第二の解:『へび女房』
家紋 武範様主催【知略企画】の参加小説です。前話あります。
一枚目には女性の全身図が描かれている。
上部に『ロッカ』と書かれていることから、これが件の女性の肖像画というところか。
女性は長く美しい黒髪を下ろし、同じように黒くしかし光沢のあるようなワンピースを身に付けていた。
肌は白く、瞼は閉じられているために瞳の色は分からない。
全体図から少し離れたところには、先ほど教授が言及した飴のスケッチもあった。
なんの変哲もない棒つきの丸い飴で、色は透き通ったオレンジ色だ。
「縦読みもないし斜め読みでもないし、た抜きでもないからやけになって、スキャニングしたあとに炙り出ししてみたんだよ。ほら、ミカンの汁で書くやつ。そしたら背面にでかでかと何が浮き出てきたと思う? 『残念ながら情報はないよ』だって。あのときは温厚な僕も流石にイラッと来たね」
「炙り出し本当にしたんですか? 火災報知器鳴らなくてよかったですね」
「いや、研究室じゃなくて外でやったからね?」
如月は資料の二枚目を見た。
一枚目の裏面らしく、表の絵が透けて見えるのと、封筒に入れるためにつけただろう折り跡がある。
それ以外は白紙のようで、如月は躍起になって資料を拡大し始めた。
ヒントは飴だけではないはずだと、何か天啓めいたものに動かされて。
そして如月はその言葉を見つけた。
「教授。炙り出しって行ってましたけど、原本まだありますよね?」
「うん? あるよ。見るとムカつくからしまってあるけど。どうかしたのかい?」
「資料二枚目……裏面だと思うんですが、服のところに何か書いてあります」
「えっ。本当かい! すぐに確かめるよ」
「カタカナ、ですね。オ……フィリア?」
「女性の名前かな? 本当だ、何か書いてあるね。うーん、これは炙る前のを見た方がいいか」
如月は画像を切り出し、傾きを調整したりして教授に送る。
それと同時に何と書いてあるかも分かった。
意味はさっぱりだが。
「教授、オキュロフィリアと書いてあるようです。オキュロフィリアとはなんですか?」
「え、オキュロフィリア? えーとね、オキュロフィリアというのはね……。ええっと」
「教授、さては知りませんね? 分かりました。ネットで調べてきます」
「ああ、ちょっと待った如月君! オキュロフィリアというのはあまり、いい言葉ではないかもしれないよ。いや、悪いというか、その……有名なフィリア仲間があれだからね」
「誰ですかフィリアさんって」
「フィリアというのは名前ではなくてね。あーうん、如月君、ネクロフィリアという言葉を知ってるかい。そうだな、ヒントは白雪姫だよ」
「白雪姫?」
「ああ、原典というか、残酷な方の童話の。王子は実は……という話だよ」
「死体が好きとかそういうやつのことですか?」
「うん、どストレートに言うね、君。まあ、そういうやつのことをネクロフィリアというのさ。だからオキュロフィリアというのはその仲間の可能性がある。君のような若い女性が調べるようなものでは――」
「意味が分かりましたよ、教授。眼球愛好家のことだそうです」
「遅かったか……何、眼球だって?」
「そう言えばこの女の人、目を閉じてるんですよね。オキュロフィリアに、目を取られてしまったのでしょうか?」
「なかなか残酷なことを言うね……。いや待てよ。目を取られる、母親、子ども……?」
教授は何か思い付いたらしい。
思考の邪魔をしては悪いので、フィリア仲間のことでも調べていよう。
ふむふむ、世の中には色々な性癖の人がいるのだなー。まる。
蜘蛛かぁ、うーん、蜘蛛ねぇ、分からん。
「如月君! お手柄だよ! これはおそらく、『へび女房』だ! へびが人間のふりをして人間の男と番うものの、途中で正体がばれ、子どもをおいて去るというものなのだけれど」
「何だか鶴の恩返しみたいですね」
「そうだね、見ないで欲しいと言われたものを我慢できず見てしまい、相手が去っていくのは、鶴の恩返しと似ている。それで、夫は子どもを育てる訳だけれども、子どもはお母さんの母乳が必要だし、母親を恋しがって泣くものだ。困りかねた夫は蛇の妻を探しだし、妻から目玉をもらう。子どもが泣いたらこれをしゃぶらせてください、と言ってね」
「それで子どもが高度な性癖を持つオキュロフィリアになったという訳ですね」
「え? 如月君、今なんて?」
「なんでもないです。続けてください」
「う、うん……。妻は二つの目玉を子どもに与え、子どもは大きくなり、夫は子どもにどんなに優しい母だったか伝える――とまあ、こんな話さ。目玉を失ったへびに時間を教えるために、鐘を鳴らすようなエピソードもあるけれど、ここでは割愛するよ」
なるほど、美しい家族愛だ。
現代の離婚などで子どもと親が離れ離れになるよりも遥かに完成された物語。
妻は夫と子を愛し、夫は妻と子を愛す。
ロッカという女性はそういう関係が理想だったのかもしれなかった。
「ということで、この課題の答えは、『子育てゆうれい』と『へび女房』で決まりだね」
と、教授が宣言したときだった。
ふいに教授の画面の方からクラッカーを鳴らすような音が聞こえ、若い男性の声が、教授ではない男性の声がこう言ったのだ。
「Congratulation!! 大正解! おめでとう、ご褒美にアメをあげるね」
そのあとぽとり、と小さな音がして、教授と如月の部屋は静まり返った。
「……は?」
「不思議なこともあるもんですね。あれ、教授、机の上にあるの、それ絵のアメですよね」
「本当だ」
「あ、私の部屋にもアメがありました。せっかくですし、さっそく食べましょう」
「ま、待つんだ如月君。万が一変なものだといけないから、一応確かめてからにしようか!」
「……? ただのアメですよね?」
「どこからともなくカギも開けずに現れたアメだよ。本当に種も仕掛けもなく、マジックならぬ魔術で現れたかもしれないアメだ」
「教授が心配なら捨てますが」
「いや、捨てるのもよくない。たぶん食べるのが正解だ。だけれども、念のため、念のために機械に通してもいいかな?」
「はあ。分かりました」
如月が教授に頷くと、手の中にあったアメは光を帯び、画面を越え、教授の手の上に落ちた。
「やれやれ、誰だか知らないけれど、この魔術の行使者は僕と君の会話を見ているようだね。厄介な事件に巻き込まれないといいのだけれど」
「教授、それはフラグです」
「如月君が冷静すぎる。まあ、何事もなかったらまたアメを送るから、今度こそご褒美として食べておくれ」
「はい、分かりました」
後日、なんの変哲もないアメだと分かったアメを、如月は食べた。
いつかの理科の実験で作った、べっこう飴と同じ、懐かしい甘さだった。
読んでくださった方と、家紋 武範様に感謝を。