまってすぐにオーティから追放を言い渡されたってわけだ。
けどおれは追放されるわけにはいかねえ。
おれがクソ漏らしだって話は街じゅうに知れ渡っている。
もしここで追放されちまったら、きっとどこもほかは受け入れてくれねえ。
そしたら魔王に復讐するまえにおれが終わっちまう。
「次は絶対漏らさねえ! だから頼む!」
「ふざけんな! 毎回漏らしてるくせに信用できるわけねえだろ! この三年間、なんべんおなじことを聞いたか!」
「おれの腕を知ってるだろ!? クソさえ漏らさなきゃ——」
「でもクソを漏らすんだろ! そんなヤツはいらねえ! 迷惑なんだよ!」
「そうでごわす!」
オーティに続き、ほかの仲間も口々に言った。
「戦いの最中にうんこを漏らされると気が散って困るでごわす!」
「気持ち悪いのよ! レディの前でよく漏らせるわね!」
「死ねでやんす!」
おれは真っ青だった。
返す言葉がなかった。
いのち賭けの場で仲間が突然クソを漏らせば、たとえどれだけ慣れていようと驚いて隙ができる。
それがオーティの意見であり、実にまっとうだと思った。
オーティはゼニの入った袋をどしゃりとテーブルの上に投げ出し、おれを睨みつけながら言った。
「今月分のゼニだ。これ持ってとっとと出ていけ」
「……」
おれはなにも言えず、静かにゼニ袋を持って部屋をあとにした。
怒りと悲しみが吹き出しそうだったが、そうすることしかできなかった。