謹慎開け00:00
長期休み最終日の夜。エミリアは自室のテラスから外を眺めていた。
もう夜も遅いので屋敷の前の街道は人っ子一人通らない。
じんわりと肌を冷やす夜風を浴びながら、エミリアは軽くあくびをした。令嬢らしからぬと思いながらもテラスに持たれ、足を延ばす。
「お姉様」
上から降ってくるような声が聞こえて、エミリアは顔を上げる。
すると、テラスの塀の上にモクバが立っていた。
エミリアは驚きのあまり伸びをした格好のまま呆然とモクバを見上げた。
そんなエミリアの表情が面白かったのか、くすりとモクバは吹き出すように笑った。
「モ、モクバ?」
「はい」
エミリアに呼ばれると、モクバは心底嬉しそうに微笑み跳ぶように塀からエミリアの傍に飛び降りた。
エミリアの胸下ほどの高さの塀なので、足して高くも低くもない塀なのだがエミリアは背中の血が引く心地がした。
音もなく塀から降りたモクバは「…お姉様に謝罪、したくて」とうつむいた。
「謝罪?」
「…ラタンには、先ほど謝ってきました。僕はどうかしていました」
少し肩を震わせたモクバの傍にエミリアは歩み寄ると「そう」とモクバの肩をさすった。
「お姉様には、恐ろしい思いをさせてしまい…申し訳ございません」
そう言ったモクバの謝罪をエミリアは頷き受け取る。本当にこの子が、時を何度も遡っているのか疑問に感じるほどモクバは年相応だった。
「謹慎の解けた時間、丁度に部屋を出ました」
モクバの目の下にはクマがあった。きっと自責からうまく眠れなかったのだろう。
「早く、二人に謝りたくて」
無理に笑顔を作ったようにぎこちないモクバの表情をエミリアは見ていられず、自身の手をモクバの顔に重ね目隠しをした。
「…お姉様?」
「明日からまた学園よ。もう、寝なくちゃ」
そういったエミリアの言葉を聞いてモクバは「…そうですね」とかすれた声で返事をした。
多少項垂れるようにモクバがエミリアの部屋に入ろうとする。エミリアの部屋を経由して自室に戻るつもりなのだろう。
そんなモクバの腕をエミリアは咄嗟に掴む。驚いたようにモクバはゆっくりと振り向いてくれた。
「モクバは、お母さまのこと…好き?」
エミリアが尋ねると、モクバは少し首を傾げ「好きです」と答えた。
「…一番?何にも代えがたい?」
たたみかけるようにエミリアが聞くと、モクバは意味が分からなかったのか少し訝し気とでも言いたげに瞳を細めた。
「そうですね…他人には代えられません」
「そっか…」
モクバの返事を聞いてエミリアはすとんと自分の中で何かが腑に落ちたような、安堵感を覚えた。
きっとモクバはアルトゥヌの死を回避するため、何度も時間を遡ったのだろう。
「でも、」
安心したように胸をなでおろすエミリアの腰をモクバは優しくエスコートするように掴む。あと数センチで顔がくっつくような距離にエミリアを引き寄せた。
エミリアは心臓が止まりそうだ。月明かりに照らされた白く滑らかなモクバの肌が嫌に艶めかしい。
「一番ではありません」
モクバはそう言って「お姉様、おやすみなさい」と、はためくカーテンの海に沈むように部屋に入った。
しばらく放心したままだったエミリアに意識が戻ったのは、エミリアの部屋から退出するモクバが、優しく扉を閉めた音だった。
*
学園に向かう馬車に揺られながらエミリアは昨日の夜のことを考えていた。
…正直一睡もできていない。自分の前に座って車窓から黙って景色を眺めているモクバに目を向ける。
モクバはエミリアの視線に気が付いたのか、すぐエミリアに顔を向け優しく微笑んだ。
朝日に照らされた小説主人公はあまりにも美しく、エミリアは心臓が破裂しそうだと顔をそむけた。
真っ白な肌に青みのある紺色の髪が風に揺れて影を作る。宝石のように鮮やかな青い瞳がこちらを見つめて嬉しそうに微笑むのだ。
…確かに小説世界で男たちの性癖が歪みに歪む理由もわからんでもない。エミリアはそんなことを考えながらただじっと馬車が目的地にたどり着くのを待っていた。




