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マイア神殿のゼロ

 

 少女は口が利けないのか身振り手振りでエミリアたちに何かを伝えようとしている。

 正直、何を伝えたいのかさっぱりだ。


 困ったように少女を眺めているエミリア一行にしびれを切らしたのか、少女はエミリアの腕を引っ張る。ラタンやハエルが「ついてこいってこと?」とか「お嬢様を引っ張ってはいけません!」とかわいわいとしゃべりながらついてくる。


 少女は長くウェーブがかった髪の隙間から透き通るようにきれいなエメラルドグリーンの瞳をのぞかせ、薄く微笑んだ。


 *


 少女に引かれるがままついてくると、神殿の裏口から中に入れた。

 エミリアは「こんなところに入り口があったのね」と神殿の中を見渡す。

 天井に近い壁には線上のステンドグラスが連なっており、太陽なのか付きなのかわからないが淡い光で浮き上がるように照らされている。

 サイズは小さいが神秘的な神殿だ。

「どうもありがとう。中に入れなくて困っていたの」

 エミリアは屈み、少女の目線に立ってそう言うと少女は嬉しそうに頷いた。


「お嬢様、そろそろ約束の時間です」


 ハエルが言うとラタンはそれに続くように「足音です…!隠れて」と講壇の中にエミリアと少女を詰め込むように押した。

 ラタンとハエルは脇に寄せられた長椅子の裏に隠れるようだ。

 そこからしばらくジッとしていると、コツコツと足音が大きくなる。二人、いるようだ。


「モクバは来ないのですね」


 大人の男性が話す。丁度神殿に入ってきたようだ。

 エミリアたちが入ってきた裏口とは対角線上の場所に、隣に建つ養護施設と繋がっている出入り口があるようで、扉が開いた際に奥で生活する子どもたちの声がうっすらと耳に届く。

 すぐに扉は閉められたようで、あたりは一瞬で静寂に包まれる。


「なんかやらかしたみたいで、謹慎にあってるっぽい」


 もう一人、男がしゃべりだす。先ほどの男よりも若い声だ。

 どちらもエミリアのこれまでの人生で聞いたことのない声だった。


「折角エカトーの痕跡を見つけたというのに」

 そう言って大きな男ため息を吐く。それを聞いて若い男は「見つけただけじゃだめだけどな」と笑った。

「エカトーが彼女に憑いているんですから、モクバは喉から手が出るほど欲しい情報でしょう。にしてもゼロ…君はいつも突然僕のところに来ますね」

 ゼロと呼ばれた若い男はへらへらとした声色で「これから連絡するって連絡を入れなきゃいけないのか?めんどくせーこった」と鼻で笑う。

「そういうことではなく…!はぁ…まあいいです。で?今回仕入れた情報は?」

「お前には教えねえ」

 男の言葉を遮るようにゼロは言うと「モクバを呼び出すのにここはいろいろ都合がいいだけだ」とバッサリ言い切る。

 生意気なゼロの口調に男はより大きなため息を吐くと「ここ出身の子たちはろくなもんにならないですね。君と言い、モクバと言い…」と呟き「では僕はお役御免ですね」と歩き出す。


 ゼロと呼ばれた男は何も言わず、男が立ち去るのをじっと待っていた。

 男がまた、養護施設に繋がる扉に入っていくと「…だりー」と呟き長椅子に腰かけたようだった。


 …その時だった、エミリアの傍で小さく蹲っていた少女が頭を講壇の内側にぶつけた。

 つまらない話に眠ってしまっていたのだろう。痛そうに頭をさする少女を抱えるようにしてエミリアは冷や汗が噴き出た。

「…あ?」

 と、不機嫌そうな男の声だけ聞こえたが、それからなにも、足音も聞こえない。

 何か警戒されているのだろうか、少女から目を離しパッと前方を見ると講壇の上から男の頭がぬっと降りてきた。

 エミリアは声にならない声を上げて、下がれる限り後ろに下がった。


 そんなエミリアと少女を見つけた”ゼロ”はにんまりと笑う。

 真っ黒な髪に真っ赤な瞳をした少年は、まるで吸血鬼のように肌が白くエミリアは気味が悪いと思った。


「お前!こんなところにいた…へぐぅ!!」

 潰れたカエルのような声を上げてゼロが吹き飛んでいく。

 エミリアが何度も瞬きをしていると、ハエルがエミリアの元へ駆け寄る。

「お嬢様っ!」

 ハエルの手を取り、エミリアは眠そうな少女を抱えて立ち上がる。

 ラタンはゼロの方を向いて、けん制してくれているようだ。


「…て~!目合っただけだぞ」


 ゼロはそう言ってよろりと立ち上がる。背中をぶつけたのか「血出てない?」とラタンに背中を見せている。

 ラタンはラタンで「出てない」と返事し「お嬢様、走れますか?」とエミリアに尋ねた。

「…走れるわ」

 エミリアが答えると「走れなくてもハエルが抱えて走ります」とハエルがエミリアの手を取った。


「まあまあ待てって、俺の話を」


 にこにことゼロが笑顔のままこちらに歩み寄ってくる。

 そんなゼロの顔にラタンは勢いよく”肥料”を投げた。

「うわ!くさッ!」

 と、ゼロが自身の顔に張り付いた肥料を引きはがそうとしている「粘着性がある!」とゼロは騒ぎながら神殿の壁に顔をこすりつけ始めた。


「なかなか取れないはずです!逃げましょう!」


 そう言ったラタンの言葉を皮切りにハエルが走り出す。

 裏口の扉を勢い良く開け、先ほど馬車から降ろしてもらった通りに飛び出る。

 後ろからラタンも一緒に走ってついてきており「どこかで馬車を拾いましょう」と声を上げた。

 神殿が他の建物に隠れて見えなくなったころ、行きに乗せてもらった馬車のおじさんが通りを下ってきた。


「およ、もうお帰りですか?」


 おじさんを確認するや否やラタンは「4人、乗れる?」と尋ねた。

「一人増えてますけど乗れますよ」

 そう言っておじさんはいそいそと運転席から降り扉を開けた。

 ハエルはエミリアと少女を馬車に詰め込むと、ラタンと一緒に馬車に乗り込む。


「55番通りまで」


 ハエルはよく通る声でそう言うと、エミリアの顔や腕を触診し始めた。


「大丈夫よ、なにもされてないから」


 エミリアが答えると「なんだか異常そうなやつでしたから、確認させてください」なにか液体でも欠けられていたら大変とハエルは暗闇の中目を凝らす。

 エミリアは触診されながら馬車の小さな窓から外を見た。もう日は完全に沈み、あたりは暗くなっていた。

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