another①
おまけです!
エミリアとモクバの両親、ヴィネヴァとアルトゥヌのお話しです。
「アル…!」
優しい風に包まれた王城の庭。
ここは姫である彼女、アルトゥヌが祖父から賜ったものだった。ここには彼女が心を許したものしか入場が許されていない。
そんな庭へ待ちきれないとばかりに駆けて入ってきたのは彼女の想い人でもある【ヴィネヴァ・スタウト・コーク】だ。
「ヴィー…?」
アルトゥヌは大きな瞳いっぱいに涙をため、こちらにかけてくる青年に両手を広げた。
ヴィネヴァはアルトゥヌの華奢な体を抱きしめると「ああ、やっと、やっとだよ」と彼女の身体を持ち上げた。
いきなりの浮遊感にアルトゥヌは「きゃあ!」と驚きの声を上げてすぐ、彼に抱き上げられたのだと理解しヴィネヴァに向けて微笑んだ。
「なあに、ふふ。なにがやっとなの?」
実のところ、ヴィネヴァは先日戦争から帰還したばかりだった。
伯爵家の次男である彼は、本当であれば戦争に行っても後方で支援だったり有利な立ち位置で戦いに参戦することが多いのだが今回は違った。
どういうわけか彼は前線に立つこととなったのだ。
ヴィネヴァとアルトゥヌはゆっくりと愛をはぐくんでもう数年となった。
だが、どうしても両家結婚に首を縦に振らない。王家と伯爵の恋は不毛だと思われる世だった。
王家は下がって侯爵の家に降嫁することはあったが、伯爵以下の家に降嫁した前例はなかった。
歴史的にも王家は首を縦に触れず、そして伯爵家側も王族の姫を受け入れる体制などないと首を縦に触れない状況だった。
「ああ…アル。君のぬくもりと香り、ずっとずっと焦がれていたんだ」
アルトゥヌを優しく地面に降ろすと、ヴィネヴァは彼女の肩口に顔を埋める。
大きな犬にじゃれつかれているかのようだ。とアルトゥヌは思った。彼の煌めく銀髪が頬と肩を撫でてくすぐったい。
「私もよ。1年も会えなかったんだもの」
そう言ってアルトゥヌもヴィネヴァを抱きしめ返す。低体温なはずの彼の身体がいつもよりも熱い。きっと王城に入ってから走ってここに来たのだろう。ほんのりと汗をかいているようだ。
さきほどの「やっと」というのは久々に会えたアルトゥヌを刺しているのだと思い健気な彼をかわいくアルトゥヌは思った。
「やっと、君との仲を認めてもらえたんだ」
そう言って顔を上げたヴィネヴァの瞳は潤み、揺らいでいた。瞬きをすればいまにも零れそうだ。
「え…」
言葉の理解が追い付かなかったアルトゥヌが固まる。
やっと…というのは、自分との結婚を刺していた。脳の処理が追い付かず、アルトゥヌは固まったままだ。
「もう何年も、待たせてしまったね」
そう言ってヴィネヴァはアルトゥヌの手を包むように握った。
彼の言う通り、何年もヴィネヴァとアルトゥヌはただの恋仲だったのだ。
両家ともに結婚も認めず、互いに別れるよう圧力をかけられる日々。
時には彼からの手紙を自分の手に届く前に捨てられたり、彼の乗る馬車に奇襲があった日もあった。
互いに離れた方がいいとアルトゥヌが涙ながらにヴィネヴァに訴えた日もあった。でも、ヴィネヴァは絶対にアルトゥヌをあきらめなかった。
「ど、どうやって?」
やっと思い出アルトゥヌが声を発する。
待ってましたと言わんばかりにヴィネヴァはアメジストのように美しい瞳を細め「気になるか?」と言った。
気になるに決まっているといわんばかりにアルトゥヌは何度も頷く。その可愛らしいアルトゥヌの挙動をヴィネヴァはうっとりと堪能するとやっと口を開いた。
「数か月遠征に行ったろう?」
「ええ…前線で…大変だったでしょう」
アルトゥヌは優しくヴィネヴァの頬を撫でる。くすぐったそうにヴィネヴァは肩をすくめ「そこでね」と微笑んだ。
「いくつか功績を上げて、叙勲を頂いたんだ」
そういってヴィネヴァはそれはそれは嬉しそうに話すも、一瞬顔が陰る。アルトゥヌは首を傾げ「どうしたの?」と問う。
「…君は、不快に思うかもしれない」
ヴィネヴァは俯き、数秒黙っていた。それをアルトゥヌも黙って見つめていた。
意を決したように顔を上げたヴィネヴァは「怒らずに聞いてくれるか」と切り出した。
これまでアルトゥヌが怒ったことなどほとんどないのだが、アルトゥヌはそれほどまでに言いにくいのだろうと優しく頷いた。
「…君を賜ったんだ」
「え?」
「君を褒美にそして君と暮らせるだけの土地に…公爵の位をもらった」
「ど、どういうこと?」
「君を守り抜けると信じてもらえたんだ。そして守れるだけの場所と位を頂いた」
そこまで一気に話したヴィネヴァは「…君をもの扱いしたようで、申し訳ない」と呟いた。
アルトゥヌは落ち込んだように項垂れるヴィネヴァに飛びつくように「最高だわ!」と声を上げた。
いきなり抱き着かれたヴィネヴァは力を抜いていたのか後方に倒れた。
アルトゥヌのことはしっかりと抱え、倒れた時の衝撃が少ないようとっさに彼女を浮かせた。
自身の背中にある花々は悲しいことに潰れてしまっただろう。根っこまでダメージが言っていないことを祈りながらヴィネヴァはアルトゥヌに視線を向けた。
アルトゥヌは口を小さく尖らせ、うつむいていた。
「私のために、戦争に行ってくれていたの?」
小さな声でぽつりとアルトゥヌは言った。浮かせてもらっていた身体をゆっくりと降ろし、自分の頭をヴィネヴァの胸に乗せる。
「ああ」
と、短くヴィネヴァは答え、アルトゥヌの小さな頭を撫でる。ミルク色の髪が柔らかい。
「私、残りの人生をアナタと過ごしてもいいの?」
濡れた声でそう言ったアルトゥヌをヴィネヴァは強く抱きしめた。
「…ああ」
優しい声でヴィネヴァが言うとアルトゥヌは「ありがとう、大好きよ」とヴィネヴァを抱きしめ返した。
「僕も、大好きだ」
寝転がりながら、2人は初めてのキスをした。