ブラコンとシスコン
自身の部屋に戻ったエミリアは泣いていたモクバを思い出していた。
初めてトゥリアンダ家にやってきた日のように弱々しく泣いたモクバの頭ををエミリアは撫でた。泣いている姿まで妖艶で、真っ白な頬を伝う涙が宝石のようだった。エミリアは「あれが主人公か」と嚙み締めた。
ジッと椅子に座って考え事をする様子のエミリアを見て「エミリア様…?」とハエルが声をかける。
「ねえ、モクバってなにか特別なシャンプーでも使っているの?」
至極真面目そうにエミリアが聞くも、ハエルは質問の意図を理解できなかったようで「モクバ様のシャンプー…ですか?」ときょとん顔だ。
「今日、あの子の頭を撫でたんだけど3歳のころからほとんど変わらないレベルのサラサラ感だったのよ」
目の前の机に両肘をつき手を組む。エミリアはまるでどこかの司令官のようにうつ向きがちに「あれは何か秘密があるわ…」と呟いた。
「うーん…、エミリア様と同じものをお使いのはずですが…」
ハエルはそう言って「エミリア様もさらさらですよー」とエミリアの髪を梳いた。
「…私の髪はまっすぐすぎるのよね」
確かにエミリアの髪の柔らかく艶々だが、どうにもモクバの髪とは違う。モクバのまるで雲のように軽く少しうねっているのにサラサラの髪はもっと触りたいと思わせる不思議な魅力があるのだ。
「エミリア様はシルクのような髪ですもんね、モクバ様は少し癖がおありになりますし…」
「あれくらいふんわりしているほうが可愛らしいわよね」
「私はエミリア様のまっすぐの髪も大好きですよ」
ハエルがそう言って笑うとエミリアもつられるように笑った。
「あなたのお母さんには負けるけどね」
ハエルの母であり、アルトゥヌの専属メイドベルゼの針金のようにまっすぐな髪を思い出しエミリアは微笑んだ。
「母の髪は…柔らかくはないので…」
「見た目通りなのね」
そう言ってハエルとエミリアは顔を合わせて笑った。
*
「お坊ちゃま」
ラタンがモクバに声をかける。
以前の立食パーティー以降、エミリアから「モクバを変な目で見ないから」とお墨付きをもらったラタンはモクバの専属執事としてモクバの寮室の管理を任されている。
これまでメイドが付いていたが15歳以上からは女性メイド一人では反対に危ないとモクバがエミリアに進言したのだ。
男ばかりの寮で、どの令息も執事が付いているのでモクバに使わされたメイドもどこか居心地が悪そうだった。…そしていかにも監視し、エミリアに報告していますという様子がモクバにとって窮屈に感じさせた。
「名前でいい」
「あ。そっすか?モクバ様、今日はご機嫌っすね」
「そこまで砕けていいとも言ってないがな」
軽口をたたくラタンにそこまで不快感はないのか、モクバは風呂から出たばかりの濡れた髪をラタンに拭かせながらソファに腰かけた。
メイドがいた時は甲斐甲斐しく風呂まで面倒を見られていたが正直一人の時間も欲しかった。
ラタンが専属になったとたんエミリアは「モクバ、一人でお風呂に入りなさい」と凄まれなんだか笑えた。
メイドには裸を見られてもいいが、執事にはダメらしい。
「今日はエミを抱きしめた」
キリッとした顔でモクバが言うと「ひゅーやりますね」とラタンは口笛を吹いた。正直姉弟なのだからハグぐらいあるだろうとラタンは思ったがなんか得意げだし盛り上げとけと思い適当に返事をした。
「…最近エミはどんどん綺麗になる」
そういってモクバは顔を覆うと「ブラコンの弟がシスコンってもう地獄っすね」と、ラタンは言った。
「シスコンか、お前は僕がシスコンだと思うか?」
「まあ、姉と呼ばれる人を異常に慕ってたらシスコンなんじゃないっすか」
「…血が繋がっていなくても?」
「まー…、世間的には?」
けらけらとラタンは笑いながら「つか俺庭師なのに坊ちゃん付きの執事ってスゲー昇進」と笑った。
正直、モクバはラタンのことをずっとライバル視していた。
屋敷内で一番エミリアと年が近く、そして仲が良かった。
後にエミリア付きの侍女といい雰囲気なのだとエミリアに聞かされてからその視点なく仲良くしているが、なかなか読めない男だ。
「お前は一応伯爵家なのに学園に通わなくてもいいのか?」
「あー、まあ。俺の両親は俺に興味ないっすから」
ラタンが伯爵家の出身ということを知っているのはモクバと父ヴィネヴァだけだ。
社会勉強にと送り出されてきたものの、これまで何年も音沙汰の無いラタンの両親。ヴィネヴァは少し複雑な心境のようだがラタンのいたいだけうちに居ろと言われているらしい。
「将来はクズみたいな領地でも貰ってハエルとのんびり暮らして~っすよ」
と、少し頬を染め話すラタンをみてモクバは少しほほえましく感じた。
うちに来たばかりで荒れていたラタンに声をかけたハエル、そしてその間をエミリアが取り持ったらしい。
ラタンは心のよりどころにハエルを置き、ハエルの純粋なやさしさに心ひかれたそうだ。
「他人の恋愛話はつまらないと思ってたが、お前とハエルの話は聞いてて心地いいな」
「そりゃそうっす。純愛なんで」
そう胸を張るラタンは、モクバの髪を乾かし終えたようで「オイル塗りますよ」とメイドよりも乱暴な手つきでモクバの髪にぐしゃぐしゃとオイルを馴染ませた。
「あと数年したらもう卒業っすね~」
適当な与太話だろう。ラタンがそう言うとモクバは重い溜息を吐いた。
「卒業…」
モクバが呟くと「地雷でした?」とラタンは笑った。
「卒業したらさすがに婚約をしなきゃいけないだろう」
モクバは話すのも嫌なようでのろのろというと「あー」とラタンは声を出した。さして興味が無いようだ。
「まあきっとかわゆい令嬢が名乗り出てきますよ」
そういってモクバを慰めようとしたラタンだったが「違う」とモクバに言葉を遮られてしまった。
「僕じゃない。エミだ」
そう言ったモクバの青い瞳は嫌に鋭く、ラタンは「シスコンもここまで行くと怖いな」と頭の中でだけ思った。




