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マーティンの危機

「マーティン」


 眩しく輝く太陽に負けず劣らず、モクバはさわやかな笑顔でマーティンを呼んだ。

 マーティンは「またか」とため息を吐きつつモクバに歩み寄る。

 クラスメイトどもはモクバの美しい見目に惑わされているようで、ほうと感嘆のため息を吐き見とれるものが大半だ。


「今日の稽古、すごかったな。10人抜き」


 嬉しそうにモクバはそう言って笑う。

「先生に止められなかったらクラスの全員を薙ぎ払ってたんじゃないのか?」

 モクバはそう続けるも、マーティンはその言葉にため息を吐いた。

 公爵家と男爵家どう考えてもモクバの方が爵位が上なのだが、モクバがクラスの全員にタメ口で話してほしいとお願いをしているので、マーティンもあまり気負わず素でモクバとは接している。慣れるのに2年はかかったが。

「クラスの全員は無理だな、お前が止めるだろ」

 そう言ったマーティンの言葉に「うんうん、マーティンも自分の力量を理解してきたな」とモクバは涙ぐんだ。


 入学してすぐ、剣術の授業でマーティンはとてつもない才覚を見せつけた。

 今までずっと片田舎の領地で練習相手もおらず、自身の腕前を理解していなかったマーティンだったが学園に入ってからは違った。

 先輩であってもほとんど負けなし、教師陣ですら圧倒できる自身の剣術に自分が一番驚いた。

 そして1年の授業では見学ばかりだった公爵家のモクバを正直下に見ていた。

 地位が高いと負けるのも怖いのかと、顔だけ綺麗で勉強もできるこの公爵家のお坊ちゃんにマーティンは剣術では勝っていると思い込んでいた。


 その思い破れたのは1年の春。

 稽古場で素振りをしているところにふらっと現れたモクバが「練習に付き合ってほしい」と木刀を手渡してきた。


 そしてそこでマーティンはモクバに敗北したのだ。


「けどいつかはお前を越すよ」


 マーティンはそう言ってモクバを横目に見る。嫌に長いまつげが瞬き「楽しみだな」とモクバは笑った。マーティンはこの人懐っこい表情を見て、何不自由なく過ごしてきたモクバを眩しく思った。

 きっと彼が陰のある人間だったなら、お人よしのマーティンは下手に構い、もしかしたら恋に落ちていたかもしれない。そう思わせるほどの美しさがモクバにはあった。


「本題、この前なんでお姉様とお茶してたんだ?」

 いきなり早口になったモクバは瞳の光を失ったかのようにジッとマーティンを見た。

 マーティンは冷や汗をかきながら「こんなシスコンだとわかっていたらあの日エミリアへ声をかけなかったのに」と後悔を覚えた。

「何度も説明しているが、ちょっと聞きたいことがあって声をかけたんだ」

「聞きたいことってなんだって聞いてるんだよ。濁すなよ」

 背中にすべての業を背負ったような凶悪な表情でモクバはマーティンを睨みつける。

 マーティンは「…こいつに睨まれても何ともないのにな」とため息を吐く。


「変なことお姉様に吹き込もうとするなよ」

 モクバはそう言って歩きながらだというのにマーティンの腰に手を回し、マーティンの臀部をつねり上げた。

「いで!なんなんだよお前は…!」

 マーティンも仕返しとばかりにモクバの正面に回り肩を掴んでつねる「いてっ」と少し情けない声をモクバがあげる。

 涙目になったモクバがマーティンを睨むも、かわいらしい顔のおかげで別にそこまで怖くない。さっきまでエミリアの話をしていた時の顔の方が何倍も怖かった。


「ちょっと」


 モクバを生理的にとはいえ泣かせたことに得意になっていたマーティンの目の前にバサッと淡いグレーの扇子が広げられる。

 扇子を掴む真っ白な手の先を見て、マーティンは寒くなった。


「お、お姉様…」


 モクバも気が付いたのか、扇子に阻まれて見えないがきっと顔は青いことだろう。


「これはどういうこと」


 少し吊った大きな赤い瞳がマーティンを睨む。

 マーティンはどうしてか腹部が熱くなり「んぐ…」と声が漏れた。

 慌てたようにモクバがマーティンから離れると「ちょ、ちょっとしたじゃれあいで…」と誤解を解こうとエミリアに向く。

 エミリアはモクバ口元を自身の白魚のように透き通るような真っ白な指先で抑え、制止する。


「アナタに聞いているのよ、マーティン男爵令息?」


 あまりにも鋭い眼光を向けられ、マーティンは出てはいけないものが出てしまう気がした。

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