精神世界で神と出会う
屋敷に戻ったエミリア一行は、客室に集まっていた。
神殿の前で出会った少女。眠ってしまったためそのまま連れて帰ってきてしまった。
「…これって、誘拐…かしら」
そうエミリアが呟くとハエルは「保護…!保護でございます!」と涙目で訴えた。
「けどこの子、口をきけないみたいだったよね」
それに見るからに平民だし、字も書けないだろうとラタンが呟き考えるようにうつ向いた。
「朝になったらこの子を連れて、また神殿に赴かなくてはね」
先ほどの恐怖体験…黒髪赤目の少年に追いかけられかけたことを思い出しエミリアはため息を吐いた。
ゼロと呼ばれた少年は、エミリアを見てにんまりと不吉に笑った。あの顔を思い出すだけでエミリアは鳥肌が立つほどだった。
「それにしても、不思議な子ね」
エミリアがベッドですやすやと眠る少女を撫で、顔にかかった髪をどかしてやる。
「音もなく表れて、こちらの要求をすんなり理解して、」
そこまで言ってエミリアは「この子、どこから来たのかしら」と、疑問が頭をよぎった。
あの神殿は入り組んだ場所にあり、周りは畑や雑木林ばかりで民家は少ない。思いつくのは養護施設に預けられた子どもだろう、という線だが日が落ちてから施設を抜け出しているのに特段あたりに彼女を探す大人の姿は見当たらなかった。
迷子だったのかしら、とエミリアは自分の中で決着をつけると少女に目をやった。
真白な肌に煌めくような金髪。顔も整っていたし、服装を除けば貴族の令嬢と並んでも見劣りしないだろう。
あれやこれやと思考を巡らせたが特に答えも出ず、エミリアはヨロっと立ち上がった。
わざわざ屋敷を抜け出してまで向かった神殿だったが、収穫はほとんどない。
今回モクバを呼び出したのは”ゼロ”と呼ばれる不気味な少年だったということ。
そして、モクバが”エカトー”と呼ばれる存在について調べているであろう、ということだけだ。
「エミリア様、今日はもうおやすみになりますか」
ハエルが聞く。「おやすみになってください」とは言えないので「なりますか」と疑問形なのがハエルらしい。
アルトゥヌ付きの侍女、ハエルの母でもあるベルゼのように「~なさってください」だの「~してください」とか言ってくれてもいいとエミリアからは話しているもののどうにもなかなかハエルはエミリアに指示を出せないようだった。
「そうね、そろそろ」
エミリアは立ち上がり、ハエルの手を握る。小さいころから移動時にハエルの手を握るのだ。
新しくやってきた侍女なんかにはぎょっとされるものの、エミリアはどうにもこの癖を直すことができなかった。
*
その日の夜、エミリアはまた精神世界へやってきた。
こんな頻度でこの夢を見るのは初めてだった。
そして、今回はもう一人、エミリア以外の”存在”がいた。
「やっと会えたわね」
優しく微笑む彼女は、今日出会った口のきけない少女をそのまま成長させたような美しい女性だった。すべらかな白い肌を包むようにサテンの白い布が数枚巻き付いている。風もないのに靡く布は、美しい。
エミリアはすぐに頭を下げた。自分よりも格上だと本能で気付かさせるようなプレッシャーが彼女にはあった。
「エミリア、今日は助けてくれてありがとう」
そう言った彼女は飛び込むようにエミリアを抱きしめた。
何の話か全く理解できないエミリアは困惑したまま彼女を緩く抱きしめ返した。
「私はエカトー、この世界を創造した神よ」
微笑んだ彼女…エカトーは、エミリアの額に優しくキスを落とした。
「そ、創造神様…?」
エミリアはつぶやき彼女の顔を眺める。
この世界で広まっている神話に”エカトー”という名の神は存在しない。これまであらゆる学問に手を出してきたエミリアであったが、エカトーという名称を聞いたのは今日の神殿が初めてだった。
そして、信仰対象の創造神である存在は”ミデン”という名前だ。
現在の王族を産んだ神と言われており、あちこちに点在する神殿すべてにミデンという名の美しい青年の神像が飾られている。
エミリアは困惑したものの、彼女が嘘をついているようには見えないし、神様なのだろうという謎の納得感があった。
それほど彼女は人間離れしていた。
「現代のヒトがミデンを信仰しているのは知っているわ」
彼女は優しい微笑みを崩さずそう言うと「ミデンは私の弟子だったの」といたずらっ子のように笑った。
「お、お弟子さん…ですか?」
エミリアが尋ねると「そう、もう数えきれないくらい昔の話だけど」とエカトーは嬉しそうに言った。
「彼は神ではなく、天使だったの」
それだけ言うと、エカトーは一瞬口をつぐみ困ったように眉を曲げた。エミリアはかける言葉も思い浮かばず彼女を眺めた。
しばらくするとエカトーはまた口を開き「今日は伝えたいことがあって」と話し始めた。
「やっと思い出したのよね」
エカトーは首を傾げる。エミリアもエカトーと一緒に首を傾げると「思い出す?」と疑問が口から出た。
「貴方の弟よ。彼がこの世界の…この繰り返される世界の根源ってこと」
そういったエカトーは自身の右腕を伸ばし、映像を掴み取りエミリアに見せた。
そこには以前見たモクバが第一王子に屈辱を受ける様が映し出されており、エミリアは咄嗟に顔をそむけた。
そんなエミリアの頬をエカトーは撫でると「これからよ」と一言呟いた。そんなエカトーの言葉を聞いて恐る恐るエミリアが目を開けると、そこには血の海に佇むモクバの姿があった。
「も、モクバ…」
そして、彼は自分の首を短剣で欠き切った。
その瞬間は目を瞑ってしまったものの、モクバは自身で命を絶ってしまったのだろう。
エミリアの顔がみるみる蒼くなる。そんなエミリアを包むようにエカトーは抱きしめる。
「この短剣よ」
きっぱりした声でエカトーは言った。
「これは、私の作ったものなの」
エミリアは一瞬目に入った短剣を頭の中に思い返す。あれは、母が王家を離れる際に陛下から賜った国宝の短剣だ。
創造神が人を裁くときに使ったと言われる、神器の一つで王家が保管する国宝だ。母の輿入れ道具として王が手渡したときは、国宝を託すほど愛された姫の降嫁だと国が沸いたそうだ。
「言い伝えの通り、私がヒトを作り罪が産まれた頃作ったものよ」
エカトーはそう言って「これは無限に時を戻すの」と呟き続けた。
「罪人に何度も同じ時を過ごさせ、罪を理解させるためにね」
エカトーの言葉にエミリアは顔を上げ「罪人の、時を…戻すため?」と呟いた。
エミリアの呟きにエカトーは頷くと「死んだ日を起点に、罪人は時を遡って何度も何度も同じ日々を繰り替えすの。時を遡るといっても、本来なら精々長くて4,5年なんだけど」と、呆れたように言った。
「けど、貴方の弟は自身の魔力を込めて、貴方と自分を切った。そのせいで10数年時をさかのぼり続けているの」
「わ、私も?」
「そう、あれに切られないと巻き戻らないから」
しばらく押し黙ったエカトーは「彼の魔力量はヒトを越えてる。けどそろそろ限界のはずよ」と話した。「限界?」とエミリアが聞くとエカトーは頷く。
「何度も同じ時を過ごし続けたら、どうなると思う?」
エカトーの問いにエミリアは小さな声で「…精神崩壊、ですか?」と答えた。
「それも、考えられるわ」
満足そうにエカトーは笑って頷き「彼は今それに近い状態ね。強い理性でどうにかしているようだけど」と続けた。
「彼は、もう時間を巻き戻す気はないみたい」
そう言ってエカトーは微笑み「それで私を探してるってわけ」とおどけたような顔を見せた。そんな表情ですら美しいのだからエミリアはため息を吐いてしまいそうだった。
「…あまり話の全貌がつかめていないのですが」
困った由生にエミリアが言うとエカトーは「そう?きっと貴方ならわかっているはずよ」と頓珍漢な返事をした。
「あの短剣で切られた存在は自分の罪を認め、悔いるまで無限の時の輪から逃れられない」
エカトーは優しく人差し指をエミリアの胸に指した。嫌に早くなる自身の心拍に、エミリアは押しつぶされてしまいそうだった。
「なのに彼は全く罪を認めていない。けどこの無限の時の輪から、自分がおかしくなる前にどうにか抜け出そうともがいているのよ」
「モクバの罪?」
エミリアが呟くとエカトーはにんまりと微笑み「そう、罪」と答えた。
無邪気なエカトーの声色と「罪」という単語はあまりにも似合わず、変な気持ち悪さをエミリアは感じた。
「罪を認める以外に、抜け出す方法をエカトー様が知っておられるのですか?」
エミリアがいうと、エカトーは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに笑った。
「私を神の座から引きずり下ろし、理を書き換えるのよ」




