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第一王子の強行呼び出し

 

 モクバが入学してからというものエミリアは毎日毎日それはもう”大変”だった。


 オーランド第一王子の猛攻が始まったのだ。


 原作では紳士のような顔をしてクソガキのようなわがままを喚き散らかすうざったい男だったが顔の良さとギャップから読者に人気があった。

 これまで品行方正を求められすぎた結果、初めて甘えられる人形のように美しいモクバにわがまま放題。

 だんだんとそのわがままの度が過ぎ、モクバを傷つけることになる男なのだ。


 何度フラグを折ってもめげないしょげないないちゃだめ精神で幾度も立ち上がりモクバに絡みに来る。

 そんなある日だった。モクバが別館に閉じこめられたという情報がエミリアに入ってきた。

 情報源はモクバに付けていた侍女だ。彼女は一定の距離をとってモクバを観察することを義務付けており、校内の庶務を手伝いながらモクバを見ていてくれている。


「誰がやったかなんて、バレバレよ」


 エミリアは動きやすいワンピース姿のまま寮から飛び出る。

 制服ほどの露出ではあるものの、貴族令嬢からしたらなかなかにカジュアルな装いだ。レースもリボンもさして装飾なく、完全な部屋着だ。

「お、お嬢様、せめてカーディガンを…」

 ざっくりと編み込まれた厚めのカーディガンをハエルがエミリアの肩にかける。エミリアは荒々しくそれを引っ張りしっかりと腕を通す。


 *


 別館に到着したエミリアは、あたりを見渡した。

 ここには初めて足を向けたがどうにも薄暗い。大きな木がぽつぽうと点在しているがそれらの広がった葉が覆うように茂っているので暗いようだった。


「別館のどこ?」


 エミリアが問うとすぐさま「3階西の部屋です」とハエルが答えた。

 ここは部活動や課外活動のための教室や、主に授業で使うものをしまう部屋が点在しており、休み時間や授業が終わってからの数時間は賑やかな場所だった。

 現在時刻は午後8時、生徒は皆寮の自室に帰っている時間だった。


「どうして大人しくできないのかしら」


 原作とは全然違う性格のモクバにオーランドは目を付けた。

 これまでの男キャラ達のモクバへの想いは出会いイベントを未然に防げばどうにかなってきた。

 しかしオーランドの出会いイベントは『入学式』だ。学園に入れば出会いイベント完了となってしまう。

 エミリアは深くため息を吐き、軽い頭痛に頭を振る。

 あれこれと考えながらエミリアはさくさくと前に進むハエルの跡をついて歩く。

「こちらの教室かと思います」

 ハエルは踊り場から顔を出し、上品に教室を手で指す。エミリアは視線をその教室に向けると何やら中から物音が聞こえるようだった。

「ちょっと遠いわね」

「…お坊ちゃんと一緒にもう1名教室にいるようです」

 目を瞑り耳を澄ませたハエルがそう言うと、エミリアはより深い溜息が出た。

「…きっと殿下ね」

「左様かと」

 頭痛がひどくなってきた、とエミリアは軽いめまいを覚えながら教室に近付く。


 教室の傍でハエルと一緒に聞き耳を立てる。


「…殿下、どうしてこんなことを?」

「ああ、モクバ君に話があるのにあの女狐が邪魔でね」


 誰が女狐だ。とエミリアは思いながら優しく教室の扉を引っ張ってみるも、鍵がかかっているのか動かない。

 ハエルにアイコンタクトすると、ハエルは頷き静かにピッキングを始める。ハエルはそれはそれは優秀で、エミリアの侍女兼護衛を務めているだけはある。


「誰のことだか」

 冷たいモクバの声が響く。エミリアはオーランドのお付きのものがあたりを巡回しているのではないかと周りを警戒していたがそんな様子は特段ない。

 王子の癖に警備がうすい。それとも勝手な奴だから護衛を撒いて一人でここまで来たのだろうか。

「とりあえずここから出してください」

 と、凛とした声でモクバは言った。「これもはずしてください」と続けたので縛られているのかもしれない。

 あんなにモクバに護衛を付けたというのにどうしてモクバは捕まってしまったのだろうか。エミリアは今後護衛を増やすことも考えなくてはいけないと溜息を吐いた。


「可哀想なモクバ、縛っているのは僕じゃない。大丈夫俺が君を助けるさ」


 薄気味悪いオーランドの声が扉から漏れてくる。全くもって話が通じてなくて寒気がする。

 エミリアは鳥肌を撫でつけて落ち着かせているとハエルが「開きました」とこちらに声をかけた。

 ようやくね、とエミリアは中腰から立ち上がり扉を開けた。


 *


「おや、呼んでもないのにお客様かな」


 オーランドはゆっくりと振り向いた。その手には謎の鞭が握られている。そして腰元のベルトはバックルが外れぶらりと垂れ下がっている。

 視線をオーランドからモクバに動かしたエミリアは視線だけでモクバに怪我がないか確認する。

 服…脱がされてない。顔…綺麗。手だけ、細い麻ひもで縛られているようだった。あんな質の悪いひもではモクバの肌に擦れて傷になるではないかとエミリアはいらいらした。

 まさかこれからモクバを脱がし、鞭で打ち、自分の好きかってしようとしていたんじゃないのか。そんな光景にエミリアは今にも血管がはちきれそうだった。


「弟がお世話になりました。そろそろ門限の時間ですので…お迎えに参じました」


 エミリアは綺麗なカーテシーを行った。

 そして顔を上げて、オーランドに微笑みかける。


「そうか、もうそんな時間か」


 慌てる様子もさほどなくオーランドはそう言うと、モクバの腕を掴み無理に立たせた。

 モクバは不愉快だろうにそんな表情は一切見せず「失礼いたします」とオーランドに頭を下げた。

 エミリアの傍に来たモクバの麻ひもをハエルが切ってやると、モクバは自由になった腕を回し浅く深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせているようだった。


「お言葉ですが殿下、年長者であれば年少者の気持ちを汲み時間くらいお気になさってください」


 モクバを庇うように立ったエミリアはそれだけほぼ一息に言うと「女の戯言と思わず、お聞き入れを」と頭を下げた。

 にこにこと張り付いたままの笑顔をこちらに向けているであろうオーランドだが、月明かりが逆光になってうまく表情がよめない。


「…そうだな。時間がかかりすぎると君が迎えに来てしまうからね」


 そう呟いたオーランドの言葉の裏には「次はうまくやる」という意味が含まれているのは明確だった。

 エミリアは目の前の男をぶん殴りたい気持ちを抑えつつ「失礼いたします」と部屋を出た。


 *


 モクバは落ち込んでいるのか、憔悴したようにうつむいたままエミリアについて歩いてくる。

 エミリアがモクバの前髪を持ち上げるようにおでこを撫でてやると、驚いたのかモクバは「お、お姉様!」と声を上げた。

「…言ったでしょ?」

「え?」

 モクバはきょとんとエミリアの顔を見つめている。

「貴方は魅力的で、気を抜いちゃダメって」

 真剣な表情でエミリアは言ったつもりだったが、モクバは睨まれたと感じたのかエミリアから視線を逸らす。

 そんなモクバの頬をエミリアは自身の手で包み、こちらを向かす。


「危なかったのよ」


 エミリアは言った。きっとモクバはまだ13歳。自分がこれからどんな目にあわされるか見当もつかなかっただろう。

 閉じこめられたり縛られたことは怖かったろうが、きっとそれだけだ。

 しばらくエミリアに顔を掴まれ固まっていたモクバだったが、だんだんとその大きな青い瞳がうるうると水膜で覆われた。

 あ、泣く。とエミリアが気付いたときにはもう遅く、ぼたぼたと大粒の涙がモクバの瞳から零れ落ちた。


「…泣いたって仕方ないでしょう」


 エミリアが言うと、モクバは「ごべんなだい」と誤った。

 モクバの頬を包むエミリアの手にモクバの涙がしみこんでいく。

 自分の頬を包むようにしているエミリアの手をモクバは自分の手でつかみ、外させる。モクバの手はエミリアの手よりも一回り大きくなった。前までエミリアの手に包まれるほど小さかったというのに。

 しみじみとした気分でエミリアは「反省しているならいいの」と頷いた。


「…少しくらいの外出なら、使用人はいらないと思ったんです。ごめんなさい」


 モクバはそう言って頭を下げた。

 やっぱりそうかとエミリアは思いながら、モクバも自由の欲しい年ごろだよなと納得した。

「私も気遣いが足りなかったわ」

 と、エミリアはモクバのねこっ毛を撫でた。ふわふわと柔らかくて気持ちがいい。


「僕、これからはお姉様と行動します…できる限り」


 モクバはそう言いながらだんだんと声が小さくなっていった。自信がないのだろう。

 年頃の男の子で、自分の周りの令息は使用人がべったりとくっついた学園生活なんて送っていない。

 嫌だと思わない方が不思議なのだ。


「じゃあ明日、早速話し合いのお茶会でもしましょうか」

「題材は”僕の自由時間”でもいいですか」

「いいわよ。じっくり…話し合いましょう」


 エミリアに手を引かれながらモクバは「うー」と唸り、自分の自由とは…と思いを巡らせていた。

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