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一つの答え

 エミリアはアルトゥヌとともに屋敷の東に位置する宝物庫に来ていた。

 仰々しい扉の前にベルゼは近寄ると、じゃらじゃらと10個はキーがはめられているキーリングを取り出すと素早くカギを開けた。

 鍵穴は複雑なようで、3つほどカギを順番に差し込み適当とは思えない順にカギを捻らなければ開かないようだった。


「宝物庫を見たいなんて、初めてね」


 そう言ってアルトゥヌは笑うと「宝物と言ってもお爺様から貰ったものや、パパが褒美でもらったものを詰め込んでいるだけよ」と続けた。

 アルトゥヌは未だにヴィネヴァのことをパパと呼ぶも、エミリアもモクバもヴィネヴァのことをパパと呼んだことは生まれて一度もない。幼い頃からお父様呼びだ。


 部屋に一歩踏み入ると思ったよりもシンプルな部屋が広がっていた。

 温かみのあるグレーの壁に、深いロイヤルブルーの床。壁に沿うように多種多様な棚が置かれており本やら何やらが丁寧に保管されている。

 棚それぞれにもカギが点いており、ベルゼの持っていたキーリングにハマっている大量のカギはそれぞれのものだろう。


「…リラズの短剣を、見てみたいのですが」


 エミリアの口にした『リラズの短剣』とは、先日精神世界で目にしたエカトーの残した短剣だ。

 エミリアの言葉を聞いてアルトゥヌは微笑むと「我が家一番の宝物だものね」と答えた。

 ゆったりとした動きでアルトゥヌが部屋の奥に進む。エミリアもそれに続く。

 部屋の最深部には大きなハープや、上等そうな花瓶。様々な宝石類が詰め込まれたガラス製の宝石箱があった。

 それらを見下ろすように壁に掛けられた短剣を見てエミリアは息を呑んだ。

 本物を目にしたのは初めて、のはずだ。精神世界の映像を見てリラズの剣だと気が付いたのは本で絵を見たことがあったからだ。


「綺麗、ですね」

「でしょう。女神の持ち物と言われていてね…ハープをイメージした装飾なのよ」


 にこやかにアルトゥヌが言う。

 剣身は銀のように艶があり、柄は剣身に反するように木製だ。

 柄頭から鍔に向かってまっすぐ伸びる柄とそれにまとわりつくかのように彫られたリボン上の木が芸術的だ。あちこちにはピンクに染色された薔薇の花が彫られている。


「これだけ美しいと、盗まれたりしないか不安です」


 エミリアがそう言うとアルトゥヌは驚いたように瞬きをした。そしてすぐに笑顔に表情を戻すと「そうね」と頷く。

「この短剣は美しいけど、それ以上に恐ろしいものでもあるのよ」

「恐ろしい、ですか」

 エミリアはアルトゥヌを見た。アルトゥヌはじっと顔を短剣に向けていて、エミリアの位置からでは表情が上手く読み取れない。

「これは、罪人を裁くものだったそうよ」

 エカトーの言ったとおりだ、とエミリアは思ったと同時にきちんと王族には宝物の話が伝わっているのだと感じた。

 ゆったりとした動きでアルトゥヌが振り向く、少し物憂げで悲しそうにアルトゥヌは微笑んでいる。

「これに興味を持ってはいけないわ。お爺様は厄介払いでこれを私に渡したんだもの。私の代で、これはどうにかしないといけないわ」

 途中から、まるで熱に言わされたうわごとのようにアルトゥヌは話した。エミリアは不振に感じながらも「厄介払い?」と疑問を口にする。

「罪人の血を吸った短剣を、降下する姫に渡す意味」

 そう呟くと、アルトゥヌはじっと黙り込んだ。


「私はずっと意味を探しているけど、いまだ答えが出ないわ」


 エミリアはアルトゥヌの言葉に、なにも返事することができなかった、

 しばらくの沈黙の後アルトゥヌは「まあ…お爺様のことだから、私がハープを好きだからって理由だけかもしれないわ」と少しおどけて言った。

 アルトゥヌが姫だった時代、アルトゥヌはハープの名手だった。あちこちの音楽界で引っ張りだこで、母の肖像画にはいつも傍らにハープが描かれるほどだった。


「ここは空気が悪いわね、そろそろ出ましょうか」


 アルトゥヌが言うとベルゼが素早くアルトゥヌを支えた。

 朝食の後からずっと歩き回っていたものだから、疲れてしまったのだろう。回復に向かっているとはいえアルトゥヌの体調は万全とは言い難かった。


 *


 モクバの謹慎が解けるまであと1週間。謹慎の終了は長期休みの終了を意味している。

 エミリアは自室で大きなため息を吐いた。


 今日、宝物庫を見に行ったのはリラズの短剣がすでに無くなっている可能性を考えていたからだ。

 あそこから持ち出さなくてはモクバはリラズの短剣を利用することはできない。

 精神世界でエカトーはモクバは時間を巻き戻すことをやめたがっているとはなしていたが、そのために今生では短剣が必要なくなったのだろうか。


 色々思案しながらもエミリアは机に向かい、先日出会ったスコット伯の令嬢に手紙をしたためていた。

 本来であれば階級の低い向こうからの手紙を待つべきなのだが、どうにも彼女が自分よりも階級が低いとエミリアは感じられなかった。

 エカトー自身でないにしても、それに近い存在なのだろうと勝手ながら感じていたからだ。


「モクバが、自分の罪を認める…。罪、モクバの罪って、なに?」


 ぼやくようにエミリアは言う。

 そして頭の中で「どうして時を何度も遡ったのか」そんな疑問と一緒に「どうして今生は遡りをやめる決断をしたのか」と新たな疑問が生じた。


「私、モクバのこと何にも知らないのかもしれない」


 うっすらと精神世界で思い出したであろう過去”エミリアだった頃”の記憶を辿る。

 どうしてもモクバが自分の身が狂う一歩手前になるまで、何度も時間を戻す理由が思い当たらない。

 王子に辱めを受けたから?だとしたら関りを持たないよう徹底的に逃げればいい。

 それにこれまでモクバは王子から誘いの手紙が来ても、校内で声をかけられても顔色一つ変えていなかった。王子が問題ではない、のだろう。


 あれこれ頭の中で思考を巡らせた結果、エミリアは一つの答えにたどり着いた。


「お母様が、死んでいないわ」

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