another⑤
おまけ!
ティタンとエミリアの幼少期
「お爺様、あそこに居られる令嬢は何という方ですか」
幼い少年が自身の傍ではためくマントを引き、尋ねる。
隣に立ち、王冠を被った男は「お爺様ではなく、陛下と呼びなさい」と釘をさす。
「あれは…、我が最愛の孫…アルトゥヌの娘だ」
「アルトゥヌ叔母様の?」
「…ティタン、挨拶に行ってやりなさい」
世間では甘やかされすぎた姫と揶揄されるアルトゥヌ。幼いティタンも、世間と同じくアルトゥヌは甘やかされた結果愛する人となんの苦も無く一緒になったのだと思っていた。
それに、そんな人に育てられた令嬢令息だって、きっと甘えたちゃんにちがいない。ティタンはそんな風に思いながら、アルトゥヌの娘、トゥリアンダ令嬢に近寄った。
「…こんにちは」
太陽の降り注ぐ王城の広い庭の真ん中、小さな花束を持ったまま立ち尽くす少女にティタンは声をかけた。
少女は顔を上げ、ティタンを認識するや否や美しいカーテシーをした。
「第二王子殿下、お目にかかれて光栄です」
美しい銀髪が太陽に照らされ輝く。さらさらと音を立てるように彼女の肩を滑っていくのにティタンは見とれた。
「顔を上げてくれ」
「…ありがとうございます。私、エミリア・トロイ・トゥリアンダと申します」
また歳は6歳だと聞いていたが、大人びた少女だ。
トゥリアンダ家の令嬢令息はなかなか王家の招集に来ないことで有名だった。物珍しい人物にあえたとティタンは口元が緩んでしまったが、エミリアは特に気にする様子もなかった。
先ほどまで甘やかされたわがまま令嬢が出てくるんだろうと踏んでいたティタンの頭は少しばかりパニック状態に陥っていたものの、腐っても王族の血の流れた家系だ。誤解をしていたのかもしれないとティタンは勝手に居心地が悪くなり小さく咳払いをした。
「…令息はいかがした?」
ティタンが尋ねると「本日は体調が優れず自宅にて療養中です」とアンドロイドのような返事があった。これまでもいつも姉弟そろって療養療養と断られていたが、今日はエミリアだけ出席しているようだ。
「令嬢も身体が強くないと聞き及んでいるが、今日はあえて光栄だ」
少し嫌味も含めてティタンが言うとエミリアは「さようでございますか」とこれまた感情無く返事をした。
掴めない少女だと口を尖らせティタンはエミリアを見る。
この年代の少女は嫌味を言われてもすぐにムキになって言い返してきたり、そう言うところが純朴で可愛らしいのに彼女にはそう言った愛嬌が一切なかった。
まるで何年も貴族社会で生き抜いてきたような貫禄と、大人のような落ち着きがあった。
「…アルトゥヌ叔母様は、元気ですか」
ティタンが問うと「はい、時々伏せることもありますが元気な時が多いです」とエミリアは答えた。
「アルトゥヌ叔母様とは挨拶以外交わしたことがなくて、どういった方なのでしょう。よくお爺様…陛下が気にかけているので、僕も気になっていて」
エミリアが自分の想像と違ったので、それを産み育てたアルトゥヌにもティタンは俄然興味が沸いた。「世間では甘やかされたわがまま姫と言われてますが実態はどうですか?」とも聞けず、遠回しにアルトゥヌの話しが聞きたいとティタンは尋ねる。
「…そうですね。まっすぐで実直な人です。約束は守るし、私の習い事であるマナーや勉強にも熱心です」
アルトゥヌも自分が思っているような人間じゃないのかも、とティタンは思いながら「また話す機会があればいいけど」と呟いた。
エミリアの視線はもうティタンになく、彼女の視線を追うとそこには彼女の母アルトゥヌが楽しそうに自身の兄弟に囲まれていた。
眉目秀麗な王族の兄弟だ。傍から眺めているとまるで天国で天使たちがお茶会でも開いているようだとティタンは思った。
…自分は遺伝しなかった淡い色合いの髪色を見ると、妬ましく思うこともあるがやっぱり美しいものは美しい。
自分の茶色がかってた金髪を指先で摘まみ、自分もミルク色とまではいわないがもっと明るい金髪だったら、あそこに加わっても変に見えないのではないかと考えた。
暗黙の了解のように、王族はミルク色の髪と苺色の瞳の者という感覚が王国民にあった。
だが現王である祖父の代から外国からの側室を娶るようになり、ひ孫の代であるティタンたちからどうにもミルク色の髪や苺色の瞳を受け継ぐ子どもが一気に減った。
エミリアは苺色の瞳を継いだようだが、髪は銀。サフロンも髪はミルク色だが瞳は青い。
王位継承権の高いオーランドとティタンに関しては、髪は金髪で瞳に至っては血のように赤かった。
髪色や瞳の色がそう言った色でなくては王に成れないわけではないものの、一部の貴族や宰相からは「異国の血が混ざった天罰に生粋の王の後継者が産まれなくなった」と囁かれる始末だった。
「第二王子殿下」
「ティタンでいい」
「…ティタン殿下は、優しい髪色ですね」
エミリアに言われうつむいたままだったティタンは、やっと顔を上げる。
「優しい?」
ティタンが問うとエミリアは頷き「温かみのある金髪ですね」と続けた。
そして自分の髪を一房手に取り、エミリアは「私は冷たい印象を与える銀色なので」と話した。
「…銀髪もきれいだと思うが」
ティタンが言うと、エミリアは少しぼんやりとティタンの顔を眺めた。
褒めるにしてももっと言い方があっただろうかとティタンは顔が熱くなるのを感じた。
「確かに、お父様が出陣なさるときなど、綺麗だと私も思います」
戦いの前には青や銀を基調とした王族騎士団の鎧をまとった彼女の父、ヴィネヴァが騎士たちを束ねて街を闊歩する。
彼の美しい銀色の髪に合わせたのかと思うほど、その鎧とヴィネヴァの髪色は合っているのだ。
「…僕は、お父様のようなミルク色がよかった」
ティタンの父は元第一王子で、アルトゥヌの二つ上の兄だった。
アルトゥヌは3人兄弟の末っ子で、腹違いの子だったが兄妹みんな現王と同じミルク色の髪に苺色の瞳だった。
「お母様やお兄様は淡い金髪なんだ。けど僕はー…」
そこまで話して、今日初めて会った従妹に自分は何をべらべらと、とティタンは口を閉じた。
途中で止まってしまったティタンの話を察したのかエミリアは「髪色、気にされていたのですね。大変失礼いたしました」と話し、沈黙してしまった。
謝罪してほしかったわけではない。なんなら初めて髪色を褒められて嬉しかったほどだった。
互いに黙りこくって、自身の父、母の集まるお茶会へ目を向ける。
王族であることを忘れたようにじゃれあい、楽しそうに笑う3人の兄妹。
3人とも王位継承権を放棄し、国民からは顰蹙を買ったものの、彼らはきっと自由が似合うのだろう。
ずっとずっとティタンは心の奥底で、正当な王族である髪と瞳を持って生まれたくせに逃げた臆病者たちと父や叔父叔母のことを蔑んでいた。
その妬みは真っ当な怒りなどではなく、自分の髪や瞳の色への劣等感からだったと今更ながらティタンは気が付き自嘲した。
「ずっと嫌いだった。父と母の髪色の悪いところを足して割ったような自分の髪が」
ティタンはそう言って立ち上がると、自身の胸に止められた赤いルビーのブローチを外した。
「これ、貰ってくれないか」
そう続けて、ティタンはエミリアにブローチを差し出した。
少し驚いうた様に肩を揺らしたエミリアは「…いただけません」と小さく拒否をした。
何か成し遂げたわけでもないのに王族から物をもらう、というのはあまりよくない。
だがここは王族とそのゆかりのものだけが集まった場で、ここでの話を口外するものはいない。
「…お礼」
「お礼?」
「僕の髪色を、褒めてくれた」
そう言ってティタンはエミリアの膝にころりとブローチを置く。
エミリアは「…光栄です」と呟き、ブローチを掬うように掌に乗せた。
「ティタン殿下の瞳のように澄んだルビーですね」
きっと今日この日のことを、ティタンは忘れないだろう。




