第一の解:『子育てゆうれい』
家紋 武範様主催【知略企画】の参加小説です。
如月弥生は来年、入社して三年目になる会社員だ。
今はビール片手に流行りのオンライン飲み会をしている。
相手は恋人でなければ、趣味の集まりでもなく、卒業した大学の恩師である。
夜光護教授は、ゼミの教え子でもなんでもない如月に、在学当時と同じように話しかけてくる。
「如月君はビールが好きなんだね。僕はその苦いのがどうしても苦手でね。今傾けているのもジュースのように甘いワインなんだよ」
「ビールが好き、というかお酒全般に好きですね。でも強くはないです」
「なんだかとっても心配な告白を聞いてしまったよ。如月君、君を酔わせてよからぬことをしようとする男は容赦なくぶちのめすんだよ」
「私に構う人なんかいませんよ。教授、もしかしなくても酔ってますね?」
「まあ、酔いたい気分ではあるよ。これから君に滑稽無糖な話とお願いをしないといけないからね。素面では信じてもらえないというか」
変なことを言う人だ。
教授は普段の言動からして変だが、趣味で続けている童話の研究者らしからぬ言葉が出てきたではないか。
そこはまるでおとぎ話のようなとか、ファンタジックなとか言うところではないのか?
どうやら私も酔っているらしい。
普段はこんなあやふやな話、教授相手でなければ絶対に聞かないのに、にわかに興味が湧いてきた。
「面白そうなこと言うじゃないですか。教えてください」
「如月君……君も充分酔ってるよ。強くないのは本当なんだね。適度なところでやめて、あとは水でも飲んでるんだよ」
「わらひがよっへるなんてほんなことあるはけないれすよ」
「そんな分かりやすいリアクションしてないで、もう飲むのをやめなさいったら。ほら缶置いて!」
閑話休題。
「でね、これなんだけど。如月君、見えるかい?」
と言って教授はかろうじて何か書かれていることが分かる、紙切れをディスプレイに掲げた。
だが、カメラの位置がずれているのと、紙に照明が当たっていないのと、そもそもピントがあってない問題から、教授の言いたいことはさっぱりだった。
「教授、読み上げてくださ……いや、チャットに書き込んでください。その方が確実です」
「書き込むのは構わないけどチャット……SNSのことかい? でも僕は如月君のアカウントは知らないよ」
「心配しないでください、教授。私も教授にアカウント教えたりしないので。このオンライン通話にチャット機能ついてるんですよ。今から送るので、そこに書いてください」
「うん? なんか前半が……」
「はい、送りましたよ」
如月が教授に送ったのは、今の時刻だ。
本当は缶ビールの銘柄でも送ろうかと思ったが、また教授が画面の向こうで慌てるかもしれないと思うと申し訳なかった。
しかし、代わりに書けるものもなかったので、仕方なく画面の右下に出ている今日の日付と時刻を送りつけたのだ。
「お、届いた。こんなところにあったんだね。すぐにコピペして貼り付けるよ」
「なんか用意周到ですね。なんでコピペできるようにしてあるんですか。だったらチャット機能も調べておいてくださいよ」
「いやいや、単に仕掛けがないか調べていただけだよ。今のところ、何も分かっちゃいないけれどね……」
軽口を叩いている間にも教授は仕事をしたようだった。
チャットアイコンに赤い通知マークがつく。
私はそれを画面の邪魔にならない場所に配置し、教授に話しかけた。
「これ、子どものいたずらじゃないですか?」
「こんな大学の人気のない研究室に来てくれる子どもは色んな意味で大歓迎だよ。ゆくゆくはうちの学生になって、僕のゼミに来てほしいね。それはともかく、結構おもしろい課題でね。いたずらの可能性を差し引いてでも挑戦してみたいのさ」
そういうと教授は紙切れを読み上げ始めた。
あまり双方のネット回線がよくないらしく、ところどころ聞こえないところもあったが、原文が見えれば話は別だ。
如月はまるで教授の授業を聞いているような気持ちで、その文面を目で追った。
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拝啓 夜光教授さま
私は人ならざる者、剣鬼の長です。
このたび私どもは、新しいメンバーを貴方がたの世界から勧誘いたしました。
名は六花、一児の母でございます。
ロッカは泣いている赤ん坊をあやし、育て上げることを命題にしております。
夜光教授さま、ロッカの姿にふさわしき日本童話を二つお答えください。
追伸。
ヒント代わりにロッカの姿絵を同封いたしました。
夜光教授のご健闘をお祈り申し上げます。
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「……と、言う訳なんだ。ああ、同梱された資料は今から送るね」
「なんというか……」
「如月君?」
「いえ、手のこんだいたずらではないようですね。でも、やはり……にわかには信じられません」
「うん、まあ。どこからかやってきたなぞなぞのようなものだろう。やらなければ何かあるかもしれないが、当てればご褒美ぐらいあるさ。なければ僕が用意しよう」
「何言ってるんですか。子どもじゃないんですからなんにもなくてもやりますよ。課題ですよ」
「如月君は真面目だなぁ……一応僕の方で下調べはしてて、ひとつは見当がついてるんだよ」
この人の授業なんて受けたことなかったから、少し楽しい。
まるで学生時代に戻ったかのようだ。
教授は如月がひそかに感動にうち震えていることも知らず、持論を展開する。
「『子育てゆうれい』って話があってね。落語にもなっているものなんだけれど、知ってるかな。まあ、簡単な説明だけするから聞いておくれよ」
「はぁ。怖い話じゃないですよね?」
「うん。昔々飴屋さんというのがあってね、お金を出して水飴を買えたんだ。水飴は、お料理や子どものおやつになったそうだよ。その飴屋に、毎晩遅い時間に来る女の客がいたんだ。手がびっくりするほど冷たく、顔の白い女がね」
「それって、もしかして死んでる女が買いに来たってことですか?」
「如月君……オチを言わないでおくれよ。まあ、結局そうだったんだけれどね、ある日女のあとをついてくことにしたんだよ。なんで毎晩飴を買っていたのか気になってね」
「幽霊って尾行できるんですね。勉強になります」
「探偵か何かを目指してるのかな、如月君は。最終的に女がたどり着き消えたのは女の墓。だけれど、墓の近くから元気な赤ん坊の声がするのさ」
「なるほど、赤子を育てるところが似ているということなんですね」
「うん。童話に母子の話はたくさんあれど、赤子と母親だけに絞ればそう多くはないから。ちなみに『子育てゆうれい』に出てくる赤ん坊は捨て子で、おくるみに生まれた日と名前でも書いてあったのかな、こんなに長く生きていられるはずはないってのが女の飴の正体になる訳だ」
そこで教授は言葉を切り、何らかの資料を指差した。
「君に送った資料の一枚目に、ロッカという女性の姿絵があるだろう? それには何故かアメが書いてあるんだよ。べっこう飴かな、綺麗なオレンジ色のね」
「ああ、これですね。手に持ってる訳でもなく一緒に書いてあるなんて、意味深ですね」
「だからこそ、『子育てゆうれい』にたどり着いたのだけれど、もうひとつが今一つ確信がないのだよ。そこを如月君と一緒に考えて欲しいのさ」
「なるほど……」
如月は適当に返事をすると、資料にゆっくり目を通し始めた。