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貴族の朝食

 既に朝食が用意された広間につくと、父と母がいた。


 母は私を見るなり「今日はお寝坊さんね」と微笑んだ。そんな母の言葉を聞いて父はため息を吐く。

「…アルトゥヌ、君もだろう。なかなか部屋の明かりが消えないからハラハラして見ていたよ」

「まあ、見ていたの?じゃああなたも夜更かししたのね」

 母はそう返事するとくすくすとかわいらしく笑った。父はそんな母の返事に頬を染め小さく咳払いをして水を飲んだ。


 …こんな母溺愛の父が外で子どもを作ってくるなんてね…。エミリアはそう思い父親のことをじろじろと見た。


 自分の顔をじろじろと無遠慮に眺めるエミリアを不思議そうに見つめ返した父は、少しぎこちなく微笑む。エミリアと同じ銀髪をオールバックに固め、アメジストのように美しい紫色の瞳をした父は元々伯爵家の次男だった。

 確かに、物語に出てくるイケメン伯爵…といった容貌だ。


 父のことをじろじろ観察するのをやめ、エミリアは自分の腰よりも高い厳かな椅子に座った。椅子の傍へ行くとメイドが優しく抱き上げてくれるのだ。4歳っていいな。

 エミリアが着席すると同時に目の前にはつやつやに膨れたオムレツに、程よく焼き目のついたバケット、冷製スープに小ぶりのグリーンサラダ…。みるみるうちにおしゃれな朝食が出来上がっていく。


「エミリア、今日が何の日か覚えているかい」


 父はこれまたぎこちなくエミリアに聞いた。母以外と話すときはなんだか父はいつも緊張をしているように見えた。

「ヴィネヴァ、エミリアはずっとずっとモクバのことを楽しみに待っていたのよ。ねえ」

 ヴィネヴァ、というのは父の名前だ。母はエミリアの方を見てニコニコと問いかける。昨日散歩のときにモクバの名前を出したことを思い出しているのだろう。


「はい、楽しみにしていました」


 エミリアが答えると、父は緊張が和らいだようで薄く微笑んだ。…イケメンだ。

「それはよかった。仲良くしてやりなさい」

 父がそう締めると、そこからは全く会話のない貴族の静かな食事の時間となった。


 ***


「あの馬車かしら」

 母、アルトゥヌは廊下に張り付くようにして窓から邸外を見下ろしている。

 我が家の前には大きめの街路があるため馬車の通りは多いので、さっきからあの馬車かあの馬車かと言っているが全く違う馬車ばかりだ。

「まだ朝を食べたばかりです」

 エミリアは母の傍らに立ちそう言った。

「こうやって楽しみに待つのも乙なものね」

 エミリアへ笑顔を向け、アルトゥヌは言った。


「お母様、ずっと立っていてはお体に障ります」

 エミリアが言うと、アルトゥヌは「まあ!」と声を上げ「ベルゼのようなことを言うのね」と言った。

「それと、おじいさまの送ってくださる医師団を受け入れてください」

「…もっとベルゼみたいなことを言うのね」

 母は苦笑し私の目線になるようにしゃがんでくれた。


「心配してくれてるのね。優しい子」

 そのまま私の頭を優しくなでる。…こんな優しくてきれいな人が後5年もしたら寝たきりになり、10年後には死んでしまう。

「…私は優しくありません。…医師団というものに興味があるので呼んでいただけると嬉しいです」

 エミリアが言うと、アルトゥヌは目をぱちくりとさせた。

「王室の持つ医師団の方は選りすぐりの秀才ばかりと聞きました。お話ししてみたいです」

 そう続けると母は少し考えるようなそぶりを見せて「確かに、みんなに家庭教師を頼むよりも研究を行っている者たちと話させるのもいいわね…」とつぶやいた。

 アルトゥヌはこう見えて存外教育ママ的な視点があり、4歳であるエミリアに頼まれれば頼まれるほど新しい家庭教師をつけてくれるのもその性格があってのことだった。


「…けどね、エミリア普通の貴族の方たちは王室の医師団など呼べないの。元々王室にいたからってそんな…」

 頭を軽く数回振ったアルトゥヌはエミリアに…そして自分にも言い聞かせるようにそういった。確かにアルトゥヌの言うように王室権限かもしれないがエミリアは納得しなかった。


「ここは若くても公爵家です。王家の息のかかった家柄で医師に来てもらえないでは示しがつかないのではないでしょうか」


 エミリアがそう答えるとこれまたアルトゥヌは目をぱちくりとさせた。

「当主教育はまだ序盤よね」

 傍にいたベルゼにアルトゥヌが尋ねると、ベルゼはゆっくり頷いた。

「授業はまだ序盤ですが、エミリア様は教本をすでに中盤まで読破され理解しておられます」

 ベルゼの回答を聞いてアルトゥヌは「まぁ…」と感嘆の声を漏らした。


「…そうね。では、あなたの勉強も兼ねて一度診てもらおうかしら」


 アルトゥヌはそう言ってエミリアに笑いかけた。

「…金のことは気にするな、一生かかっても私が返す」

 いつからいたのか父ヴィネヴァ公爵はアルトゥヌのことを見据えるように言った。安心しきった瞳でアルトゥヌの傍へ歩み寄り、優しく肩を抱いた。

 アルトゥヌの傍に控えていたベルゼもきちんと背筋を伸ばしたまま直立しているが、なにやら瞳が潤んでいた。

 エミリアは「これで未来が変わればいいのに」と思い、両親の傍を後にした。

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