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エミリアの来訪

「今日からここで寝るわ」


 エミリアはそう言うってモクバの部屋のソファに座っている。

 パジャマを身に纏ったエミリアが「いいでしょ?」とモクバを見上げる。

 モクバはというと戦慄き、声にならない声を漏らしている。


 授業も終わり、剣の自主稽古を終えたモクバが部屋に戻るとそこはいつもと違って明るく普段モクバが焚かないアロマの香りに包まれていた。


「こ、ここで?」

「モクバの部屋は鍵もついてるし」

「つ、ついてますけど。ベッドは一つしかないですよ?」

「大きいし平気でしょ」


 小首をかしげて「お願い」とねだるエミリアを見るのは幼少期以来だったモクバはまるで天使でも見てしまったかのように顔を覆い「平気、なわけではないです」と呟いた。

 確かにキングサイズほどの異様に大きなベッドではあるものの一つのベッドは一つのベッドだ。

「じゃあ私がソファで寝るわ」

「それは絶対にダメです!」

 モクバが慌ててエミリアの肩を掴む。思ったよりも細く小さい肩がモクバの手のひらの埋まる。エミリアは女子にしてはすらっと長身気味ではあるものの全体的に華奢だ。あまり強く掴んではいけないとこわごわとモクバは手を離す。


「ど、どうして急に?」


 モクバは上目遣いでエミリアを見る。

 エミリアはモクバの宝石のように青い瞳に吸い込まれそうだと思った。さすがは主人公、破壊力が段違いだ。


「…どうしても」


 エミリアは自室に戻ってから記憶がよみがえった際のメモを読み直していた。

 …今ぐらいの時期にモクバの部屋に数人の上級生が押し入ってくる回があったのだ。そしてその時たまたまモクバの従者は席を外していて、モクバはあられもない姿にされてしまう…目も当てられない回だ。

 そして先日のマーティンとの距離感、あれを見てエミリアは焦燥感を覚えていた。モクバは原作のような陰のある美少年ではなくなったが、明るく人懐っこい美少年にシフトチェンジしているだけだ。危険性が下がったわけでは全くない。

 エミリアが危険人物として見ている人間以外がモクバの貞操を狙う可能性も否定できない。そして不特定多数がモクバを狙うイベントも相まってエミリアの不安は最大値なのだ。


「…理由があったらいいの?」


 エミリアはモクバを見上げ首を傾げると「理由によりますね」と半ばあきらめたようにモクバが返事した。突拍子もないエミリアの行動に呆れているのだろう、モクバは困ったようにエミリアを見つめた。


「10年前は一緒に寝てたでしょ?」

「…僕が怖がりだったから、一緒に寝てくださってましたね」

「今日はその逆。私が安心したいから一緒に寝ましょう」


 そう言ってエミリアが頼むとモクバは苦しそうに胸を抑えた。エミリアは慌てて「大丈夫?」とモクバを支えるが「大丈夫です…」とモクバはふらついた。


「そういうことなら、ご一緒しましょうかね…」


 そう言ってモクバは「今からお部屋に帰すこともできませんし」と暗くなった窓を眺めてからパジャマ姿のエミリアに視線をうつし困ったように笑った。

 エミリアは先にお風呂入っちゃえば無理に帰れとは言われないだろう、と計算してハエルに超特急でお風呂に入れてもらったのだ。お泊りの許諾を得たエミリアは胸を張って「損はさせないわ」とモクバに言った。なんといってもここにエミリアが泊まれば、ここにはどの男も立ち入ることはできない。公爵家の令嬢が滞在しているのをわかって侵入など処刑ものだからだ。


 年頃の男の子らしい想像しかできないモクバはその場で固まってしまった。戸惑うようにモクバが「そ、損?」と漏らすもエミリアは頷き「じゃじゃん」と掛け声と一緒に絵本を取り出した。

「読んであげる」

「え…?」

「モクバは絵本を読むとぐっすり寝るから」

「…10年前は、そうでしたね」

 そう言ってモクバはくすくす笑うと「じゃあ僕は…早くお風呂に入らなきゃ、ですね」と立ち上がった。


 *


 一緒にベッドに入ったエミリアとモクバ。

 エミリアは優しい淡々とした声でモクバに絵本を読んでやる。モクバは小さい頃、この抑揚のないエミリアの話し方に安心して眠っていたのを思い出していた。

 今思うと当時の自分の行動はどうにももったいない。せっかく小さかったのだからもっとエミリアに抱き着いたり、撫でてもらったりすればよかった。


「…あ、モクバ」

「はい?」


 ちょっとした距離をとりながらモクバは枕に肘をつき、エミリアに目を向けた。エミリアは小さな手で絵本を捲り「明日と明後日も泊まるから」と言った。

「え?」

「というか今月は泊まるから」

「な、なんでですか?」

「安心するまでそれだけかかるってこと」

 狼狽えるモクバを見てエミリアは「やっぱり年頃の男の子だもん、嫌よね…」と複雑な心境になった。


「けどね、モクバ安心して」

「…何をどう安心しろと?」


 エミリアは絵本を閉じ、キリッと眉を上げると「今月が過ぎればもう過干渉はやめるから」とはきはきと声を上げた。

 そんなエミリアを見てモクバは石のように固まると「え?」とだけ声を漏らした。

「もう遅いから寝ましょう」

 と、エミリア固まるモクバを余所にベッドに埋まる。

 そして天使のような笑顔で10秒も経たぬうちにエミリアは寝息を立ててしまった。

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