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立食パーティー①

 寮の自室では困ったものだとモクバは頭を抱え深い溜息を吐いた。


 エミリアには自覚がない。


 自分がどれだけ周りを惑わせているか。

 飄々とした彼女は自分のことにはひどく無頓着で、どういうわけかいつもモクバのことを心配している。


 モクバは頭をひねりながら「どうしてだとおもう?」と振り向いた。

 そこには正装を身に纏ったラタンが鼻歌を歌いながら備え付けのドレッサーを覗いていた。

「さー…あのお方は幼い頃からずっとそうですよ」

 小ぶりの蝶ネクタイを引っ張ってみたり、前髪を指先でつついてみたりラタンは落ち着かない様子だ。それもそのはず、今日は使用人を連れての立食パーティーが学園内でとりおこなわれるのだ。


 毎年開催されていたが自由参加ということもありモクバは毎度のことながらエミリアに参加を禁じられていたパーティーだ。

 …代わりにエミリアとモクバ二人だけで同じ時間帯にかぶせて小さなパーティを開催していたので特に文句はなかったのだが、今年は生徒会に属していることもあり絶対参加だというのだ。


「僕がいないとき、エミは何の話をしているんだ?」


 モクバは普段の”お姉様”という呼び方ではなく愛称のエミと口にし、ラタンに尋ねる。

 つやのある燕尾服をついっと引っ張り、ほつれや引っ掛かりはないか姿見鏡で確認した。エミリアに選んでもらった礼服というのもあり、どこからどう見ても完璧だ。

「うーん、小さい頃はハエルと恋バナ…なんてのもしてましたし、普通でしたよ」

「恋バナ!?エミが!?」

「うお、食いつき方やば…怖…ッ」

 引いているラタンなどお構いなしに「内容は?」とモクバは食い気味に訪ねた。

 ラタンは「うーん、昔の話だからなー」と、頭を抱えた。モクバは爛々とした瞳でラタンを見ている。


「モクバ?入るわよ」


 控えめなノックとともに、エミリアの声が廊下から聞こえる。

 モクバはエミリアの幼い日の恋バナが聞けなくて悔しいようなエミリアが来て嬉しいような複雑な気持ちのまま「どうぞ」と扉の前のエミリアに声をかけた。

「…まあ、とっても素敵ね」

 扉を開けてモクバを見るや否やエミリアは頬を紅潮させにっこりと微笑んだ。

 そう言ったエミリアも、モクバと同じ服の素材を使ったドレスを着ていた。紺のシルクがピタッとエミリアの腰にそって艶めいている。

「お姉様も、素敵です」

 モクバがニコニコと返事すると「モクバは褒め上手ね」と嬉しそうにエミリアはソファに座った。


「今日、お姉様のエスコートは僕でよろしいんですよね」


 犬だったならきっと今尻尾がぶんぶんと振り回されるくらいご機嫌なモクバがエミリアに尋ねる。そんな様子のモクバに気を良くしたのかエミリアも「あなた以外誰がするのよ」と笑った。

 いつも以上に美しく化粧が施されたエミリアはまるで美術品のようで、モクバは会場へ連れて行くのもためらわれると感じた。

「お姉様のパートナーを募集した日には国中の老若男女全員が手を上げるでしょうね」

「…モクバって大げさよね」

 呆れたようにエミリアはため息を吐く。そんなエミリアをうっとりとモクバは見つめていたが「そろそろお時間ですよ」というラタンの声で現実に連れ戻される。

「はあ、気が重いわ」エミリアがぼやく。

「どうしてですか?」

 モクバが聞くと「あなたにエスコートされて入ったら、嫉妬の的にされて視線で殺されちゃいそうじゃない」と、エミリアが答えた。

 その返事にモクバは笑い「それじゃあ僕も殺されてしまいますね」と返すと「だめ、モクバは死んじゃ」とエミリアは頬を膨らませた。


「ごきげんよう」

 エミリアは妖しいとも取れる笑みで続々とあいさつにやってきた令嬢令息へ返事をする。

 隣ではモクバがニコニコと微笑んでおり、ハエルやラタンはせわしなく料理をエミリアとモクバの元に運ぶ。それを隙があれば立ったまま二人は黙々と食べている。

 立食パーティって…こんなんだっけ?とエミリアは思いながらも張り付いた余所行き笑顔はそのままだ。


「エミリア嬢、挨拶はおわったかい」


 そう言って生徒会長であるティタン第二王子がエミリアに声をかける。

 エミリアは張り付いたような笑顔のまま頷く。すでに疲れているようだ。


「ファーストダンスをいただいてもいいかい?」


 そう言って、ティタンはエミリアに手を差し出す。

 王族からファーストダンスの申し出…というのはなかなかない。

 それこそ婚約者同士であれば当たり前ではあるが、ティタンもエミリアもそれぞれ婚約者はおらずフリーだ。

 フリーの高位貴族の誘った誘わなかったはすぐに噂になるものなので、正直エミリアはティタンの誘いを「めんどくさい」と感じた。


「まあ…」


 エミリアは嬉しいんだかそうでないんだかわからない顔のまま適当に返事をした。

 ここに来るまでの廊下でモクバと「誰からもダンスに誘われなかったら一緒に踊ろう」と約束をしていたのを思い出していたのだ。

 これまでどんなパーティに出席しても基本カーテン裏やらテラスなどに隠れてモクバに近寄ってくるであろう男ども(主に第一王子)の監視ばかりしていたので誰からもダンスに誘われたことがなかった。

 なので、今回も誰からも誘われないだろうと高を括り突っ立っていたらこのあり様だ。


 いつまでもエミリアにかしづいている第二王子に参加者の生徒たちもちょろちょろと気が付き始め、視線が集まってきた。

「もしかしてティタン様はエミリア様のこと…!?」

「みなまで言わないのよ…!」

 など、エミリアはぼそぼそと二人のウワサが広まっていくのを肌で感じた。こうなるから嫌なのだ、パーティーというものは。


 しかし王族からの誘いをこんな大衆の面前で断ることはほぼ不可能に近い。


 第一王子からモクバへの誘いを断り続けられたのは対面で誘われないように画策していたからできたことであり、今回のような不意打ち的状況の打破方法をエミリアは知らなかった。

「…ええ、宜しくお願い致します」

 エミリアは張り付いた笑顔のまま答え、ティタンの手を取った。

 そして振り向きモクバに「次は一緒に踊ってくれる?」と尋ねる。

 モクバは変わらぬ笑顔のまま頷き「いってらっしゃい、お姉様」と軽い会釈をした。

 エミリアはそんなモクバに顔を寄せる。モクバは何事かと顔を赤くしその場に固まる。


「…男にダンスに誘われても乗ってはダメよ」


 そう耳打ちして、エミリアはにっこりとモクバから離れた。

 エミリアに耳打ちされた方の耳を抑え、モクバは真っ赤な顔のまま「お…男?」と疑問をつぶやいた。

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