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弟との清い交流

 浴槽にやってくると、見たこともない青い花びらが浮いている湯船にモクバは浸からさせられた。


 張られたお湯全体からいい香りがするし、お湯が当たった肌がすべすべとする不思議な感覚にモクバは魅了されそうだった。

 そしてあれやこれやと言う前にエミリアは手際よくお湯に浸かっているモクバの頭を洗った。あまりにもあたたかくていい匂い、そして程よい頭部のマッサージにモクバは今にも寝てしまいそうだった。


「寝てはダメよ」


 エミリアの淡々とした声を聞いてモクバはピシッと背筋を伸ばした。

 頭を程よい力加減で洗われ気持ちよさで眠りそうになる意識の中、ちらりとエミリアを見るとまっすぐモクバの頭部を見据え腕をせっせと動かし無表情のままだ。

「湯船で眠ると沈んで死んでしまう人がいるらしいわ」

 エミリアの言葉を聞いて、モクバはびくりと肩を震わせた。

「まあ、沈む前に引き上げてあげるけど」

 と、エミリアは続け「お母様もお父様もあなたが来るのを本当に心待ちにしていたのよ」と言った。少しでもモクバの落ち込んだ気分を前に向かせてあげたいと考えたのだ。

 モクバはそんなエミリアの言葉を聞いて、少しうつむいた。


「…ま、は?」

 ぽつりとモクバが何かをつぶやいたが、丁度頭の泡を流したところでエミリアの耳に届かない。

「何?聞こえなかったわ」

「おねえ、さまは?」

 そう言ってモクバは振り向いた。

 深い紺色の髪は濡れて黒く艶めき、宝石のように輝く空色の瞳でモクバはじっとエミリアを見た。エミリアはあまりの美しさに息をのみ「さすがBL小説の主人公…3歳でこの色気…」と4歳とは思えないことを考えた。


「…私も楽しみにしていたわ。ずっと、ひとりだったもの」


 そう言って、エミリアはついでにモクバの顔を薄めたバスオイルに浸した温かいタオルで拭った。モクバはあわあわと腕を動かし、顔を拭かれたことに驚いているようだった。


 丁寧にモクバの目やにをとってやる。モクバは少し痛かったのか身をよじる。

 3歳らしいモクバを見ると、エミリアはどんどん彼へ愛しいようなそんな気分を覚えた。…前世の記憶を思い出す前のエミリアも、きっとこんな出会いだったら彼をいじめなかったんじゃないかと思うほど。



「我が家へようこそ、モクバ。」


 そう言ってモクバにエミリアは微笑みかけた。

 モクバはひどく驚いたように目を大きく見開くと、エミリアの真似をするように微笑んだ。


 

 湯あみから出てきたモクバを手際よくメイドたちが拭き上げ、髪を乾かし、整えた。

 今朝拾われた猫のようだったモクバはどこへやら、光沢のある青い服を着せられたモクバは貴族以外の何物にも見えなかった。


 エミリアはモクバの部屋にあった1人用のカウチに腰掛けていた。

 人の頭を洗うくらい…と思っていたが4歳の体は思ったより体力がなく(貴族…ってこともあると思うが)自分の頭を洗うよりもはるかに疲れた。

 すこしぐったりとエミリアはカウチにほとんど横になるようにしていたが、仕上がったモクバを見て勢いよく体を起こした。


「わ!」


 いきなり視界に入ったエミリアに驚いたのか、モクバは少しはねた。モクバはびくびくと少し挙動不審な様子でエミリアのことを窺っている。

 そんなモクバの頭の先から足の先までエミリアは嘗め回すように見た。…これは勝ち組。幼少期からこの美しさ持ってたらもう勝ちです。


「…いいわね」


 エミリアはそれだけ言うと、カウチからぴょんと飛び降りた。そして傍にいたメイドへ「準備できたことは連絡できた?」と尋ねた。

「今連絡に向かいましたのでもうお部屋から移動いただいて構いません」

 エミリアの問いへ丁寧にメイドは答える。


「そう、じゃあ行きましょうか」


 そういってエミリアはモクバの手を握った。モクバは驚いたように握られた自分の手を凝視し、足を動かそうとしない。エミリアは何度かモクバを引いたが、地蔵のように動かない。

「…どうしたの」

 エミリアが聞くと、モクバの頬に長いまつげに影が落ちる。

 しばらくモクバの返事を待つと、モクバの大きな宝石のような瞳がエミリアを見上げた。

「手、繋いでもいいんですか」

 モクバがそう尋ねる。エミリアは首を傾げ「いいも悪いもう繋いじゃったわ」と答えた。

 普段からエミリアはハエルと手をつないで歩いているので当たり前のように握ってしまったのだ。

「…嫌なら離すわ」

 もしかして繋ぎたくなかったのかとエミリアは手をパーにしたが、しっかりとモクバは握ったままだ。

「…なに?」

 エミリアはモクバの気持ちが理解できず、モクバの顔を覗き込んだ。モクバはなんだか満足そうに微笑み「う、うれしいです」と答えた。


 エミリアは「こんなかわいい弟をいじめるなんて、いくらなんでもむりそう」と思った。

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